最終章:蒼い海への誘い
【SIDE:鳴海朔也】
真夏の暑い日が続く8月に入った。
高校は既に夏休み突入中。
生徒達は夏休みを満喫している。
生徒が休みの間は教師も休みだと勘違いしている人間がいるようだがそれは違う。
夏休み中でも俺達、教師は学校に登校してやることはあるのだ。
研修や書類仕事、部活指導、溜まっている有給休暇もこの時期くらいにしか使えない。
俺は教師と言う仕事にこの4ヶ月間で慣れてきていた。
まだまだ始まりにすぎない教師生活。
これから先も続けて行く中で苦労や困難も出てくるだろうが、いいスタートは切れた。
当初は不安もあったが、教師を続けて行けそうだ。
すべての始まり。
この生まれ故郷へ戻ってこようと決めた1年前のあの日。
俺は愛する女だった千歳を失い絶望の淵にいた。
行方不明の彼女を探してもどこにもいない。
そんな千歳から俺に残された言葉は夢を諦めないと言うこと。
この街へ戻り、教師として夢を叶える。
その選択肢を与えくれた彼女のおかげで今、俺はここにいる。
気の合う友人達や大事な女の子達がいる、この街に――。
「なぁ、鳴海。お前と一緒にいる時は、釣り勝負ばかりしてないか?」
「男の勝負。大好きな釣りを思う存分にできる街に帰ってきたんだ。いいだろ」
今日は斎藤と朝から釣り三昧。
さすが斎藤は調子がよくて中々の大物を釣り上げていた。
「ようやく自分の釣竿も買ったからな」
初ボーナスで買ったばかりの新品の釣り竿は抜群に反応がいい。
俺の方も大物を釣り上げてふたりで勝負を楽しむ。
子どの頃から変わらない、斎藤は本当に釣りがうまいので相手に不足はない。
「やるなぁ、鳴海。ずいぶんと勘も戻ってきたか?」
「そうだな。昔と同じくらいには、な」
昔も斎藤とよくこうして釣りをしていたっけ。
お互いに10年程度の歳はとっても変わらない事はある。
釣りスポットの隠れ浜は今日は穏やかな波だ。
「……そういや、最近、相坂と君島の方はどうなんだ?」
「ぐっ。ピンポイントでついてくるな」
「こう見えても幼馴染として気にしているんだよ。鳴海がどちらを選ぶのかってな」
「今すぐに焦って決めるものでもない。俺はそう思ってるよ」
相手もあることだ、焦って決めてもいい結果が出るとは限らない。
「……お前のことだ。ちゃんと相手を考えて行動をしているんだろうが、あんまりフラフラはするなよ。狭い町だ、噂程度にはなってるからな。まぁ、元からお前は信頼が高いから変な悪い意味での噂じゃないが気をつけるにこしたことはない」
「忠告に感謝する。俺も自分の過去にけじめがつけようと思っているさ」
もしも、千歳の事を乗り越えられるとしたら。
その時が来れば俺が選ぶのは……。
「おっ、当たりだ。こいつは大きい。斎藤、勝負は俺の勝ちのようだ」
「それを釣り上げてから言ってくれ。負け惜しみではないぞ」
「食い付きがいいから大丈夫だ。逃がしはしない」
俺は魚との勝負に入り、竿を構える。
真夏の太陽の日差しが照りつける。
「夏の海か。本当にこの町は夏が似合う」
そう呟きながらリールを巻いて俺は大物の魚を釣り上げた。
昼になって斎藤と別れた俺はひとり商店街を歩いていた。
そろそろ、買い置きの食料がなくなってきたのだ。
「夜食用のカップ麺とか必要だろうな。あと飲み物系も。他に何が必要だっけ。こういう時は神奈が頼りになるんだが」
夏場は外に出るが面倒だからな。
そのためにも非常食を購入しておかねば……。
「でも、あんまりカップ麺を買うと神奈がうるさいんだよなぁ」
俺の買い置きを見ていつも怒るのだ。
『こんなのばっかり食べてちゃダメでしょーっ』
男の一人暮らしには普通にお世話になる食品なのに。
スーパーに入ろうとすると、村瀬先生の姿を見かけた。
今日はライダースーツも来ていない私服のようだ。
「村瀬さん。こんにちは」
「こんにちは。鳴海君も買い物かしら?」
「えぇ、そうですよ。今日はツーリングには行かないんですか?」
俺がそう尋ねると彼女は悔しそうに言うのだ。
「あいにくと、親と帰省の準備で忙しいから無理。この歳でも祖父母には毎年、会いに帰省しなきゃいけなくてね。ツーリングはしばらくお預けなの。楽しみは当分先なのよ」
「村瀬さんはこちらが実家じゃないんですか?」
「父方はそうだけど、母方は九州の方なのよ。今は父方は祖父母も亡くなってるから、あちらへ行く事が多いわ。鳴海君も似たようなものでしょ」
俺も両親は元々、この町の生まれではない。
帰省か、俺も久々に両親に会いに東京へ行くかどうか考えておくか。
「それにね、今年の夏は北海道に行こうって計画を立てているの。バイク旅行よ、思う存分に楽しんでくるわ」
「気を付けてくださいね。俺の友人、北海道の何もない道路で転んでバイクをぶっ壊したので。何もない所ほど案外注意が必要ですよ」
「そうなの? 気をつけるわ。また機会があれば一緒にツーリングしましょう」
「はい。それでは、また……」
お盆にも入るし、色々と忙しい時期なんだなぁ、と実感する。
村瀬先生の後姿を見つめながら俺は買い物をしようとスーパーに入ろうとする。
「朔也先生っ、捕まえた」
「うぐぉ。い、いきなりなんだ」
後ろから掴まれて思わずビクッとする。
振り向くと、そこにいたのは千津、桃花ちゃん、それに要の3人だった。
「何だ、千津じゃないか。どうした、お前ら3人そろって?」
「もうすぐ、夏の天体観測会でしょ? 先輩に色々と図書館で教えてもらってたの」
「そうだったのか。そういや、1週間後くらいだったか? 例の流星群が来るな」
毎年、夏に来る流星群があって、それを天文部が観測する天体観測会がある。
春のゴールデンウィーク、初夏の七夕に続く3回目の天体観測会だ。
「そうだよ。先生も顧問なんだから忘れないでよね?」
「忘れてないよ。要、このふたりを指導してたのか?」
「はい。星に興味を持ってもらえるのは嬉しいことですから」
要も明るい表情で答えてくれる、星の魅力を共有できる仲間がいて嬉しいようだな。
「お兄ちゃん、さっき一緒にいたのは村瀬先生だよね? どーいう関係?」
「別にそこで会って雑談しただけだ。桃花ちゃんは何でも関係にしたがるなぁ」
「だって、お兄ちゃんって君島さんと神奈さんのふたりから言い寄られているんでしょ? さらにライバルとか思ったんだもん。相変わらず、お兄ちゃんってモテるよねー。誰を選ぶのかなぁ?」
人の関係って奴は他人に言われると恥ずかしくなるものだね。
「朔也先生、ここで会ったんだからジュースでもおごってよ。私達、涼みに来たの。ほら、そこのお店でいいからさぁ」
「おーい、先生にたかろうとするな」
「可愛い生徒におごってくれてもいいじゃん。ほらほら行こうよ。涼しいクーラーのきいた場所が待ってるよ」
無理やり押しながら連れて行こうとする千津。
要も桃花ちゃんも止めずにむしろ、俺におごらせようとする。
「仕方ないなぁ。たまには生徒と親睦を深めるか」
ちょうど、その天体観測会の事も聞いておきたかったので誘いに乗ることに。
結局、彼女達3人分の飲み物代はしっかりとおごらされるのだった。
千津達には次回の天体観測会の話やら、俺の過去の恋愛の話をさせられてしまった。
「女子高生のテンションについていけない……俺も年か」
買い物も終えて、家に戻ろうとした俺は海岸沿いの道を歩いて海へ視線を向ける。
いつもと変わらない広い海。
「7年前にはもう戻ってくるとは思わなかった町なのに、今、俺はここにいる」
砂浜を踏みしめながら俺は波打つ海を眺めていた。
蒼い海のある生まれ故郷であるこの町を去った。
それから色々とあり、絶望感を抱いて帰って来た俺を待ってくれていた友人達。
彼らとの再会が俺にとってはいい意味で癒しになっていた。
妹のような神奈と、憧れの女の子だった千沙子との再会は俺にある意味、大きな影響を与えていると言っていい。
「忘れられない思い出があって、それを今も引きずる俺はどうすればいいんだ」
千歳の事を忘れろと言われて忘れられるものではない。
だが、人間はいつまでも過去にとらわれていてはいけない。
俺も前に進まなければいけない時が来ている。
「そのきっかけが神奈と千沙子と言うのなら、俺も決断しなきゃいけない」
彼女達は俺に想いを告げてくれた。
その想いに応えるためにも、俺はここで立ち止まることはできない。
この大事なきっかけをいかして、俺は再び前に進みたい。
俺がこの町に戻った事に意味がある。それを証明してみたいんだ。
千歳のこと、神奈のこと、千沙子のこと。
俺には悩むべき問題がいくつもあるけれども、きっと乗り越えられるはずだ。
「……とりあえずは、楽しい夏を満喫するとしようか」
そう呟くと俺は海を背にして歩きだす。
容赦なく照りつける強い太陽の日差し。
心地よい海風は潮の香りを運んでいる。
波しぶきを上げる蒼い海が目の前には広がっている。
「今年の夏はいつもと違ってまだまだ楽しめそうだ」
“蒼い海への誘い(いざない)”。
今年の夏はまだ始まったばかりなのだから――。
【 Season 02 End 】
第2部、終了です。次回からは個別ENDルートに話がなります。まずは次回からは千沙子ルートのお話です。