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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第3部:想い、遥かに 〈千沙子編・君島千沙子END〉
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序章:心の距離

第2部の続きから。君島千沙子ルートです。

【SIDE:鳴海朔也】


 海と温泉という観光が盛んな美浜町。

 夏になると多くの観光客が訪れる。

 美浜ロイヤルホテルが建設されてからはさらに観光客は増加した。

 過疎化脱却の切り札として、観光地として生まれ変わろうとする町。

 その変化がひとつの事件を起こそうとしていた――。

 

「……ふわぁ」

 

 朝っぱらから今日は大雨。

 台風が近づいているせいらしい。

 と言っても、昼のうちには通り抜けて行くので、そんなにひどくはないようだが。

 

「これだけ風の音がうるさいと寝ていられない」

 

 俺は愚痴りながら冷蔵庫を漁り、適当に朝飯を作って食べる。

 どうにも独り暮らしをしていると食べる物が偏る。

 これで神奈の店がなかったら俺もひどい食生活になっているだろう。

 買い置きしていたカップラーメンとヨーグルト。

 それが本日の朝食で、テーブルに並べながらテレビをつけた。

 ちょうど台風情報をしているので視線を向ける。

 

『強い風を伴う大雨を降らせている台風ですが、お昼過ぎには暴風域を抜け……』

 

 事前情報通りのようだ。

 昼からは何をするかなぁ、と考えていると携帯電話が鳴る。

 相手は誰だと思ってディスプレイを見ると『君島千沙子』の文字が表示されていた。

 

「千沙子か。どうしたんだろ」

 

 俺は電話に出ると彼女は『おはよう、朔也クン』と穏やかな声で挨拶をした。

 

「うん。おはよう。こんな朝からどうしたんだ?」

『……今から朔也クンの家に行ってもいいかしら?』

「俺の家? かまわないけど、この雨だぞ?」

『この雨だからよ、くしゅんっ』

 

 電話の向こうでくしゃみをする彼女。

 それと同時に部屋の扉がノックされた。

 

「……早っ!? ていうか、外にいたのか」

 

 俺はすぐさま家の玄関の扉を開けると、雨に濡れた千沙子がそこにいた。

 外は見ての通りの大雨でここを歩いてくるのはチャレンジャーとしか言いようがない。

 

「くしゅっ。ごめんね、朝から……」

「そんなのはいいから、風呂に入れ。すぐに湧かせるから。あとタオルっと。ずっと濡れてると風邪をひくぞ」

 

 俺は彼女を風呂場に案内して、濡れた服は乾燥機へと放りこむ。


「千沙子、この雨の中をやってきたのか?」

 

 なぜ、どうして?

 疑問だけが残る。 

 しばらくして、お風呂上がりの彼女には俺の服を代わりに着させる。

 

「朔也クンの服って大きいね」

「服が乾くまでそれで我慢してくれ。神奈の服が使えればいいんだが……」

 

 アイツの予備の服は置いている事は置いている。

 だが、迂闊に使用すれば理由を問いただされるので使えない。

 この前みたいに本人がいれば、使うのも許可が下りるんだが。

 

「いいわよ、これで。無理に立ち寄らせてもらってごめんなさい」

「それより、この雨風の中を来るとはどういうことだ?」

「これでも仕事帰りなの。今日は夜勤だったんだけどね。ほとんどの人が台風の中を帰るのは嫌がって、残って仮眠室で寝るって話をしてたの。でも、私の家は歩いても20分程度だからそのまま帰ろうと思っていて……」

「無理やり断行して諦めた、と?」

 

 彼女は「それもあるけど」と呟きながら深いため息をつく。

 

「私の家に行くまで橋があるじゃない」

「あぁ、君島医院へ行くには橋を渡らないといけないな」

 

 ちょうど海へと流れている川があり、そこには橋がかかっている。

 

「……その橋、ただいま閉鎖中なの。何でも大雨による洪水の危機があるから渡れないって直前で言われて仕方なくホテルに戻るか、朔也クンの家を頼ろうと思ったわけ」

 

 今までもあの川の氾濫は何度かある。

 中規模の川なので、急な大雨に対処できない事も稀にあるらしい。

 封鎖されて身動きできず、と言う事で諦めてこちらに来たわけか。

 

「そりゃ、危ない所だったな。俺の家でよければいてくれ。何か食べるか?」

「ううん。食事はホテルでしてきたから。それよりも、ベッドを貸してもらえないかな。眠くて、眠くて仕方ないの。ここ最近忙しくて、夜勤も続いてるし」

 

 夜勤明けと言っていたので眠気もあるのだろう。

 

「いいよ、ゆっくり休んでくれ」

 

 俺は頷いて彼女を布団で寝かせてあげることにした。

 

「ありがとう、朔也クン。面倒をかけるわ」

「気にするなよ。これくらい」 

「くすっ。このお礼はまたするから」

 

 彼女は疲れていたのかすぐに寝てしまう。

 起こさないように部屋を離れた俺はリビングへと戻る。

 しばらくテレビを眺めていると、台風は本降りになり、うるさい雨が続く。

 

「これさえ終われば、台風もさよならか」

 

 数十分後、そう思っていた通りにピタッと雨がやんでいた。

 俺は窓の外を見ると、小雨が降る程度でもう大丈夫のようだ。

 

「さぁて、と。家の周囲の確認だけしてくるか」

 

 台風も過ぎたようで、一安心した俺は周囲の確認をする。

 風が強かったので色々と飛ばされていたりしていないか。

 俺のバイクは車庫に入れてあるので無事。

 他にも確認するが外に置いてあるものは飛ばされてはいない。

 窓ガラスも無事を確認、と……。

 

「あれ? 朔也、何をしているの?」

「んー。何だ、神奈か。俺は家の周囲の確認中だ」

「今回の台風は風だけ強かったものね。うちの被害は外に置きっぱなしだった鉢植えがひとつ割れちゃった。それ以外は何もなかったわ」

「この家も問題はなしのようだ」

 

 ちょうど買い出しで外に出ていた神奈と遭遇した。

 神奈の店とこの家は本当に近いからなぁ。

 

「お前こそ、買い出しか?」

「そうよ。ちょうど台風も去ったから買い物にでも行こうかなって。せっかくの日曜日、のんびりと過ごしたいもの」

 

 神奈も日曜日は店が休みなので暇なのだ。

 

「何なら、朔也の分もお昼ご飯を作ってあげよっか?」

「あー。それはぜひにも頼みたい事なのだが、今はあいにくと、そう言う状況でもなく」

「何それ? ……まさか」

 

 彼女は勝手に俺の家の扉を開けようとする。

 

「ま、待て、早まるな」

「……ふーん。誰か女の子が中にいるんだ?」

「千沙子だよ、千沙子。今、部屋で寝てるだけだってば」

「ね、寝てる!? それって同じ部屋でずっと一緒に?」

 

 変な意味で勘違いしてる神奈に俺は面倒ながらも最初から説明をする。

 下手な説明で誤魔化すと後が大変なのだ。

 人間、素直になるべき所で素直になるのが大事なのです。

 事情を説明し終わった神奈は納得した様子だ。

 

「……何だ、そういうこと。でも、それならしばらくは寝てるでしょ。ご飯くらいならうちで食べて行けばいい。千沙子が起きるのって夕方くらいなんじゃないの?」

 

 というわけで、俺は神奈の厚意に甘えることにした。

 昼食後も神奈と雑談をして過ごし、3時ごろになって家に戻る。

 そろそろ、千沙子も目をさます頃なんじゃないだろうか。

 外で話を聞いてきたら、橋の方は先ほど復旧と言うか通れるようになったそうだ。

 

「……千沙子?」

 

 部屋をのぞくと彼女は起きて、枕もとに置いていた服に着替えをしている最中だった。 

 下着姿で、もろにパンツが見えてしまった。

 

「きゃっ、さ、朔也クン?」

「わ、悪い。着替え中だったか」

 

 俺はすぐさま、部屋を出ていく。

 何と悪いタイミングだ、全く。

 いやいや、俺はそんな覗きをする悪人ではないのだ。

 ……ホントだよ?

 

 

 

  

「ごめんね、朔也クン。いろいろとお世話になって」

 

 夕焼けに彩られる海岸沿いの道を千沙子と二人で歩いていた。

 起きた彼女を家まで送っている最中だ。

 

「朔也クンのおかげでぐっすりと眠れたわ」

「最近、仕事が忙しくて疲れているんじゃないのか?」

「今が繁盛期だから仕方ないのよ。秋になれば多少は楽になるわ。それにこのホテルの接客業ってのは忙しい時期と暇な時期が極端な仕事なの」

 

 当然ながら暇より忙しい方がいいと言うわけだ。

 

「……それだけならまだいいんだけどね」

 

 彼女はポツリと呟くように、

 

「もうひとつ。今は嫌な問題もあるから」

「嫌な問題? それって何だ?」

「ううん、何でもないわ。こればかりはホテル全体の問題だもの」

 

 彼女は言葉を濁して何も答えなかった。

 

「朔也クンに会って力も充電できたからいいよ。また会おうね」

「今度、一緒に飲みに出も行くか?」

「うんっ。そうしましょ」

 

 千沙子が何か悩みを抱えているのならそれに相談に乗ってやりたい。

 

「あーっ。ねぇ、見て。すっごく綺麗な夕陽よ」

 

 彼女は夕陽を指差して微笑みを見せる。

 

「台風の後はいい天気になるってよく言うからな。ホントに綺麗だ」

「子供の頃、台風一過って言葉を台風一家って思ったことがあるわ」

「……俺も同じ勘違いしてたよ。台風は一家で去っていくんだって。だから、くもり空もなく、こんなに綺麗に晴れるんだってさ」

 

 真っ赤な太陽がかかる雲に反射させて幻想的に見える。

 ふたりで夕陽を眺めながら俺は考えていた。

 千沙子が悩んでいる問題が一体、何なのか?

 それを知る事ができれば、この後のあの事件を防ぐ事ができたのか。

 多分、知っていたとしても阻止するのは難しかったかもしれないけどな――。

 

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