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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第1部:再会と蒼い海 〈ファーストシーズン・帰郷編〉
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第2章:蒼い海が見える町《断章1》

【SIDE:鳴海朔也】


 生まれてから中学卒業までの15年間を俺はのどかな田舎町で過ごした。

 大きな海に面しており、漁業が盛んで昭和風情がまだ町全体に残る。

 そんな田舎町にも再開発なんていう言葉は縁遠くなかった。

 ゴルフ場が出来たり、温泉が有名なので観光地として開発しようとする動きもある。

 変わる事が必ずしもいい事ではない。

 そりゃ、寂れていく町をどうにかしたいっていうのはあるけどさ。

 

「……難しいよな、その辺が田舎独特の悩みってやつか」

 

 俺は数年ぶりの町並みを眺めながらのんびりと歩いていた。

 昨日は幼馴染の斎藤と神奈、それに偶然にも店を訪れた旧友たちと再会を祝いながら散々酒を飲んだせいで、二日酔い気味で朝を迎えた。

 その気分を正すためにも外を歩きたいと思ったのだ。

 

「朔也としてはこの町がどう変わる事を望んでいるの?」

 

 俺の横をついてくるように歩くのは神奈だ。

 こいつに朝っぱらから襲撃をくらい、目を覚ましたと言うのが現実だったりする。

 今日は買い物に付き合ってもらう約束をしていた。

 俺も消耗品を買いそろえたいとは思っていたが、まだ朝の8時過ぎ。

 店が空いてるわけもなく、神奈お手製の朝飯を食べてからこうして散歩しているわけだ。

 

「どうかな。変わってない事をよかったと思うべきか、思わざるべきか。出ていった人間には反応しづらい問題でもある」

「便利になる事はいいことだと思う。でも、変な事でこの町を利用するのは許せないわ。ほら、あの高台を見て。立派なホテルが建ってるでしょう?」

 

 この海と温泉を観光地にしようと狙い、建てられたと言う大きなホテル。

 望月グループという大手のホテル企業が手掛けたホテルだ。

 名前は美浜ロイヤルホテル。

 裏山の方にはゴルフ場も建設されたと聞いている。

 

「美浜ロイヤルホテルを建ててから、観光客が増えたのはいいけど、ろくでもない奴らも来るから困っているの。変わるのが正しいとは言えないのよね」

 

 古くからの住人の意見も同じようだ。

 突然の変化は戸惑いを生む。

 

「……だからと言って、変化を望まないのは田舎の悪いところでもある。それじゃ何も変わらない。寂れていくだけだからな。いいバランスで変われる事が望ましいが現実はそう生易しくないか」

 

 俺は高台のホテルを見つめながらそう呟いた。

 かつて、あの辺りは俺達の遊び場だった森があった。

 その山を削られて、ホテルが建っている姿を見ると時間の流れを嫌でも理解させられる。


「そうだよな、7年も建てば変わるべきものは変わってしまう」


 過疎化の町を観光で盛り上げていく。

 その発想は間違いではない。

 どんなに変化を嫌がっても、変わらなければいけないこともあるのだから。

 

「でも、あのホテルが建った事で多くの雇用も生まれたんだろ?」

「そうだけど……。私の友達も何人かあそこで働いているし、町が賑やかさを若干取り戻したのは事実よ。ムカつくけど」

「ははっ、ムカつくか。そう言う所、神奈らしいな」

 

 納得がいかない事には怒りを向ける。

 変わらない幼馴染の性格にどこか安心する。

 

「ここまできたら、ちゃんと海が見たいな……」

「海?別に珍しくないでしょ、そんなの」

「神奈にとってはそうだが、俺にとっては懐かしいんだよ」

 

 海水浴場、海へと降りていく防波堤の方へ足を向ける。

 潮風がふく海沿いの道。

 

「駅から降りてすぐが海だから、ホントに懐かしくてさ」

「すっかり、都会っ子になって帰って来たんじゃないわよね?」

「何だよ、都会っ子って」

 

 子供の頃ならともかく、今となっては都会っ子も何もないが。

 便利なものがない、という不便さを感じる事はこれからあるかもしれない。

 都会と田舎の生活の違いというのは仕方がないからな。

 

「朔也の両親は相変わらず、向こう住まい?」

「親父達はあっちに仕事も暮らしもあるし、俺も大学からずっと実家を出てアパートで独り暮らししていたからな。今さら俺に合わせる必要なんて微塵もないだろ」

「でも、朔也もよく戻ってきてくれる気になったよね。都会の人間がこんな田舎に戻ってくるって勇気がいるでしょ?」

 

 いろんな人から言われるが、俺自身、それほど悪いとも思っていない。

 

「いずれは戻りたい場所だったからな」

「今、自分でちょっとカッコいい事を言ったとか思ったでしょ?」

「ははっ。バレたか……。半分くらいは本音なんだが」

 

 帰ってこられる故郷と呼べる場所がある。

 その場所があるだけでも俺は幸せだと思うのだ。

 

「食事とかはどうするの?」

「自炊は面倒だから、ファミレスかコンビニ弁当とか……?」

「はぁ、偏った食生活をしてきたようね」

「うっ、そんなことはないぞ」 


 自炊スキルが限りなく低いのは事実だ。


「ご飯くらいなら、うちの店を利用しなさい。深夜くらいまで営業してるし」

 

 神奈のお店は居酒屋だが、大衆食堂のようなメニューもある。

 夕食をあそこで取るのも選択肢のひとつだ。

 

「そ、それに、どうしてもと言うのなら、私が朔也のために作りに行ってあげてもいいけど」

 

 ごにょごにょと何か小声で言う神奈。

 よく聞こえずに俺は尋ね返す。

 

「ん? 何か言ったか?」

「な、何でもないわよっ! 私のお店の売り上げに貢献しなさいって言ったの」

「怒られる理由が意味不明だが、出来る限り使わせてもらおう」

 

 何だかんで自炊は面倒だからな。

 それに昨日、あの店を利用して知ったが神奈の料理の腕はかなりのものだ。

 そりゃ、料理が美味い店と評判になるだけのことはある。

 

「昨日は見かけなかったが、お姉さんも一緒なんだろ?」

「店長だからね。昨日はお休みだったの。日曜日はお店の休日。それ以外は水曜日が私がお休みで、お姉ちゃんは金曜日はお休みって決めているのよ」

 

 バイト店員もひとりいて、普段は3人でお店をしているらしい。

 地元住民もよく来ているらしく、中々に繁盛していた。

 

「……おっ、雑談してたら海が見えてきた」

 

 俺達は砂浜におりると照り返す太陽が眩しい。

 ザーッと言う波音、どこまでも広がる海はいつ見ても綺麗だ。

 美浜町と言うだけあって、綺麗な砂浜が自慢の町だからな。

 白い砂浜を歩きながら海へと近づく。

 

「さすがにこの時期に泳ぐやつはいないか」

「当然。まだまだ水温も低いわ。でも、たまにサーファーとかダイバーがいたりするけどね」

 

 俺はのんびりと海を眺める。

 水しぶきをあげて波が打ち寄せる。

 透き通るような蒼い海。

 眼前の光景を前にして、どこか心が休まる気がした。

 ここに帰るまで、都会である出来事を経て、俺はとてもつらい思いをした。

 忘れられない痛みを心に負い、どうしようもなく辛かった。

 

「……戻ってきてよかったな」

 

 温かく迎えてくれる友人たちがいて、心休まる場所があって。

 都会にはない温もりのようなものを俺は感じていた。

 

「何をボーっとしてるの?朔也でもそう言う表情をみせるんだ?」

「俺でもって何だよ」

「朔也にしては珍しい、どこか遠くを見るような目をしていた。あのさ、ここに来るまで何かあった?」

「え?」


 神奈の言葉に俺は言葉をつまらせる。


「わざわざ、この町に戻ってきたりして……理由でもあるのかなって思ったのよ。朔也、私は友達でしょ? 何でも言っていいんだからね?」

 

 心配してくれる神奈の優しさ。

 だが、俺は彼女に話すべきではないと思い、苦笑で誤魔化す。

 

「いつからそんなに面倒見のいいお世話好きになったんだ?」

「な、何よ。そーいう言い方はないでしょ」

「悪かったって。別に都会で何かあって戻ってきたわけじゃない。縁があって戻ってきた、それだけだ」

「嘘つき。アンタ、昔から成績よかったし、真面目なんだから、こんな田舎じゃなくて就職先くらい見つけられたはずよ」

 

 俺の返答に納得がいかない様子の神奈。

 勘がいいのも困ったものだ。

 

「いつの事を言ってる。中学時代なんて誰だって点数よかったりするだろ。大学で自堕落を覚えて地獄を見て来たのさ」

「ホントに?」

「あと、都会で女性問題を抱えて逃げてきました」

「それはリアルにありそうだわ。この女の敵め」


 神奈はこれ以上は聞かずにいてくれた。

 

「いい海だよな。外に出て初めてこの大切さに気付く。神奈も一度くらい外へ出て見ろ。きっと、見方が変わるぞ?」

「別に変わらなくていい。私は今のままでいいわよ」

 

 しばらくふたりで海に視線を向けていた。

 

「そろそろスーパーも開店するし、行こうとするか」

 

 ふいに神奈が俺の背中に身体をくっつけてくる。

 おいおい、胸まで押し付けてきて誘ってるのかい、お嬢さん? 

 無自覚なんだろうけどさ。

 

「なんだ、神奈?」

「朔也に何か事情があるのか知らないけど、私はここに戻ってきてくれて本当に嬉しい」

「そりゃ、どうも」

 

 俺は赤くなった表情を見せまいと両手で顔を隠している神奈に笑いかける。

 昔から神奈って俺にとって妹みたいな奴だった。

 懐かしさと温もりを肌で感じながら俺はそっと神奈の頭を撫でた。

 幼馴染と一緒に見上げた空は雲ひとつない快晴の青空だった――。

 

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