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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第3部:想い、遥かに 〈千沙子編・君島千沙子END〉
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第1章:激突する感情《断章3》

【SIDE:君島千沙子】


 起こるべきくして起こった事件。

 ホテルにどよめきが起こり、多くの人々が入ってくる。

 保守派は町長を狙い詰め寄ろうとする。

 その騒動のさなか、誰かの手が当たったのか花瓶が揺れた。

 大きさは60センチ程度、台座から落ちてこちらに花瓶が倒れてくる。

 ハッと気づいた時には手遅れだった。

 私は逃げる事もできずにその場に立ちつくすことしかできなかった。

 

「千沙子っ!」

 

 その瞬間、朔也クンの声が私に届く。

 身体に伝わる振動、私は床に押し倒されていた。

 音を立て割れる花瓶の破片が宙を舞う。

 

「……?」

 

 だけど、私には来るべき痛みも衝撃もなかったの。

 不思議に思い、ゆっくりと目を開けてその現実に気づいた。

 私は朔也クンに押し倒されていた。

 私は彼によって守られていたの。

 身をていした彼は顔から出血をしていた。

 血の雫が私の差し出した手について私は顔を青ざめさせる。

 

「朔也クンっ!?」

 

 苦痛に顔を歪ませる朔也クンの額からはとめどなく血が流れる。

 現場は完全に静まり返ってしまっていた。

 その場の誰もがどうすることもできずに身動きできない。

 

「だ、大丈夫、朔也クン!?」

「落ち着け、千沙子。俺は……大丈夫、だ」

 

 彼は片手で顔を押さえながらそう呟く。

 私はハンカチを手渡すと、白いハンカチはすぐに赤く染まる。

 傷が深くてひどい怪我を負わせてしまった。

 

「だ、誰がタオルを持ってきて!?」

「は、はいっ」

 

 従業員のひとりがフロントの方へタオルを取りに行ってくれる。

 

「朔也クン、私のせいで……」

「お前を守れたならそれでいい。ちっ、痛いなぁ、これは……さすがに痛むよ」

 

 彼は冷静だった、慌てふためく私を落ち着かせようとする。

 激痛に耐えているのは目に見えて分かるのに。

 どうして彼はこんな時でも私の心配をしてくれるの?

 

「朔也クン……?」

 

 彼はいきなり立ち上がると、その場にいる皆の方へと向いた。

 誰もが彼の行動に無言で見つめる。

 

「……いい機会だから言わせてもらう。俺はこの町を一度出て、東京で暮らしてきて戻ってきた人間だ。この町は7年前と違い、大きく変化をしている。ホテルが出来て、観光客も増えて賑わいを取り戻している」

 

 彼らに朔也クンは自分の意見を告げていた。

 

「けどさぁ、確かに悪い部分もあるんだよな。今までいなかった連中が増えて、海が汚れたり、マナーが悪い奴がいたりする。ゴルフ場を作ろうと自然を壊してしまう事もある。それで反対だっていう人間が出るのも納得できる事ではある」

 

 タオルを持ってきてくれた子からタオルを受け取る。

 私がそれを差し出すと彼は血で染まる顔にタオルを押し付けた。

 本当なら痛みで喋ることもできないはずなのに。

 

「……だからと言って、変わらないままでいればいずれはこの町は消えてしまう。いつまでも変わらないままなんて無理なんだよ。だからと言って変化すぎるのもよくない。だとしたら、どうすればいいと思う?」

 

 彼は騒動を起こした反対派の人間に問う。

 

「そ、それは……俺達のように反対行動を起こして……」

「それで何の解決をするんだ? 意見を押し付け合って、こうして皆を巻き込んで何が解決をする。何も解決などしない。しようとしていない。暴力で解決するなんてのはどうしようもない」

 

 それは彼なりの両者への説得だった。


「こんなことでさ、街を守れるのか? 子供たちに町を残してやれるのか?」


 誰もが今は彼の言葉に耳を貸していた。

 

「ゆっくりとでいい、皆が納得できるように話をして解決すればいい。話しあいすらせずに、行動だけでお互いに意見をぶつけ合うのは間違いだろ。まずは話をして、お互いの意見を交換し合う所から初めてみればどうだ」

「話し合いなんて時間は無駄なんだよ!」

「なぜ、無駄だと思う? 話をする事は大事だ。改革派も反対派も、どちらにも違う考えがある。それでも、共通している事がひとつだけあると思わないか? 一番根っこの部分、綺麗事と言われるかもしれないけども大事なことだ」

 

 そして、彼はしっかりとした声で皆に言った。

 

「この町を守る、これから先も、子供達が安心して住めるような良い町にしていく。そう考えての行動じゃないのか? 放っておけば、町から子供達は去って、年寄りだけの過疎の町となる。それを防ごうとするのは悪いことじゃない」

「……」

「誰だって守りたいさ。自然も守りたい、過疎化も止めたい。どちらも正しい。だけど、両立するのは難しい。それが現実なんだから」

 

 皆、それぞれが彼の言葉を受け止める。

 それは当たり前で、単純なことで、その方法をどうするかでこれだけ意見が衝突しあう。

 

「俺はこの町が好きだよ。これから先も守っていきたいと思う。そのためにどうすればいいのか、将来のことを考えるためにも話あうべきだ。じっくりと話し合い、それでもダメなら他の策を模索する。町をよくしようと言う気持ちが同じなら、答えは必ず出るはずなんだよ」

 

 朔也クンの言葉には重みがあった。

 誰もがその言葉を受け止めて考えさせられるんだ。

 町をどうしていきたいのか、どうするべきなのか――。

 

 

 

 

 しばらくして、朔也クンの怪我を治療するために私の実家に案内する事になった。

 私の家は開業医なので、すぐに電話して話をつけておく。

 ホテルからの許可をもらい、私も付き添いで斎藤クンの車で病院に向かう。

 騒動の方は朔也クンの怪我で皆も冷静さを取り戻して沈静化した。

 警察が来た頃には事件はほとんど終わっていた。

 

「朔也クン、ごめんなさい……」

 

 私は後部座席で苦しむ朔也クンに声をかける。

 我慢して無理をして痛みに耐えて皆を説得していた。

 車に入ってからは息も荒く、苦しみを見せている。

 

「……千沙子の顔に傷がつかなかっただけマシさ。千沙子は綺麗なんだからな」

「朔也、クン……ぅっ……」

 

 思わず涙ぐみそうになるのをこらえて、私は彼に尋ねた。

 

「何で、あの時、皆に話をしたの?」

「あのままぶつかり合っていたらもっと怪我人が出たかもしれない。いい感じに静まり返っていたからな。ああいう風にまとめてしまえば、お互いにあの場でぶつかりあえないだろ? ……この怪我を利用して、俺も言いたいことを言っただけだ」

「……鳴海の言葉は皆に届いていた。町を守る、単純な話だがそれが難しい。税収の落ち込み、若者の減少、過疎化の進む町をどうにかしたい。ここまで悪化した両者も互いに振りあげた拳を下げれずに対立し続けるしかできなかったからな」

 

 斎藤クンの言うとおり、対立が悪化することで混乱が広がり、今さら話しあいなんて出来ないのが現状だった。

 それが朔也クンの一言で、彼らも少しずつ変わり始めるかもしれない。

 

「少しでも解決に進めるのならそれでいいさ」

 

 私の大切な人の言葉が彼らの心に届いてくれたらと願った。






 

 病院に着いてすぐに彼の手術が始まった。

 医者である私のお父さんはすぐに傷を縫合する手術をする。

 私は外の待合室で彼を待ちながら、斎藤クンと話をしていた。

 

「朔也クン。町を守りたいって言ってくれたよね」

「……この町を出ていった人間は戻らない。けれど、鳴海は戻ってきてくれた」

「うん。理由はどうであれ、彼は再びこの町に帰ってきてくれたね。そして、この町を愛して、どうにかしようとしてくれている。この町には彼が帰ってきてくれたおかげでわずかな変化が起きているんじゃないかな」

 

 町民レベルでも朔也クンの話は噂になっている。

 東京から戻ってきてくれた若者。

 今まで出て行った者が戻る事がないと諦めてきたのに、何かが変わるかもしれないと皆が期待を抱いたのも事実なんだ。

 

「……はぁはぁ、さ、朔也はどこ!? 怪我したって聞いたけど、無事なのっ!?」

 

 神奈さんが息を切らせて病院に走り込んできた。

 情報を聞いてすぐに駆けつけてきたんだろう。

 

「今、手術中よ。ひどい怪我だけど命に別条はないわ」

「そうなの? はぁ、よかった。皆川君から電話をもらって、朔也が大量出血で病院に運ばれたって聞いて大急ぎできたの」

「神奈さん。ごめんなさい、私のせいなの。朔也クンが怪我をしたのは……」

 

 彼を心配する彼女に私は詳細を交えて説明しながら謝った。

 けれど、神奈さんは怒ることもなく、私に言う。

 

「そう。朔也が千沙子を守るために怪我をしたんだ。でも、それを千沙子が謝る必要はないでしょ。事故だったわけだし、そもそも、朔也が自分の意思で千沙子を守ろうとしたならそれは朔也が決めた事だもの」

「……神奈さん」

「朔也はね、優しいよ。小さい頃から何度も助けられたもの。でもさ、朔也は別に恩を着せるために助けるんじゃないの。朔也がそうしたいから、助けるんだよ。自分を犠牲にしてでも守りたいって思ったら身体が動いちゃうんだ」

 

 神奈さんは朔也クンの幼馴染で、本当に彼を理解しているんだ。

 

「ホテルの方、大丈夫なの? ここは私が付き添うから千沙子は戻ったらどう?」

「で、でも……」

「何かあったら連絡するから戻ればいい」

 

 もっと付き添いたいけども、私も気になってはいたので仕方なくホテルに戻る。

 騒動があってホテルも混乱しているからひとりでも人出は欲しいはず。

 

「朔也クンの手術が終わったら連絡して」

「分かった」

「それじゃ、俺も君島をホテルまで送ってくる。相坂、頼んだぞ」

「はいはい。いってらっしゃい」

 

 そして、私はホテルに戻ると、既に人はまばらになっていた。

 後片付けで忙しい支配人に朔也クンの事を話す。

 

「そうか。彼を巻き込んでしまった事は非常に申し訳ない。後日、改めて謝罪しなくてはいけないね」

「あの後、騒動はどうなったんですか?」

「……実は、彼ら反対派側からこちらとの話し合いの席につく事を了承する話が出たんだよ。町長側もそれを了承、近日中に代表同士が話をするようだ」

 

 朔也クンの行動がこの騒動を鎮静化させ、解決の方向へと導きはじめた。

 

「特に彼の言葉に共感したらしいね。最初は誰もが思う話だった。町を守りたいと言うこと。原点回帰、と言うべきか。初心に戻り、話しあいから始めようと言ってくれた」

「え?」

「これは大きな前進だよ。ホテル側としてもその話あいに参加して、納得がいく結果を得られるように努力をするつもりだ」

 

 憎み合い、いがみ合うだけの改革派と反対派。

 結果がどうなるか分からないけども、話しあいのテーブルにつけた事は大きい。

 それすら今まではできなかったんだものね。

 朔也クンが町を変えるきっかけを作ってくれたんだ――。

  

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