第20章:嘘つき《断章1》
【SIDE:相坂神奈】
片倉神社のお祭りの夜。
朔也と千沙子が昨日の夜に仲良くしていたのを思い出す。
何だかふたりだけの世界を作ってるような気がして、私はあまり踏み込めなかった。
会えば絶対に邪魔してやろうと思っていたのに。
あまりにも彼らがお似合いすぎて、邪魔できなかった。
昨日のことに後悔をしていた私は翌朝、朔也の家に向かっていた。
「朔也、まだ寝てるだろうなぁ」
今日は土曜日でお仕事もないのでゆっくり寝ているに違いない。
私はそう思いながら彼の家の玄関の扉を開く。
カギは予備のカギを持っているので簡単に開いた。
扉を開いてすぐに違和感に気づく。
朔也の家なのに女物の香水の香りがしたの。
「……朔也?」
リビングに入ると誰もいない、朔也は自室で寝ているのかな。
私は軽くノックをしてから朔也の部屋に入る。
そして、そこで私が目にしたのは……。
「……えっ!?」
ベッドの上でぐっすりと寝ている朔也。
起きる気配もなく、心地よさそうに寝息をた立てている。
それはいい、けれど、目の前の現実に私は驚かされていた。
「こ、これって……浴衣?」
ベッドの前に脱ぎ捨てられた浴衣がそこにあった。
そして、その柄は昨日、見覚えがあったんだ。
「……これは千沙子の浴衣よね?」
間違いない、昨日、すれ違った時に着ていたものだ。
朔也の布団に視線を向ける、どこか膨らみは大きく、誰かもうひとりいそう。
気のせいだ、気のせいじゃない。
頭の中に警鈴が鳴り響いているような感覚。
近づいちゃいけない、これ以上は……ダメなのに……。
私は布団をめくって、思わず叫んでしまった。
「きゃ、きゃーっ!?」
やっぱり、そこには無防備な肌をさらした千沙子がいたの。
眠りについている千沙子は下着姿で朔也に抱きついていた。
この状況、間違いなく何かあったと思われる……ていうか、それ以外はありえない。
「い、いわゆる事後って奴ですか?」
私はドキッとさせられて、身動きができずにいた。
手足が震えている、ショックを受けているんだ。
朔也と千沙子の間に何かがあったのは間違いなくて、それを受け止められずにいた。
「ははっ、こんなの……ただの冗談に違いないわ」
私は千沙子に目を向ける。
この蒼い海が似合う町に住んでいながら、白雪のように白い肌が印象的だ。
すごく綺麗だと思うし、それが朔也に好かれる要因でもある。
「肌、白過ぎない? 何でこんなに白いんだろう?」
遺伝だと思うけど、同じ女なのに何かムカつく……。
色白美人で性格もよくて、高校時代はかなりモテていたっけ。
そんな千沙子が私はずっと羨ましかった。
「……はぁ」
私は小さくため息をついていた。
嫉妬してもしょうがない。
朔也は千沙子を選んだんだ。
そういう現実が私に突きつけられていた。
「そっかぁ。千沙子なんだ……」
私はいつまでも妹でしかなかったんだ。
朔也は私を女としては見てくれていなかったのかな。
近すぎる幼馴染の関係。
そして、私の妹的な立場が原因なのだとしたら……。
「私はどこで間違えちゃったのかな」
朔也が好きで、ずっと彼だけを想ってきた。
それゆえに今の私には辛い気持ちだけが突き刺さる。
言ってる間に朔也が目を覚まして私の顔を見て驚いた。
「か、神奈!?な、何でここにっ!?」
「……昨日、言ったじゃない。明日、朔也の家に行くよって。覚えてない?」
「そう言えば、そんな事を約束した記憶も……ハッ!?」
彼は自分の真横に無防備に寝転がる千沙子に目を向ける。
「これはだな、その、何て言えばいいのか」
「別に何も言わなくていいよ? さっさと起きて、シャワーでも浴びてくれば?」
「は? いや、その、神奈……言い訳くらいは、あの?」
「千沙子もさっさと起こして。私は朝ご飯でも作ってくるから」
私は呆然として言い訳をしようとする朔也にそう言って笑いかける。
本当ならばこの状況にショックを受けて怒りをみせたりするんだろう。
それなのに、今の私は怒りが込み上げていなかった。
ただ、ショックだったんだ。
心が痛いけど、怒りはない。
部屋を出て私は自嘲気味に笑う。
「……私、何をしてるんだろうね」
そして、キッチンへと向かい、いつものように朝ご飯を作る。
今日は3人分、か。
持ってきた魚を焼き始める。
「いつも通りにしていればいいんだよ、頑張れ、私……」
ひとりで落ち込む自分を慰めながら元気を出す。
朔也は私に望んでいる妹的立場だけは守りたいんだ。
千沙子とどんな関係であろうとも、私は幼馴染であり続けたい。
リビングに出てきた朔也は気まずそうな顔をしていた。
「あ、あのさ。神奈、昨日は別に何もなくて。ホントに何でもなかったんだぜ?」
「ん? そんな所に立っていないで座ったら?もうすぐ朝食できるよ」
朔也は言い訳だけを並べて私を納得させようとしている。
私は包丁を使ってネギを切り刻みながら、話を聞いてあげる。
「ホントに何もなかったんだって。あの状況では言い訳はなできないからもしれないが、千沙子と一緒に寝たのは事実でも、神奈が思うような展開はなかった……残念ながら」
「……ふーん。それで?」
「昨日、あのあと、俺の家によった千沙子と変な関係になりそうだったのは事実だ、認めよう。だが、俺にも悲劇が起きた」
「悲劇?」
「千沙子の方ががあっありと、寝ちゃってさ。仕方なく泊めただけで、ホントに誤解を招く立場だったかもしれないが、俺は何もしていない。これは信じて欲しいんだよ。これが真実だ」
まるで浮気でもバレた彼氏みたいに私に言う。
実際に状況は同じようなモノなんだけど、大きくある事が違う。
「朔也? 私は別に朔也の恋人じゃないんだから、言い訳なんてしなくてもいいよ。朔也が誰を選ぼうと、抱こうとそれは朔也の自由だもの。私はそれに怒ったりはしない。昨日、千沙子と本当に何かあっても責めることはないから」
朔也に堂々と「浮気者っ」とか言える立場ならよかったのにね。
そうすれば怒る事もできたけど、ただの幼馴染で妹的立場の私には怒れない。
「か、神奈? 怒ってる? 怒っているよな?」
「別に? 怒ってはないわ。はい、出来上がり。千沙子はまだシャワー中なの?」
「……今、出てきたわよ。いい匂いね。神奈さんが作ってくれたの?」
シャワーから出てきた千沙子、濡れた髪が色っぽくて綺麗だった。
同性から見ても千沙子は本当に美人だ。
「……ちゃんと千沙子の分もあるよ。食べたければ食べればいい」
「そう。その前に、この服、借りていい? ていうか、勝手に借りちゃったけど」
私が朔也の家に置いていた予備の服。
たまに泊まったりすることがあるので置いてるものだ。
ショートパンツとTシャツ、千沙子にしてはかなりラフな感じ。
「別にいいけど洗って返してよ」
「ありがとう。浴衣姿じゃ、家にも帰れないから」
「……そうね。あからさまに“朝帰り”してきました、って分かるもん」
千沙子は何か昨夜の事で挑発でもしてくるかと思ったけど何も言わない。
「他のサイズはあってるのに、胸のあたりだけ、きついわね」
「失礼なっ!? 自分のスタイルを自慢するなら、それを今すぐ脱ぎなさい!」
「冗談よ。この服だとあんまりキツさは感じないもの」
余計な所で挑発してきた、全くいつも通りの千沙子だ。
落ち着いた様子を見せている千沙子と比べて、朔也は挙動不審すぎる。
「……いただきます」
こうして3人だけで食事するのって何気に初めてだ。
「へぇ、相変わらず料理は上手なのね」
「それが私の取り柄だもの。千沙子は料理が下手なの?」
「……軽いものくらいはできるわよ。手の込んだものは作らないけど」
負け惜しみ的な口調の彼女に私は笑う。
朔也は無言で私の顔色ばかりを伺っていた。
「朔也? 味が変?」
「え? い、いや、そんなことはないぞ。うん、美味しいな」
味噌汁を飲みながら彼はそう言って味を褒めた。
いつも通り、何も変わらないわけはなかった。
千沙子と私はいつも通りだけど、朔也が私達に向ける視線は違う。
どこか余所余所しさを感じていた。
まぁ、自分がしていることの罪の意識でも感じてくれるならそれでもいい。
私自身、深く気にしたくない……気にしたら、きっと泣いてしまうから。
しばらくして、千沙子は家に戻り、私と朔也だけが家に残る。
「……」
気まずそうに黙って正座してる彼に私はため息をつく。
「さっきも言ったけど、そんな浮気ばれした彼氏みたいな情けない姿を見せないでよ。あのね、私は別に朔也と付き合ってないんだから。そりゃ、いくら気心しれた幼馴染でも他の女と寝ている姿を見せつけられたのは嫌だったけど、それだけだし」
「……ごめんなさい」
朔也の戸惑う姿はどこか嬉しくもあり、悲しくもあった。
こいつなりに反省してるのかな。
「俺も逆の立場なら嫌なわけだよ。いくら幼馴染でも異性同士が事後の雰囲気を漂わせて一緒に寝てる姿を目撃するのは……」
「そんなシチュは私も嫌すぎるわ!?」
そんなのは恥ずかしすぎて耐えられない。
「ねぇ、朔也。今日は一緒に遊びに行こうよ?」
「へ? 遊びってこれからか?」
「うんっ。海に行きたいの。せっかくの海を楽しみましょうよ」
夏本番を迎えて海水浴場が本格始動。
海開きをしたこともあり、自由に泳げるようになった。
今日はその誘いのためにここにきたんだもの。
「そうだな……海に行こうか」
朔也がそう呟いて、誘いに乗ってくれる。
「早く準備して行こう、今日はいいお天気だもの。楽しもうよ」
今は何も考えたくない、ただこうして傍にいたい。
私は無理やり感情を抑え込んで、朔也に対して自然にふるまい続けていた――。