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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第3部:想い、遥かに 〈千沙子編・君島千沙子END〉
71/232

第3章:傾く天秤《断章1》

【SIDE:鳴海朔也】


 静かに波音だけ聞こえる海。

 岩辺に座る千沙子はこちらを見上げていた。

 薄暗く深い闇夜の下で、俺は千沙子に問われた。

 

「――千歳さんのこと、まだ忘れられないの?」

 

 忘れられない相手、忘れてはいけない相手。

 かつての俺が交際していた大切な人。

 今は行方も分からずにいる想い人の名前を千沙子は告げた。

 

「……その顔はまだ忘れられないんだ?」

「忘れていい相手じゃないからな」

「どうして、どうして忘れられないの……?」

 

 どうしてと言われたら俺は今、彼女に返す言葉が見つからない。

 大切な人だから?

 それは過去だとしても振り切れない想い。

 

「何も答えてくれないの?」

 

 千沙子はふっと立ち上がる。

 当然、足元はおぼつかず、俺の方にもたれかかってくる。

 

「あっ……」

「千沙子、やっぱり、酔ってるじゃないか」

「酔いたくもなるわ。酔わなきゃ、こうして私は貴方に素直になれないもの」

 

 そっと千沙子は俺に身をゆだねてくる。

 俺は千沙子の身体を抱きとめながら尋ねる。

 

「私はね、ずっと待ち続けてたの。ここに朔也クンが帰ってくる事を。私の隣に貴方が傍にいる事を。ずっと、ずっと、この町で待っていたわ」

 

 意識がはっきりとしていないうつろな瞳で俺に訴えかけてくる。

 普段の千沙子ならここまで俺に迫る事はしないのに。

 

「……朔也クンはずるい」

「そうかもしれないな」

「女のずるさは許せても、男のずるさは許せるものじゃないと思わない?」

 

 千沙子は俺にもたれかかったままだ。

 想いを吐き出すように俺にぶつけてくる。

 俺が過去に縛られて、彼女に向き合えていない。

 その事を責めるように、千沙子は言う。

 

「でも、私は許す。貴方のずるさを許すから……」

 

 千沙子が差し伸ばした手が俺の頬に触れた。

 ひんやりと冷たい女性の手。

 海風を感じながら千沙子は俺を求めてくる。

 

「私は朔也クンが欲しい。誰よりも、貴方を望むわ。だから、貴方をちょうだい?」

 

 ゆっくりと俺に唇を迫らせる千沙子。

 香水の香りがふっと俺の鼻孔をくすぐる。

 

「……私が忘れさせてあげる。貴方の苦しみも、抱えているものの、すべてを。だから、朔也クンは私を必要として。求めて。私は貴方の事が好きよ」

 

 夜の海辺で重ね合わせられた唇。

 

「んぅ……」

 

 ほんのりとお酒を感じさせるキス。

 唇を離した瞬間に彼女は寂しそうに視線を俯かせる。

 

「朔也クンはいつまで過去の女にこだわるの?私なら、貴方に寂しい思いなんてさせない。させるはずがないのに。私を選んでよ、朔也クン」

 

 彼女の強い想いが俺にぶつけられる。

 

「思い出は残り続けるの。でもね、思い出は上書きできるのよ。悪い思い出も、いい思い出も、全ては過去。上書きをしてもいいじゃない」

「消せない記憶ってのもある」

「朔也クン。私が忘れさせてあげるって言った。千歳さんがどれだけ可愛くて、優しくて、貴方の心を支配していたのかなんて私は知らない。知りたくもない。私は彼女じゃないもの。けれど、貴方が彼女を必要としたように、私を必要にさせてみせるわ」

 

 千沙子の本気、彼女は強引にもう一度、俺にキスをする。

 それが酔いでの行動なのか、ただの勇気を与えるだけのお酒だったのか。

 今の彼女は真っすぐに俺だけを見ていた。

 

「貴方の心の鍵が欲しい。いつまでも頑なに閉ざす、貴方の心の扉を私が開けたい。朔也クン、私を愛して……。私は貴方の想いに応えるだけの用意がある。貴方のすべてを背負う覚悟もある。貴方に私の人生を捧げてもいい」

「大げさだな、千沙子。俺はそんなにすごい奴じゃないぞ」

「朔也クンが私の人生を変えてくれたんだもの。貴方以外の男性を私は好きにはならない。いつまでも貴方だけを思い続ける」

 

 それが千沙子の覚悟だっていうのか。

 

「……朔也クンが私を愛してくれる。その可能性はない?」

 

 千沙子がこちらを見上げてくる。

 

「もう考える時間はあげたから、私は朔也クンからの答えが欲しいの……」

 

 彼女の望む答え、俺はそれに応えることができるのだろうか?

 

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