第19章:愛の証《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
七夕の日に天体部の皆で2度目の天体観測をした。
千津達もすっかりと慣れたもので星を観察する楽しさに目覚めたようだ。
俺も顧問として彼女たちに付き合って、先生らしさを見せた。
それから数日後、片倉神社のお祭りが迫っていた。
俺が子供の頃は祭りと言えばこの祭りだった。
今はホテルができたことで新しい花火大会まで出来ているけどな。
片倉神社の祭りは何十年も続く古いこの町では祭りの話題に盛り上がる。
「……というわけで、今日は片倉の祭りだけど、騒ぎすぎないように。それではHRを終わります。鳴海先生、他に何か?」
「あえて言うなら、女の子は羽目を外した男子に注意して。えっちぃお誘いは危険です。興味本位で近くの森とか入っちゃダメですよ」
「鳴海先生。あとでちょっとお話があります」
冗談のつもりだったのに、村瀬先生の顔が笑っていなかった。
反省。
最後のHRに付き合い、今日の授業はすべて終了。
生徒たちもこの祭りには楽しみにしている子が多い。
田舎の町で娯楽もないので祭りくらいしか盛り上がる事もない。
商店街や斎藤たちの青年会も昨日から準備に忙しそうだったからな。
町ぐるみで盛り上がる祭り、それが片倉祭りだった。
教室を出て、廊下で俺は村瀬先生に話しかける。
「相変わらず、片倉神社の祭りは人気ですか?」
「そうねぇ。海岸花火大会が出来たとはいえ、昔からずっと続いている祭りだもの。馴染みのある町の皆にとっては人気よ。それにこんな田舎じゃ他に大きな祭りとかってないもんね。何か適当な祭りでも作れば、観光客でも呼べるのに」
「確かに。その町独特の祭りってありますよね」
古くから伝わるお祭り、というのもなくはないようだが。
大きく盛り上がるほどのものではないらしい。
「……村瀬先生も祭りに行くんですか?」
「んー。友達と様子見くらいは行くわよ……彼氏いないから楽しめないけど」
肩をすくめて苦笑いの彼女。
「そういう鳴海先生は恋人がいて楽しそうでいいわね?」
「……え、あ、あははっ。そうです、ね」
今回、一緒に行く相手は千沙子であって神奈ではない。
下手に誰かと合わない事を祈るしかないか。
俺はそう危惧しながら祭りの事を考えていた。
仕事も終わり、一度家に帰ってからすぐに待ち合わせの片倉神社に向かう。
千沙子とは今日、この祭りを一緒に行く約束をしている。
多くの人々が賑わう神社の鳥居の近くで俺は待っていた。
しばらくすると約束の時間になり、浴衣姿の千沙子がやってくる。
美人だとは知っていたが、浴衣姿は本当に綺麗だ。
「お待たせ、朔也クンっ」
浴衣姿の色気のある千沙子にドキッとさせられる。
間違いなく、彼女は俺の出会った中ではトップクラスの美女である。
「……どうしたの? 何か変?」
「いや、浴衣姿の千沙子があまりにも美人すぎてびっくりした」
「え? あ、ありがとう。朔也クンに褒められると嬉しい」
昔、美少女だった容姿そのままに美女に成長している。
いつまでも千沙子に見惚れていてはいけない。
俺たちはとりあえず、境内に向かうために階段を上り始める。
階段を上った先には大きい神社があり、そこが祭りの会場になっている。
「そう言えば、朔也クンとこのお祭りに行くのも7年ぶりなんだよね。何だかすごく懐かしい感じがする。あの頃、皆と一緒だったけど、今はふたりだし……」
俺がこの町にいた頃は毎年、片倉祭りに幼馴染の仲いいメンバーとよく行っていた。
中学の頃からは千沙子とも一緒に行くようになったんだっけ。
「東京でもお祭りってあるんでしょ? やっぱり、規模とかは大きいもの?」
「祭りによるよ。地元の祭り程度じゃこの片倉と変わらないけど、大きな花火大会だと人で前に進めないくらいに人が集まったりして大変だった。まぁ、それはどこの祭りでも言える事だけど」
都会は人が多いので、こんな田舎は基準にすらならないんだけどな。
「そもそも、祭りって人が多すぎて困ることのほうが多かった記憶がある」
「そういうものなんだ」
だけど、この町以外を知らず、都会に出て見る物すべてのスケールの大きさ、世界の広さに衝撃を受けたっけ。
「千沙子は東京とか都会には出たりしないのか?」
「うーん。あのホテルが出来ていなくても、私は外には出ていっていなかったと思う。両親もそうだけど、私も静かなこの場所が好きだから。それに今の時代、通販とかで欲しいものは手に入るからさほど困らないもの」
「そうか? 俺は千沙子って意外に都会向きだと思っていたけどな」
俺の言葉に彼女は苦笑いをしてきた。
「くすっ。朔也クン、忘れてない?」
「……何を?」
「私のホントの性格の事。私って朔也クンと出会う前は根暗で内向きな性格だったのよ? 人ごみだって苦手な方だし、都会なんかに出て行くのは大変よ」
俺が千沙子と出会った頃、彼女は大人しい女の子だったのを思い出す。
今は全然、そんな素振りすら見せないが、それが彼女の本質だと言うのか。
「朔也クンに出会い、私は暗い性格を変えようとしたわ。今みたいにホテルの従業員なんて人と触れ合う仕事を出来るなんて思ってもいなかった。私の運命、人生を変えてくれたのが朔也クンなのよ」
「おいおい、それはオーバーだろ?」
「本当のことよ。私は朔也クンに感謝している。朔也クンに出会えていなかったら、きっと私は昔のままだったもの」
彼女が明るくなったのは本当の事だけど、それが俺のおかげだと言われると照れる。
夜道の階段を歩き、俺達は境内へとたどり着く。
祭り独特の装飾や電灯、賑やかな人の集まり。
見ているだけでも楽しくなる雰囲気。
子供の頃と変わらないそれに俺は懐かしさを感じた。
境内に入り出店を眺めていると千沙子は自然と俺の手を握る。
雰囲気もあるので俺は別に断ることなく、そのまま歩きだした。
「昔、金魚すくいとかしてつかまえた金魚を飼ってたんだけどさ。最終的には十年くらい生きて15センチくらいまで巨大化したんだ。金魚って元はフナとか言うけど、大きくなりすぎだろう」
「あははっ。そうなの? すごいじゃない。私もよく飼ってたけど、そんなに長生きしなかったなぁ。そう言えば、出店にヒヨコとか小動物っていたよね? 可愛かったな」
「いたいた。ウズラとか、ウサギとかハムスターとか。そんなの出店で買う事ないって」
懐かしい過去の話をしながら、出店を見ていた。
昔とほとんど変わらない雰囲気は今でも十分に楽しめる。
子供と違い、大人になるとあまりこういう雰囲気に触れる事がないからな。
「ねぇ、朔也クン。私と一緒にいて楽しい?」
「もちろん、楽しいよ」
「そう。私も楽しい……すごく幸せだよ」
千沙子の微笑み。
俺の手を握る手に少しだけ力が入る。
「さっきからよく昔の同級生とかに会うけど、朔也クンってホントに人気者だね。朔也クンの交友関係って広かったもの」
通りすがりにあった連中とかに挨拶してただけだ。
町に戻ってきた歓迎会で再会した連中や、それ以外にも懐かしい顔と再会したり。
もちろん、新しく知り合った人間関係もある。
「……特に女の子に人気なのも相変わらず。ちょっと妬けるかも」
「あれは……ただの挨拶程度だって」
何度か懐かしい女の子たちに囲まれて冷やかされた。
「ふーん。『カッコよくなったよね』とか『今フリーなの?』とか聞かれて鼻の下、伸びてたのは気のせいかしら?」
「千沙子がいるのに、わざと聞いてたのを見ればからかってるのは分かるだろ?」
単純な意味で千沙子と一緒にからかわれただけだ。
それは彼女もわかってるはず。
「それを言うなら俺も男からの妬みの視線を感じたぞ」
斎藤が前に言っていた千沙子の人気を思い出した。
なるほど、確かに野郎たちの視線は怖いな。
俺達は互いに顔を見合って笑い合う。
「あっ、鳴海せ……いえ、鳴海君」
「村瀬さん。こんばんは」
俺達の前に現れたのは村瀬先生。
プライベートでは先生ではなくさん付けをする事にしているために村瀬さんと呼ぶ。
友人たちと出かけると言ってたので、彼女の周囲には何人かの女の人がいた。
「鳴海君は彼女と一緒だって言ってたもの……ね? あれ?」
「――ぎくっ!?」
しまった、そうだ、忘れていた……。
村瀬さんは不思議そうな顔をする千沙子に目を向けて言う。
「あれぇ。お相手の子は……どういうこと?」
「い、いえ、これは……その、何ていうか……」
そうだった、学校関係では神奈が俺の恋人だと嘘をついていた。
どうやら、個人的に神奈と村瀬さんには面識があるらしい。
千津の件があった時に色々と面倒だったのでその設定をそのままにしていたのだ。
「ふーん。さすが鳴海君。堂々と浮気なんてやるじゃん。それともあの子とは遊びだったのかなしら? 都会っ子ってやることがえげつない」
「浮気、同棲……恋人……?」
隣で小声で呟く千沙子が怖くて、そちらを向けません。
俺は冷や汗をかきながら、何とかこの場を誤魔化そうとする。
「違いますよ、村瀬さん。彼女は俺の友人なんです。えぇ、本当なんですよ」
「そう言う事にしておいてあげるわ。でも、友達同士で手とか繋がないと思うけどねぇ。本命に嫌われても知らないわよ。じゃぁね」
離そうと思っても、しっかり握られて離せないのです。
千沙子が怖い。
俺は村瀬さんにからかわれながら何とか誤魔化す。
彼女が去った後、俺は言い訳をしようと必死だった。
「今の人は職場の先輩、というかお世話になってる先生なんだ」
「うん、それは別にいいのだけど……同棲相手って誰?」
「……ごめんなさい、全て話すから笑顔で睨まないでくれ」
どうして女の子の笑顔ってこんなにも怖いものなんだろう?
笑顔でジッと見つめられるだけで怖いっす。
状況を説明し終わった俺に千沙子はそれなりに納得はしてくれたらしい。
「なるほど、それで神奈さんが恋人役を演じてたんだ?」
「そうそう。あの時はそれが一番、よかったんだよ」
「……そう、なんだ。それじゃ仕方ないよね。教師ってプライベートまで大変なんだ」
彼女は寂しそうにそう呟くと、「それじゃ行きましょ」と再び歩きはじめる。
俺は罪悪感を抱きながら、その千沙子の横顔を見つめていた。
……その時、千沙子が何かを企んでいた事にも気付かずに。