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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第2部:想いは過去に巡りて 〈ファーストシーズン・追憶編〉
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第20章:嘘つき《断章2》

【SIDE:鳴海朔也】


 祭りの一夜、まさか翌日に神奈に見られるなんて。

 言い訳をするつもりではないが、昨晩は本当にに何もなかったのだ。

 千沙子も日頃の疲れが残っていたのか、すぐに寝てしまった。

 あの子も大人っぽく見えて子供らしい所がある。

 あまりの展開に呆気にとられ、この行き場のない欲望はどこへ……。

 俺一人、何とも言えない寂しさを抱きながら眠ることになった。

 それが翌日になって神奈に誤解を招く光景を見せてしまった。

 いつもの神奈ならばこういう時には、

 

『朔也のバカ~っ!』

 

 と、怒ってそれをなだめるのが常だった。

 しかし、今回の神奈は怒る素振りすら見せなかった。


「……これはまずいのでは?」


 逆に怒らない事が俺を責めている気がした。

 海水浴場で待ち合わせているのだが、神奈が中々来ない。

 ようやく現れたのは待ち合わせ時間を5分ほど過ぎた頃だった。

 

「お待たせ、朔也。遅くなったわ」

「神奈か。どうかしたのか……え?」

 

 俺が思わず言葉をつまらせる。

 

「水着を着るのに時間がかかったの」

「そ、そうか。お前によく似合ってるよ」

 

 神奈は胸のサイズこそ小さくて少し物足りないが、スタイル自体はいい。

 子供の頃の印象しかなかったが、こうして成長した水着姿を眺めるとドキッとする。

 水色のビキニ姿は彼女によく似会っている。

 水着姿の神奈がいつもと違って見えて、どうにも俺は落着かない。

 

「……そういや、神奈って泳げるようになったんだよな?」

「そうだよ。水泳部の頃は県内入賞もした実力見せてあげよっか?」

「おー、ずいぶんな自信じゃないか。俺も泳ぎには自信がある。それを知っていて言うんだな? あのカナヅチだった神奈がどれだけ成長したか見てみたい」

 

 俺のセリフに神奈は鼻で笑った。

 そこには自信が溢れている。

 

「今の私は朔也なんて敵じゃないわよ。かつての私はもういないわ。そうねぇ、そこまで自信があるのなら、私と賭けをしない? 負けた方が勝った方の言う事を聞くって言うのでどう?」

 

 よくある定番の賭けだが、面白い。

 俺も子供の頃は仲間内で負け知らずの泳ぎが上手だった。

 それは大学時代でもプールで泳いだりして劣ってはいない。

 例え、神奈の実力が上がっていても、7年間に大差はついていないはずだ。

 海水浴場の端の方へ移動する。

 

「……あの岩のところまで行ってから戻ってくる。多分、1キロくらいあるけど大丈夫だよね? 少しくらい練習しておく?」

「ここにきて何度か泳いでるから問題はない」

「それって誰と? もしかして、千沙子と?」

 

 何でここで千沙子の名前が出るんだろう。

 

「別に千沙子じゃないぞ。斎藤と他の男連中。さすがに海へ女の子を誘うのは下心がないとできないからさ」

「……下心。それって私も?」

 

 俺はその言葉はあえて無視しておいた。

 神奈相手に恥ずかしさもあったからだと思う。

 

「よしっ、準備体操は終了。それじゃ、始めますか」

 

 海の中に飛び込んで俺達は泳ぎ始める。

 かつては犬かきすらできなかった神奈だが綺麗なクロールのフォームで泳いでいく。

 俺も負けじと彼女の後を追うが、徐々に離されかけていた。


「おいおい、本気かよ。思っていたよりも早い!?」


 正直言って、なめていた。

 高校の3年間、彼女が水泳部だとしても、卒業からは4年もたっている。

 今の状況でそれほど大差がつくはずがない、と。


「ちくしょうっ、これは予想外だぜ」


 いつだって泳げる海の町だ。

 例え、卒業後でも神奈が泳ぎの腕を鈍らせていないとは限らない。

 しかも、アイツは毎朝、ジョギングをするなど運動もかかさずしている。

 それに比べて都会で運動をする機会もほとんどなかった俺は体力も当然落ちている。

 男と女の体格差なんて、アドバンテージでは有利も不利もない。

 追いつけない、と焦ってるせいか水しぶきをあげて前へと進む手が重い。

 水の抵抗がこんなに辛いとはペースを崩してしまったか。

 神奈を意識しすぎてオーバーペースになりかけていた。

 

「アイツ、こんなに泳げるとは……」

 

 泳ぎは得意だし、神奈に負けるなんて想像もしていなかった。

 実際、今だって考えられる言い訳を並べているだけでそれなりに泳げているはずだ。

 それなのに、これだけの差が開きつつある現実に驚いてた。


「神奈がこんなに泳げるようになっていたなんて」


 俺は水しぶきを上げてクロールをしながら必死に追いすがる。

 折り返しの岩をタッチして、ユーターンした頃には差は約10メートル。

 これでもずいぶん、追いついた方だが差がゼロになる事はない。

 

「だからと言って、諦めるのは面白くない」

 

 俺は本気を出して、ひたすらに泳いで神奈に追いつこうとする。

 だが、力の差は一目瞭然、“水泳部と言う専門”と“遊びで泳ぎが得意”を一緒にしたのがそもそもの間違いだったのだ。

 やはり、水泳部は3年間でも、神奈を飛躍的に泳げるようにしたらしい。

 小さい頃は浮き輪で浮くことしかできなかったのに。

 

「……お前も昔と違って成長していたと言うことか」

 

 俺の知らない神奈の7年間、この数ヶ月で大体は把握したと思っていた。

 神奈、お前ってこんなにも泳ぎが上手になっていたんだな。

 砂浜にたどり着いた頃には既に神奈が海からあがって俺を笑顔で待っていた。

 

「私の勝ちだよ、朔也? どう? 少しは見直した?」

「あぁ、すごいよ。ホントに……すごい……」

 

 こっちはクタクタに疲れていた。

 全力を出し切ったのに結果は10秒以上も差が開いたのだから。

 完全なオーバーペースだったので頭がボーっとする。

 

「朔也に勝てるようになっただけでも、私の高校時代は無駄じゃなかったのね」

「文句なしにお前の勝ち、だ……ぁっ……ガクッ」

「朔也? おーい、どうしたの……え?」

 

 ドサッと俺はそのまま力なく砂浜に倒れ込んでいた。

 

「さ、朔也っ!?」

 

 身体が重くて手足に力が入らない。

 眠りにつくように意識がまどろみに消えていく中で、神奈の慌てる声が聞こえた。

 

 

 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 俺が目を覚ますと、神奈が俺の顔を覗き込んでいた。

 

「朔也!? よかった、目を覚ました」

「……神奈?」

「動かないで。朔也、軽い日射病みたい。これでも飲んで」

 

 彼女は俺の口元にスポーツドリンクを持ってきて飲ませる。

 

「いきなり倒れるからびっくりしたよ」

「悪い。泳ぎで無茶しすぎたのからかな。どれくらい倒れてた?」

「30分程度だよ。日陰にはその辺の人達に手伝ってもらって連れてきたの」

「そうか……ったく、歳がいにもなく、はしゃいでこのざまとは恥ずかしい」

 

 子供じゃないんだから、と自分自身に呆れていた。

 そして、ようやく落ち着いてきたと思って気づいた。

 俺ってもしかして、神奈に膝枕されてる?

 

「何、どこか痛いの?」

「い、いや……何でもない」

 

 水着姿なので当然、素肌だ。

 太ももの柔かさやら、体温やらを感じる。

 口に出して言うのが恥ずかしくもあり、照れくさかったので黙り込む。

 

「神奈、いつのまにあんなに泳ぎが上手になってたんだよ」

「毎年、友達と泳いだりしてたからかな。泳げなかった頃は海ってすごく怖かったけども、今は泳ぐ事が楽しいの。あっ、最近はスキューバダイビングもできるようになったの。ちゃんと免許も持ってるんだから」

「……俺も免許だけは持ってるんだけどな」

 

 大学時代に女にモテたくてスキューバダイビングをしていた時期もあった。

 それでも、神奈には完敗したという事実は変わらない。

 

「朔也も持ってるんだ?それじゃ、今度一緒に潜りに行こうよ」

「おぅよ」

 

 地元でも有名なダイビングスポットがあるらしくて人気らしい。

 俺はスクーバダイビングを出来る前にこの町を出てるので、行った事はない。

 

「機会があればそうするか」

「ここの海はきれいだよ。お魚もたくさんいるからね」

 

 俺は神奈の太ももから頭を離して何とか起き上がる。

 

「もう起き上がって、大丈夫なの?」

「ずいぶんよくなったよ。それで、負けた俺はお前の命令を一つ聞くわけだ。お前を俺に何を望む。ある程度の要望には応じよう。こうして面倒もかけたからな。何でも言ってくれ」

 

 さすがに身体がだるいので、もうひと勝負したいという願い以外は受け付けよう。

 神奈は少しだけ考えて俺に言うんだ。

 

「……それじゃ、明日、私とデートをして」

「はい? デート? そんなの、いつも俺達が遊びに行ってるのと同じじゃないか」

 

 だけど、神奈は首を横に振って強い意志を込めた瞳を俺に向けていた。

 

「違うの。恋人同士がするような本当のデート。幼馴染じゃなくて女として扱って欲しい。それが私のお願いだよ。朔也」

 

 静かに響くさざ波の音。

 夏の日差しに包まれながら俺は「了解」と呟くことしかできなかった――。

 

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