第2章:心の在り処《断章2》
【SIDE:君島千沙子】
朔也クンが怪我をしてから5日目が経過。
私は毎日のように彼の家に通い、身の回りの世話などをしている。
好きでしているんだけど、朔也クンは「無理しないでいいから」とやんわりと断られることもある。
私も仕事があるし、そうそう時間も取れないのが辛い。
朔也クンのために何かしたい、お世話がしたい。
私のために怪我をさせてしまったのだから。
お父さんに聞いた所、彼の傷は深くないらしくて傷跡も残らずに済むとの話だった。
『千沙子、彼のような男の人を彼氏にしてくれれば僕も安心できるんだがな』
通院で話をする朔也クンの事を気に入ったらしく、そう言ってくれた。
私も出来れば朔也クンに好かれたい。
恋人になれればいいと思っている。
だけど、彼には忘れられない人がいて。
どんな想いも今は届かない。
私に振り向かせないとね。
そのためにはどうすればいいのか。
私は彼との距離を皿に近づけるために、今、彼の家にいる――。
「朔也クン、たたみ終わった洗濯物はタンスに入れておいたから」
「サンキュー。何から何まで悪いね。ていうか、千沙子がしてくれる事もないんだが」
「いいの。私が出来る事は私にさせて」
朔也クンは夕食は相変わらず神奈さんのお店で食べてくる。
私も料理ができないわけじゃないけれど、神奈さん程うまくない。
私自身、自炊より外食の方が多いくらいだもの。
そこは彼女に負けているので諦めて他の事でお世話する。
「お風呂はもうすぐ湧くはずよ」
「分かった。千沙子はそろそろ帰るだろ。家まで送ろうか?」
「その誘いは嬉しいけど、今日はいいわ。朔也クン、また明日ね」
私の家まで送ってもらいたいけども、今日はよるべき所がある。
私は彼の家を出ると夜道を歩いてその目的の場所に向かうことにした。
それは神奈さんのお店、そこには斎藤クンや皆川クンのふたりが待っていた。
彼らは地元の青年会をしている。
前回のホテル事件の時にも反対派を止めてくれたりとお世話になった。
「こんばんは、斎藤クン。皆川クンも久しぶりね?」
「おぅ、君島。待ってたぞ。まぁ、座ってくれ」
私達はテーブル席に座ると神奈さんが「何か飲む?」と注文を聞きに来る。
「お水だけって言ったら?」
「……ミネラルウォーター、出しますけど?」
「どちらにしてもお金は取る、と。分かったわよ。ウーロンハイ、ちょうだい」
「了解。おつまみは美人が注文追加した、からあげが来るのを待っていて」
神奈さんはキッチンの方へと向かう。
私が彼らに会いに来たのには理由がある。
それは先日の事件に絡んでのことだった。
「さて、と。わざわざ来てもらって悪いな、君島」
「それで、あれから反対派は大人しくなったわけ?」
あの時のような過激な事は最近は沈静化している気がする。
矛先になりやすいホテルで働いている限りは不安があるのも事実だ。
「表向きはな。だが、今も行動は続いている。あの事件で全てが解決したわけではない」
皆川クンは「それでもいい話はある」と前置きをする。
「……先日、鳴海のインタビューがテレビ放映されたのは知っているだろう?」
「えぇ、朔也クンの話でしょ? 東京から戻ってきて、教師をしているって話。あの地元の若者を取り上げるっていうローカルテレビの企画の放映なら見たわよ。すごく朔也クンがカッコよく見えてよかったわ」
朔也クンがしっかりと答えていたのが印象的だった。
彼は見た目もカッコいいし、テレビ映りもいい。
「実は、あの件が反対派と改革派にある程度の影響を与えたと言っていい。あの時、現場にいたものは鳴海の言葉に共感していたが、それをさらに印象付けたのがあのインタビューだ。鳴海の言葉に少しずつだが、住民も考えを変え始めた」
皆川クンが言うには朔也クンのインタビューが彼らにとっては意味があったみたい。
『これから先、この町に期待することはありますか?』
と言う質問に対して、朔也クンが返答したのは……。
『そうですね。若者が戻ってきたくなる町になって欲しいですよ。やはり、この町から出て行く人間は多いのが現実です。けれど、戻ってきたいと思いたくなる良い町になっていく、そう言う事が大切だと思います。この町はいいところです。外に出てみてその価値が良く分かる。だからこそ、本当の意味でもっと良い町にしてほしいですね』
東京から戻ってきた朔也クンが言うからこそ意味のある台詞。
「若者が戻ってきたくなる町づくり。言い争ってるだけでは何も変わらない」
「俺達、青年会もそうだが、何かを変えるってのは大変だ。けれど、少しずつでもいい方向に変えていけるはずだ」
「怪我の功名って言ったら悪いが、あの事件にも意味があったと言う事さ」
斎藤クンは苦笑いをしながら言う。
「何が怪我の功名よ。朔也の怪我を美化しないで」
不満そうな口調で話す神奈さんが背後にいた。
ウーロンハイとおつまみを持ってきた彼女は、
「別にしているわけじゃないが、何でそんなに不満なんだよ?」
「その怪我のせいで……どこかの女狐と朔也の距離が近くなったもの」
「堂々と目の前にいる私に向かってよく言えるわね」
「ふんっ。朔也、最近、千沙子の話ばっかりするのよ。不満があるに決まってるわ。もう最悪」
神奈さんの不機嫌な理由はそれらしい。
「へぇ、そうなんだ。朔也クンが私の事を……?」
だとしたら、かなり嬉しい事だ。
彼にそうして気にしてもらえるのは素直に好感度があがってるってことだものね。
ライバルである神奈さんにとっては不機嫌そのもの、だろうけど。
「斎藤? このふたりってもしかして、鳴海をめぐって争ってるのか?」
「皆川は知らなかったか。このおふたりのお嬢さん、鳴海に惚れてるんだよ。鳴海は鳴海で多少事情があって今は素直に恋愛ができなくてな。どちらが彼の心を掴むか勝負しているってところだ。今のところは五分五分だが……」
「何とも羨ましい。君島は高校の時にかなりモテただろ。あの頃のファンの連中が聞いたら、嘆き悲しむこと間違いない話題だな。えっと、相坂はそうだな……まぁ、頑張れ」
皆川クンがそう言って笑うのを私は「変なこと言わないで」と肩をすくめる。
朔也クン以外の男の子にモテても意味がないの。
「皆川。私だけ頑張れって何よぉ。もうっ」
神奈さんは頬を膨らませて子供みたいに抗議する。
彼女も可愛いけれど、高校時代は朔也クンの女って印象が強すぎて誰も告白しなかったんだよね。
何気に彼の所有扱いされていた神奈さんが私としては羨ましかったけども……。
「……皆川の追加注文の焼酎ロック、水で薄めまくってやるわ」
「おい、こら。やめてくれ。この店のは焼酎が濃すぎない感じの良い割合なんで好みなんだよ」
拗ねる彼女は再び厨房へと戻っていく。
こういうやり取りは居酒屋のお姉さんって感じがするわ。
彼女もこの店を継いで何年も経つけども、ずいぶん慣れてきたようね。
「何にせよ、鳴海がいてくれるだけで影響力はあるってことさ。今回の町長選挙もこれ以上の大きな騒動もないだろう。さすがにな。だから、君島も安心していいぞ」
「それが聞けただけでもいい報告よ。また何かあったら教えてね」
彼ら青年会は美浜町の事情に直に接しているので、情報が早いのですごく頼りになる。
もう何事も起きなければいいのに。
町の住民同士がいがみ合うのなんて見たくはない。
「……さて、と。難しいお話も終わった所でお酒でも飲んで楽しもうか」
その後は彼らとお酒を飲みながら他愛のない話で盛り上がった。
私は朔也クンの存在の大きさを改めて感じていた。
彼がこの町に帰ってきてくれてから色々なことが変わり始めているんだもの――。