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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第1部:再会と蒼い海 〈ファーストシーズン・帰郷編〉
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第2章:蒼い海が見える町《断章2》

【SIDE:鳴海朔也】


 海を満喫した俺はスーパーで消耗品の購入する。

 生活必需品ってのは意外とあるもので、神奈にも選んでもらう。

 

「その洗剤はこっちの方がいいかも。あんまり料理しないって事はほとんど使わないんでしょ? 朝食で使ったお皿とかの軽い洗い物程度ならこっちの方がいいわ」

「ふーん。俺はよく分からいがお前がそう言うならそっちにする。どうせ、台所なんてラーメン作るくらいしか滅多に使わないからな」

「でも、料理はできるんじゃないの?」

「軽い自炊程度は出来ても自慢にならんだろう。それに、自分で作るのってどうにもやる気が起こらず面倒だからな」

 

 わざわざ自分で手間をかけて作る面倒さを考えたら外食がいい。

 

「男の子だね。そういうのって」

「女でも面倒だから自炊しない子なんていくらでもいる」

「……そうなの?女の子なら誰でもするでしょ」

 

 さも当然とばかり言われると困る。

 この田舎しか知らない神奈の世界は狭いからな。

 

「それより、この道具はなんだ?」

「ピーラー。皮むきの道具で、楽にジャガイモとかの皮をむけるの」

「朝にリンゴを食う習慣があるから買おうかな」

「……リンゴくらいナイフでむきなさいよ」

 

 地味に綺麗に皮をむくのは大変なんだぞ。

 俺の朝食は食パンとリンゴかバナナ、ヨーグルトと決めている。

 大学時代からほぼ毎日がそのメニューで変わらない。

 

「朔也ってリンゴが好きなんだ?」

「ん? 好きって言うか、手軽に食べられるからな」

 

 案外フルーツって言うのは腹もちもいいので、習慣になっていた。

 

「パンにリンゴ半分、ヨーグルトを少しだけってのは俺の朝のメニューだ」

「朝はバナナの方がいいらしいよ?ダイエットにもなるって」

「……いつの話のネタだよ、それ」

 

 ずいぶん前にそういうダイエット法が流行った時期もあったか。

 そんな会話をしていると、前からカゴを持って買い物をする少女を見かける。

 ツインテールに結ばれた黒髪の少女。

 

「あっ。桃花だ」

「桃花? 知り合いの子か?」

 

 神奈がそこの子に近づくと向こうも気づく。

 パッと花が咲くような明るい笑顔を見せた。

 

「おはよう、神奈さんっ」

「おはよう。桃花はお使いかな?」

「うんっ。そうだよ、今は春休みだから……ん?」

 

 そして彼女は俺の姿にも気づいて不思議そうな顔をする。

 俺と神奈の顔を見比べて、彼女は言うんだ。

 

「もしかして、神奈さんの彼氏? そういう人、いたんだ?」

「ち、違うわよ!? 朔也はそういう相手じゃ全然ないんだからっ」

 

 力強く否定されるとどこか悲しいのはなぜだろう?

 男として悲しい、うん。

 別に肯定されたいわけじゃないけどな。

 

「でも、神奈さんが男の人と一緒にいるのって珍しくない?」

「それは認めるけど……うぅ、男の影が全然なくて悪かったわね」

 

 そして、拗ねる彼女は可愛らしい。

 感情の起伏が激しいというか、常に感情優先で動いている。

 俺は神奈を放っておいて少女に声をかける。

 

「初めまして、神奈の友人で鳴海朔也って言うんだ」

「……朔也さん? あれ、あれ?」

 

 俺の名前を聞くと彼女は困惑気味になる。

 俺のことを知っているのか?

 その様子を見ていた神奈が口を開く。

 

「ちょっと。朔也、この子はね、美人の妹よ」

「……文面だけ見ると相変わらず変な名前だな。美人って、斎藤の妹か?」

 

 斎藤の名前はややこしいがそれはさておき、彼の妹と言う事は……。

 

「確か今年で高校になるって言う末妹の子だっけ?」

 

 斎藤には妹がふたりいて、ひとりは今、大学生だと聞いている。

 そして、一番年下の妹がこの桃花ちゃんと言うわけだ。

 

「朔也お兄ちゃんだ! 私の事、覚えている?」

 

 俺の事をそう呼んで彼女は俺の反応を伺う。

 そういや、昔はよく俺達の後を追うようについてきた女の子がいた。

 桃花ちゃんもまだ幼稚園か、そのぐらいの年で小さかったっけ。

 

「あぁ、覚えているよ。お兄ちゃんって呼ばれるのは久々だな」

「……美人兄から聞いてたけど、本当に帰って来たんだ」

「まぁね。これから、桃花ちゃんの通う高校の教師になるんだ」

「そうなんだ! 先生ってことはまた会えるんだね」

 

 嬉しそうに微笑む彼女に俺もつられる。

 いいなぁ、こういう素直な女の子は好きです。

 

「……顔がにやけてるし。ロリコン」

「違うっての。変な誤解を与える発言はやめてくれ」

「どうかな。朔也って年下の十代女子が好みのようだもの」

 

 単純計算でも22歳の俺と15歳の彼女では歳の差が7つも違うのだ。

 教師としてはそういう不謹慎発言はかなり厳しい。

 このご時世、変な噂になる事だけは避けたい。

 

「そもそも、朔也に教師が務まるのかしら?」

「ひどっ!? それはこれからの俺の活躍を見て行って欲しい」

「……ずいぶん自信があるじゃない?」

「一応、教師になりたいって夢はずっと抱いていきた事だからな」

 

 ずっと前からなりたかった夢の職業が教師だった。

 長年の夢、それゆえに実現させた事に意味がある。

 

「……知ってるわよ、それくらい」

 

 神奈も本気で俺を責めているわけではない。

 冗談だと分かる冗談を言って欲しいものだ。

 

「朔也お兄ちゃん。聞いてもいい?」

「あぁ、いいけど?」

「どーして、先生になりたかったの?」

 

 桃花ちゃんの質問に俺は軽く過去を思い出しながら答える。

 

「俺の人生を変えてくれた人、それが先生だったからさ」

 

 小学生の高学年だったかな。

 俺は2ヶ月程度だが不登校になった時期があった。

 イジメ問題ではなく、精神的なモノで学校に行けなかったのだ。

 朝、学校に行くのをなぜか躊躇うようになってしまった。

 友人たちに誘われても外に出ようとできない。

 思春期特有の心の変化、というものだろうか。

 そんな俺を毎日、励ましてくれて再び学校に通えるようにしてくれた人がいた。

 当時の担任だった若い女の先生だった。

 ずいぶんマメに俺の面倒を見てくれたりして、すごく感謝していたのだ。

 精神的にも随分と落ち着いてきたある時、彼女は俺に言った。

 

『学生時代ってのは人生のたった数%でしかないのよ。その数%が自分の人生にとってのいい思い出になるか、ならないかで人間の人生ってのは大きく変わるものなの』

 

 楽しい学生生活を送る事ができるのは幸せな事だ。

 その思い出はきっと後の人生において、大切なものになるだろう。

 

『だから、キミたちには大事にこの時間を過ごして欲しいと思っている。あっという間に子供時代が終わって大人になった時、きっとその大切さに気付くはず。教師という役割はそんな思い出のアシストをしたいの』

 

 その言葉が今でも俺の心に残っている。

 俺もいつか、そういう教師になりたいって思うんだ。

 

「……よくいるわよね。夢を抱いて教師になって現実を知って挫折する教師って。そういう教師ほど犯罪に手を染めやすいわよ? 今の子供はそんなに甘くない。下手な夢を見て、泣かないようにして?」

「俺の夢をぶち壊す発言をどうもありがとう。そして、後で覚えておけ」

 

 俺の夢に文句を言う神奈に呆れた表情を見せた。

 それを言っちゃお終いだっての。

 少しくらい夢を見させてくれ。

 

「でも、夢を抱くには志は大きければ大きいほどいいよ」

「おっ、桃花ちゃんはいい事を言うねぇ」

「と、美人兄が前に言ってたんだ」

「前言撤回。斎藤の発言はあまり真に受けないようにしてるんだ」

 

 美人兄、漢字変換すると違和感を抱く変なお姉系お兄さんだが、読み方は「よしひとにぃ」といたって普通なのだ。

 

「桃花ちゃんみたいな生徒が多くいる事を切に望む」

「あははっ。きっと大丈夫だよ、学級崩壊するほど怖い子はいないから」

 

 その発言に少しばかり不安をぬぐいさりながら、

 

「学校でもよろしくな、桃花ちゃん」

「うんっ。朔也お兄ちゃん」

 

 素直に頷いてくれると俺的にはすごく和む。

 

「……朔也って、年下の十代女子相手だと妙に優しいわね」

「どういう意味だ、おい」

 

 だから、よそ様に聞かれたら誤解を招く発言はやめてくれ。

 なぜか不機嫌になった神奈にからかれながら、俺達は買い物を続けた。

 

「……でも、ずっと何か一つの夢を思い続けてきた朔也ってすごいと思うよ」

 

 神奈にそう言われて俺はどこかくすぐったくなる。

 その言葉、俺は別の相手にも言われた事がある。

 

『――朔也ちゃんの夢、叶うといいね』

 

 ふと思い出してしまった言葉に俺は何も言えなくなった。

 もう思い出さない方がいいと決めたのに。

 どうしても、俺の脳裏によぎる彼女が……忘れられなくて。

 

「朔也、どうしたの? そろそろ、会計するわよ?」

「あ、あぁ……と、このピーラーとか言うのもついでに買っておいてくれ」

「ホントに使うの、それ? まぁ、いいわ。どうせ、朔也のお金だもの」

 

 レジに向かう神奈を見つめながら俺は脳裏によぎった記憶を思い出す。

 忘れてしまえればいい、それがいいはずなのに。

 人間ってのはそう簡単には割り切れない。

 分かっていたことだ。

 俺の抱える過去。

 いつかは乗り越えなければいけないものなのだから――。

 

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