第19章:愛の証《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
祭りの雰囲気で賑わう神社。
ふたりで歩きながら、出店の食べ物を食べる。
「んー、熱いっ」
たこ焼きを食べていた千沙子が熱そうに口をおさえる。
「大丈夫か?」
「えぇ、少し熱かっただけ」
こんな風にのんびりとお祭りを楽しむなんていつ以来だろう。
きっと子供の頃以来かな。
「……朔也クン、次は何か食べる?」
「定番のかき氷とか行くか?」
「いいわね。私も好きよ。朔也クンは何味が好き?」
「定番のイチゴとかメロンとか好きだな」
「私も同じよ。いつもどちらにしようか迷うんだ」
どちらも色が違うだけ同じような味なんだけどね。
次はかき氷と決めて店へ向かう途中のことだった。
千沙子がいきなり立ち止まる。
「千沙子、どうかしたのか?」
「……くすっ」
何やら微笑をしている彼女。
そのまま俺の手を取って、腕に抱きついてきた。
おおっ、浴衣越しでも何やら素晴らしい感触が伝わるぞ。
しかし、彼女はただ楽しんでいる様子ではない。
「……むっ」
その答えは正面から来た女の子のグループ、その中に神奈の姿があったのだ。
俺達の顔をみるや、神奈は不機嫌そうに唇を尖らせる。
「よぅ、神奈。って、何か怒ってる?」
「別にー。何か楽しそうね、おふたりさん」
「すっごく楽しいわよ、ホントに幸せ」
満面の笑みの千沙子と正反対に神奈はむすっとしている。
「ふーん。腕なんか組んじゃって大層な御身分ね、朔也?」
お友達の女の子も雰囲気を悟ったらしく「うわぁ」とみている。
険悪な空気が漂う中でさらに千沙子は神奈と対立を続ける。
「そんなんじゃないわよ。ねぇ、朔也クンも楽しいよね?」
「……まぁ、な」
「くすっ。神奈さんはせっかくのお祭りなのに友達と一緒なんだ?」
「私は友情を優先してるだけ。どこかの誰かさんは美人でお高くとまってるせいか、性格が悪いせいで同世代の女の子の友達がほとんどいないものねー?」
神奈の嫌味に腕を組んでいた千沙子の手に力が入る。
「べ、別にそんなことはないわよ」
「誰も千沙子の話なんてしてないけど?それとも自覚とかあったりして?」
「うぐっ。……言ってくれるじゃない」
祭りの中でここだけ空気が悪くなった!?
まさにバチバチと火花飛び散るふたりの視線が交差する。
……千沙子、友達少ないのか?
中学の頃は人気者で女子の友人も多かった記憶がある。
「朔也は知らないでしょうけど、どこかの誰かはモテるくせに、次々と男の告白を無下にするから女子からすごく嫌われてたの。ホント、性格が悪い美人って性質が悪いわよね。人間、どこで敵を作るか分からないわよ」
「別に……私は……」
千沙子は神奈の言葉に傷付いている様子だ。
やはり、同世代から敵視されることもあったらしい。
「……さ、朔也クン、行こうよ」
「ちょっとだけ、待ってくれ。おい、神奈……」
「ん? 何? さく、にゃーっ!?」
朔也?とこちらを呼び振り向いた神奈にお仕置きタイム。
昔と同じようにその柔らかい頬を引っ張っておく。
これが神奈への俺流の教育的指導だ。
「な、何で、私だけ!?」
「俺はいつも言ってるはずだぞ、人前で悪口は言うな、と」
「子供じゃないんだから嫌味の一つくらい言うわよ。……ま、待って。ごめん、もう言わないからその手はやめて。地味に痛いんだからねっ。何でいつも私が怒られるのよーっ!?」
俺から逃げようとする神奈は反省はしているらしい。
俺は影口を叩くような人間が嫌いだからこそ、こうして神奈にも教育的指導する。
確かにもう子供じゃないんだが、どうしても妹的な立場が抜けていない。
「……分かったら、そう言う事は言わない。いいか?」
「ふんっ。朔也は千沙子の味方なのね。最初に嫌味を言われたのは私だっての」
もちろん、神奈にも不満はあるのだろう。
俺はそれをなだめようと彼女の浴衣を褒めた。
「それよりも、お前の浴衣姿って似合っている。浴衣がよく合っていて可愛いと思うぞ」
「え……? そ、そう? えへへっ、これって今年、新調したものなの」
俺が褒めると神奈は照れくさそうにしている。
「神奈もせっかくの祭りを楽しめよ」
「うん。あっ、明日の朝……朔也の家に行ってもいい?」
「別にいいぞ。それじゃ、また明日な」
軽く髪を撫でてやって機嫌を取ると俺はそのまま千沙子のもとへ戻る。
俺を待っていた千沙子は機嫌は直っていたものの、どこか不満気だ。
「何だかんだで朔也クンは神奈さんに甘いわよ」
「幼馴染と言うか、妹みたいで放っておけないんだよ」
「……距離が近いのは羨ましいけど、近すぎるのも問題なのね」
千沙子はそう呟くと「かき氷、食べよう」と再びお店を目指す。
賑やかな祭りの雰囲気を楽しみながら人ごみの中を歩く。
「あのさ、千沙子。友達が少ないってホントなのか?」
聞きにくい話題だが気になって尋ねることにした。
「え、それは……」
彼女は答えにくそうだが、誤魔化すことなく言葉を続ける。
「中学の時、朔也クンに出会えて私は友達が増えたわ。でもね、高校になってからは少しずつ女の友達が減ったのは事実よ。それでも、友達は多いから心配しないで。神奈さんはオーバーに言って私をからかっただけだから」
「それならいいんだけどな」
美人は人気の反面、敵も多く作ると聞くから心配だ。
「そうだ、朔也クン。私がメロン味にするから、朔也クンはイチゴ味にして。ふたりで半分ずつ食べあえばいいじゃない。そうしましょう」
話題を変える千沙子、何かあれば相談くらいには乗ってやりたい。
初夏の夜、俺達は満足に祭りを楽しんだのだった。
夏の夜は長い。
……で、祭りだけで終わらないわけで。
「朔也クンの家に来たのって久しぶり。4月以来よね。ちゃんと荷物も片付いてる」
「そうだっけ。適当に座っていてくれ」
祭りを終えた帰りに千沙子が俺の家に立ち寄ったのだ。
「私がしてもいいけど?」
「せっかくの浴衣を汚すのも悪いだろ。俺に任せてくれ」
冷蔵庫で冷やしていたスイカを切る。
ご近所さんにもらったものだが、一人では一個を食べきれない。
神奈にもおすそわけしたのだが、十分に量があったのだ。
「やっぱり、夏はスイカだよなぁ」
「うんっ」
ふたりでスイカを食べながら雑談をしていた。
夜も12時を回り始めた頃、俺は千沙子に問う。
「そろそろ、家に送ろうか」
「……ぁっ……待って……」
千沙子はそっと俺の手に自分の手を重ねて制止する。
「……千沙子?」
「今日は帰りたくないって言ったら怒る?」
俺の顔色をうかがうような仕草。
今日は俺達はどちらも飲酒をしていない。
だから、酔った勢いでという言い訳はない。
そこにあるのはただ、お互いの純粋な想い、それだけだ。
「私は朔也クンに出会って運命を変えてもらった。そう言ったわよね」
「特別な事をしたつもりはないけどな」
「……朔也クンは優しいの。だから、いろんな人が好きになるわ。私もそう、朔也クンが好き……7年前と今も変わらない、朔也クンが好きなのよ」
千沙子の告白、真っすぐな瞳が俺だけを見ていた。
「朔也クンは千歳さんの事をまだ愛している?それとも、神奈さんの事が好き?」
「……それは」
俺にとって千歳は特別な存在であることには違いない。
それは1年経った今でも心を切り替えられない、突き刺さるトゲのようなものだった。
千沙子はそっと俺の唇を人差し指で触れてくる。
「答えは聞いていない。私は我が侭なの。だから“今”は貴方が誰を好きでも構わない。いずれ、私を好きにさせてみせる。私にもチャンスが欲しいの……」
浴衣姿で艶やかな今日の千沙子は香水の匂いもいい。
女性の匂い、俺に迫る彼女――。
「一度くらい、流されてよ。私のこと、女として意識してみせて」
千沙子は「キスしてもいい?」とねだる。
「……いいのか?」
「私が貴方を望んだ、それだけのことなの。そして、朔也クンは……ただ、流されてくれればそれでいい」
それ以上は何も言う言葉はなかった。
互いに見つめ合い、千沙子から重ねた唇を受け止める。
「……んぅっ……ぁっ……」
俺はふと7年前の告白を思い出していた。
あの日から7年、その時と変わらない瞳。
「――浴衣の脱がせ方、上手ね?」
くすっと微笑した千沙子はもう一度俺にキスを求めてきた――。
「きゃ、きゃーっ!?」
翌朝、俺は思わぬ声で目が覚めた。
「んっ……?」
目を開いてみるとそこには驚いた顔をする神奈の姿があった。
「神奈?こんな朝早くから、どうし……た……?」
彼女が見ているのは俺の横だった。
そこには下着姿の千沙子が熟睡している……あっ。
「え? うぇ? こ、これはどういうこと……? 何で、千沙子がここにいるのよ-っ!?」
呆然とする神奈に俺は思わず、冷や汗がでてしまう。
やばい、やってしまった……。
最悪のタイミングだぜ、これは――。