第4章:キミの隣で《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
千沙子と恋人関係になってから3ヶ月。
肌寒さが堪える12月になっていた。
「ただいま」
「あっ。おかえりなさいっ、朔也クン」
「千沙子? もう帰っていたのか?」
「うんっ。ご飯はもう少しでできるからね」
俺と千沙子は同棲を始めていた。
理由は単純だ、千沙子ともっと長い時間一緒にいたいから。
千沙子にはホテルの従業員と言う仕事がある。
時間が不規則で夜勤もあるし、時間が中々合わない。
『私、朔也クンともっと一緒にいたいよ』
千沙子の願いを受けて、俺達はひと月ほど前から一緒に暮らしている。
「朔也クン。学校の方はどうなの?」
「あー、大変だぞ。テストが近いからな。テスト問題も作らなきゃいけないし」
俺はスーツを脱ぐと、千沙子がそれをハンガーにかけてくれる。
教師の仕事は大変だ、と身を持って実感している。
生徒の頃には思わなかった苦労が先生には多いのだ。
「そう。先生、頑張ってるんだね」
「楽しい事も多いし。千沙子のホテルの方はどうだ?」
「うーん。今の時期はそんなに忙しくないの。冬場になると、どうしても海を観光にしているホテルは暇なのよ。とは言っても、温泉やゴルフ場もあるから、完全に暇になることはないんだけどね」
年末年始はそこそこ忙しくなるようだ。
「だったら、今週末にでも、デートするか?」
「うんっ。私、買い物に行きたいわ。隣街へ行きましょうよ」
「OK。それじゃ、そう言う予定で……っと。そうだ、千沙子。今日は夕食後、ちょっと斎藤達と神奈の店で酒を飲む約束があるんだけどいいか?」
「いいけど……私も付いて行っていい?」
神奈とはいろいろとあったけども、今は彼女もふっ切ってくれたようだ。
最初の頃はさすがにお互いに気まずさもあったんだけどな。
「いいよ。他にも皆川とか他に何人も来るらしいから」
「……この町に住んでいても、中々、他の子とは会う機会ないよね」
「皆、仕事で忙しかったりするからな」
斎藤とはよく合ってるが、他の同級生の奴らとは会う機会が少ない。
狭い町なんだが、会おうと思わないと会えないものだ。
夕食後、俺は神奈のお店を訪れていた。
ここには千沙子が夜勤など仕事でいない時にしか来ないので来店する数は減ってきた。
以前はほとんど、毎日通っていたからな。
「あっ、いらっしゃい。朔也……と女狐?」
「……朔也クン、そこの口の悪い店員さんはどうにかならないのかしら?」
「うっさい。何で、千沙子までくっついてきてるの?」
一触即発、まさに睨みあうふたりは険悪な仲なのは相変わらず。
多少は本人同士で分かりあえてる感はあるっぽいんだが。
「落ち着いてくれ、ふたりとも。それで他の皆は?」
「まだよ。ほら、座敷の方に座っておいて。あと、千沙子。今日は大人しくしてよね?」
「あら、私はいつも大人しいけど?」
「酔った勢いで朔也に抱きついて甘えたりするのを私に見せつけたりはしないと?」
それは先日、ふたりで店に来た時の事。
お酒に酔った千沙子が普段は他人の前では見せない程に俺に甘える素振りを見せた。
『朔也クンは私の運命の人だもん……チューは?チュー』
『ちょっ、千沙子!? お店の中で何やってるのよ!?』
『やだぁ。神奈さんが怖い~っ。朔也クン、助けて~』
『だから、抱きつかないで! この私に見せつけてるんでしょ、千沙子っ!!』
神奈のお姉さんである美帆さんが止めに来るまでふたりは大ゲンカだ。
俺は何をしていたのかって言われると、ふたりの板挟みになって困ってるしかできませんでしたが、何か?
アレですよ、女の子の争いに男が間に入るとろくなことがないってね。
その後、俺も交えて3人とも美帆さんにお説教されたので苦い思い出だ。
「もう、そろそろ、斎藤達がくるはずだ」
しばらく、座敷の席で待っていると斎藤を含めて、友人達がやってきた。
「おーすっ、鳴海。今日は君島も一緒か?」
「お邪魔するわ。斎藤クンに皆川クンもお久しぶり」
「……おぅ。何だ、噂には聞いてたがふたりは本当にくっついたんだな?」
皆川は噂で俺達の事を知っていたらしい。
他の奴らは初耳なのか興味津々に尋ねられる。
「そうなの。朔也クンがようやく私に決めてくれて。今は一緒に暮らしているんだ」
「へぇ、それは……おめでとうさん。鳴海も君島みたいな美人が相手とは羨ましいな」
「鳴海の決断は大したものだが、相坂……顔が怖いぞ」
斎藤の言葉にそちらを向くと、こちらを睨みつける神奈がいた。
「美人ったら、何を言うの? 別に怖くなんてないわよ?」
「……今にも襲いかかりそうな猫のような顔をしているんだが」
「そんな顔はしてませんっ! ほら、さっさと注文して」
神奈の怒りに触れないように、俺達はそれぞれ適当にお酒を注文する。
「というわけで、まずは乾杯。……で、酒を飲みながら本題に入るわけだが」
「鳴海、そろそろ青年会に入る気はないかな?」
「皆川。俺もその返事をしようと思っていた所だ。俺としては生活にもなれてきたから、お前達と一緒にしても良いと思う」
「本当か?それはよかった」
以前から、斎藤や皆川達に青年会に入るように誘われていたのだ。
だが、俺も今の生活に慣れていないせいもあり、待ってもらっていた。
「そんなに気負う事もないさ。若い連中が集まって、町のために何かするってだけの話なんだからさ。仲良くやろうぜ」
「あぁ。俺も何かできれば良いと思うよ」
「とりあえずは大みそかに青年会の仕事があるな」
「鳴海も知ってるだろう。片倉神社の新年参り。アレを手伝ってもらいたいんだがいいか?」
毎年、大みそかになればこの町で一番大きい片倉神社には初詣の人々がやってくる。
人手がないので青年会に頼んで、たき火の番をしたり、甘酒をふるまったりするらしい。
「俺はいいぞ。ああいうのも青年会の仕事なんだな」
「朔也、いいの?」
「え? 何が……?」
神奈が何やら微妙そうな顔をして俺に尋ねてくる。
「……別に。いいならいいけど。千沙子、ちょっとこっち来て」
「何よ、神奈さん?あっ、引っ張らないでよ」
神奈が千沙子をカウンター席の方へ連れていく。
「また何か揉め事か?相坂の逆襲、ついに君島をやるつもりか……危険な香りがするぜ」
「修羅場? 修羅場?」
「やめてくれ。はぁ、アイツらはいいや。それで他にはどんなことを……」
俺達が話をしている横で、千沙子達は何やら話し合ってる様子だ。
女の子同士、話あうことがあるんだろう。
喧嘩さえしてくれなければ俺としては言う事はない。
俺達はお酒も盛り上がらりながら、楽しい時間を過ごした。
ただ、飲み会の後、千沙子の様子が少しだけ変だったのが気にかかる。
「どうした、千沙子?元気がないけど」
「う、ううん。何でもないよ、朔也クン。はぁ、寒い。今年の冬はもっと寒いかもね」
「そうだな。そろそろ、暖房機器でも出さないと……」
神奈と話をしている時に何かあったのかもしれない――。