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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第2部:想いは過去に巡りて 〈ファーストシーズン・追憶編〉
62/232

第20章:嘘つき《断章3》

【SIDE:鳴海朔也】


 俺にとっての神奈と言う女の子は特別な存在だった。

 住んでいた家が近かったので最初に仲良くなった同世代の子だった。

 幼稚園くらいから付き合いがあって、彼女はその頃から傍にいた。

 遊ぶに行くときも、何をする時も彼女は自然とそこにいて。

 兄弟のいない俺にとっては妹同然の存在だった。

 いつの頃からか、アイツの視線が男のそれを見る目に変わっていた。

 アイツの気持ちには気づいていながら、それをやんわりと無視し続けてた。

 俺は神奈に告白された事はない。

 だが、千沙子の行動が彼女に行動をさせるきっかけを生んだらしい。

 今日は彼女が望んだデートの約束の日だった。

 

「デートか」

 

 言われてみれば神奈には世話になり続けてたが、恩返しは出来ていない。

 

「こういうのもたまにはいいかな」

 

 俺は待ち合わせの駅前に行くと普段と違う雰囲気の神奈がそこにはいた。

 童顔な彼女は綺麗と言うより可愛いという表現が似合う。

 だが、今日の神奈は綺麗だと思えた。

 

「よぅ、神奈。時間通りだな」

「そっちこそ、ちゃんと時間に間に合わせてくれたね」

「俺はデートでは遅れた事がないからな」

「それが自慢なの? 経験豊富で嫌な奴だわ」

 

 少なくとも10分前には待ち合わせ場所に来るようにしている。

 

「今日はどこに行きたいんだ?」

「遊びに行くと言ったら隣街でしょ。それでいいよね?」

「了解。それなら行くか」

 

 俺達はちょうど来た電車に乗って隣街へと行く。

 隣街、と言っても電車に揺られて15分もかかる。

 のんびりと電車に揺られていると、隣の席に座っていた神奈が俺に問う。

 

「朔也とこんな風にデートするのって初めてだけど、朔也は今まで何人くらいとデートしたの? そういうこと、気になる」

「……ノーコメントでお願いします」

「ふーん。言えないくらいなんだ?」

 

 実際に数えれば交際経験人数に少しプラスする程度、10数人程度だと思う。

 だが、それを神奈に正直に話す必要はない。

 

「朔也っていつから女の子好きになったの?」

「別に女好きだと思ったわけはないけどな」

「嘘つき。朔也の女癖の悪さ、酔って寝てた朔也からちゃんと聞いてるんだからね?」

「ひ、人の寝言を聞いてはいけないと言う迷信を知らないのか!?」

 

 寝言の会話に答えてはいけないという迷信があるのだ。

 人の無防備を狙うとは何たる卑劣。

 

「心配しないで。生々しくて私は普通に引いちゃう内容で逆に忘れたいくらいだし」

「引かないでくれ。それも辛いわ」

 

 嫌な顔をして呟く彼女。

 ……寝てる間で意識のない俺は何を彼女に言ったんだろう?

 

「朔也がこの町にいる時はそんなに恋愛とか興味なかったのに」

「そんなことはないぞ。人並みくらいには考えてもいたし、興味もあった」

 

 昔から千沙子とか気になっている子ではあった。

 それ以外の女の子にも恋愛くらいは興味があったのは確かだ。

 

「……私に興味はあった?」

「俺に近い女の子だからな。気になる程度はあったな」

 

 それでも、好きだと言い切れるわけじゃない。

 

「もしも、朔也がこの町に残り続けていたら……千沙子を選んでた?」

「……え?」

「千沙子から前に聞いたことがあるの。中学卒業前に千沙子が告白したんだって。でも、朔也は卒業後にはこの町を出る事が決まってたから断った」

 

 神奈がその事を知ってるのは驚いた。

 千沙子から聞いたんだろうか。

 ふたりの仲がさほど良くない事を考えると話すとは思えない。

 

「千沙子は自分を変えてくれた朔也の事を愛している。あの子は美人だし、朔也もすごく親しくて仲がいいでしょう。7年経って、朔也は誰を選ぶのかな」

「神奈……?」

「なんてね。変な事を考えちゃった。今日はデートなんだから楽しまないとっ」

 

 無理やり明るく振る舞う神奈。

 今まで知らなかっただけで神奈はこういう表情を何度もしていたのか。

 俺が今まで知っていたこの子とは大きく違う一面を知る。

 電車が駅についてしまい、話はそこまでだった。

 

 

 

 

 隣街はうちの町と違って栄えている。

 もちろん、都会並みとは言わないが、買い物程度なら不十分なことはない。

 ショッピングモールもあり、デートをするにはぴったりだ。

 

「さて、まずはどうする? 買い物か、映画か?」

「私はデートで映画って好きじゃないの。それならもっと楽しくその人と過ごしたい」

 

 神奈は俺に自然に腕を絡ませてくる。

 縮まる距離、彼女は静かに微笑んだ。

 

「だから、今日は買い物がしたいな」

「いいね。たまには何か買ってやろう」

「ホント? 嬉しいな。家とか車とかがいいな」

「それはデートで買うものじゃない!?」

 

 真夏だけに毎日がすごく暑い日々が続いてる。

 暑さを避けようと涼しい場所を選んでいこう。

 服やアクセサリー、化粧品と店をふたりで回っていく。

 

「この服がいいなぁ」

「神奈ってこういうタイプの服を着るのか?」

「意外? 普段着はこのブランドの服をよく着てるよ」

 

 神奈の普段着の服装は派手さをあまり好まない。

 本人いわく、町から出る事が少ないからだと言っていた。

 

「それくらいなら買ってやろうか?」

「えーっ!? 朔也が私にプレゼントしてくれるなんて珍しい」

「おいおい。デートなんだから、それくらいはするだろ」

 

 昔の彼女みたいに財布扱いされるのは不愉快だが。

 これくらいはどうということはない。

 

「ふぅん、そうやって朔也は女の子の心を掴んでいくのね」

「デートを楽しむための普通の事だって。いらないのか?」

「いるけどさぁ。何か、デート慣れしている朔也が何だかムカつく」

 

 そこで不機嫌になられても困る。

 人生=経験の連続だ。

 人の生きる時間、その積み重ねの間でいろいろとあるのは仕方ないだろ。

 

「ほら、他に欲しいものがあれば買ってやるから機嫌を直せ」

「……何でもいいの?」

「無理のない値段なら、いいけど。何が欲しいんだ?」

 

 俺は買った服を店員から受け取ると、彼女はある場所へと連れて行く。

 装飾関係の商品が並ぶ店のようだが……。

 

「私はこれが欲しいの」

「指輪? もしかして……? いや、待て。意味によっては困る」

「変なこと、考えてない? 指輪って言っても色々とあるのよ」

 

 彼女が選んだのは小指につける指輪、ピンキーリングだった。

 

「幸せを呼び込むための指輪だっけ?」

「うん。幸せを逃さないようにって。前から気になってたのがあったの」

 

 神奈が選んだ指輪。

 店員に指差のサイズを計ってもらい、誕生石をはめた指輪を購入することになった。

 

「ホントにプレゼントでくれるの?」

「もちろん。普段から神奈には世話になってるからな」

「ありがとう。大事にするねっ」

 

 神奈が喜んでくれてそれが俺も嬉しい。

 彼女は買いたてのピンキーリングを手にして微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 その日のデートは楽しくて、最後の食事を終えて彼女を俺は家に送り届けた。

 彼女のお店の裏側に回り、俺達はしばらく雑談をする。

 

「今日はありがとう。朔也のおかげで楽しめたよ」

「俺もだ。神奈の普段知らない事を知れた気がする」

 

 今まではあまり女として意識していなかったが少しずつ、認識が変わった。

 この子も一人の女の子だったんだなぁ、と。

 

「……朔也。私はずっと幼馴染の関係を続けてきて、幸せだったんだよ。朔也の妹でいられること、千沙子じゃなくて私が一番距離が近いんだって思ってた。でもね、妹で射る事が朔也にとって私を女として見てくれないのは嫌なの」

 

 雰囲気が変わり、俺は彼女に“告白”されているんだと気づいた。

 これまで神奈が明確に俺に告白した事はない。

 好きだと言えば関係が変わるのをお互いに恐れていたから。

 それでも神奈は俺の方をしっかりと見上げて言葉を続ける。

 

「今まで怖くて言えなかった。朔也が私を今まで妹としか見ていなかったのを知っていたもの。それでも、千沙子は朔也に告白したんだよね?」

「あぁ。そうだ、7年前の告白、今も気持ちは一緒だと言われたのは事実だ」

「うん。あの子はいつもそう。千歳さんの話を聞いても、私の存在がいても、諦めない。本当に心が強いんだ。7年前、朔也がいなくなって私は1年後には諦めかけていた。朔也はもうこの町に戻ることはないって。それなのに千沙子は違った。いつか戻ってくる事を考えて、自分に自信がつくまで己を磨いていたの」

 

 千沙子の変化が与えた影響。

 それは神奈に強く危機感を与えていたのか。

 

「朔也と千沙子が特別な関係にあるって昨日、分かった時にすごくショックだった。こういう事が自然にできる関係なんだって。それでも、まだふたりは恋人じゃない。それなら、まだ私にもチャンスがあるんじゃないかって……」

 

 昨日の事を含めて千沙子と距離が近いのは本当だ。

 この数ヶ月、千沙子は堂々と正面から俺に近づいてきたんだ。

 

「だから、私も逃げない。私も朔也が好きなの。お兄ちゃんじゃなくて、男として朔也が好きです。告白したら関係が壊れちゃう、かな」

 

 それでも神奈が告白した事に意味がある。

 それは彼女の不退転の覚悟、逃げないと言う意思。

 俺はそれに応えないといけない。

 

「千沙子にも言ったが、俺はお前の気持ちは嬉しい。けれども、今はまだ千歳を振りきれていない。愛する女の子がアイツである以上はどちらの気持ちも受け入れられない」

「……うん。それでも可能性はあるんだ?私でも、朔也の心を掴める事はできる?」

 

 今日1日過ごした事で印象が大きく変わったのだ。

 

「神奈も一人の女の子だって分かった。理解させられたよ。幼馴染って言葉で俺は誤魔化していた。神奈を女の子としてみれば、何だか距離が逆に離れてしまいそうだった」

 

 こうしてお互いに受け止めてみて、知ることはある。

 俺達は変わらなければならない、歳を重ねて成長しているのだから――。

 

「子供のままじゃもういられない。私は朔也が好き。望める事なら関係を変えたい。これで……私も千沙子と同じになれたかな?」

「……ったく、お前も変な男に惚れてるなぁ。何で面倒な男に引っかかるんだよ」

「もうっ、自分で言う?」

「自分で分かってるから言うんだよ。過去の女に今も縛られてる。その想いを振り切るために俺はここに帰って来た。それなのに、こんな俺でも好きだって言ってくれる子達がいる。幸せすぎるよ、本当に……」

 

 俺は苦笑いをしながら夜空を仰ぐ。

 本当に俺は幸せなんだと思う、そして、その幸せゆえに俺も決断しなくてはいけない。

 千沙子か神奈か、俺に告白をしてくれた子に対して向き合わないといけない。

 

「神奈。告白の答えはしばらく待ってくれるか?」

「うん……。私は私なりに千歳さんや千沙子に負けないように頑張るから」

 

 神奈はそう呟くと、俺に少しかがんでと言った。

 言われた通りにかがむと彼女は唇を俺に重ねる。

 5月以来の2度目の神奈とのキス。

 

「――1度目は雰囲気に流されただけ。今回は本気のキスだから」

 

 唇を話した神奈は顔を真っ赤にさせてそう言った。

 

「……神奈。あのさ、また出かけような」

「うんっ。これは負けを考えて言うんじゃないけど、朔也がもしも千沙子を選んだとしても、私と朔也は幼馴染としての関係はずっと続けるよ。これまでの関係がゼロになることはないから……。それでもいいよね?」

 

 俺は頷いて答えると「負ける気はないけどね」と笑ったんだ。

 その笑顔に俺もつられて笑っていた。

 幼馴染として過ごしてきた20年近くの年数。

 その関係がこの日から形を変えた日になった――。

 

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