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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第2部:想いは過去に巡りて 〈ファーストシーズン・追憶編〉
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第18章:戸惑いの海《断章1》

【SIDE:相坂神奈】


 私は本当に朔也の事が好きだったのかな。

 ずっと信じてきたものが7年の間に崩れていた。

 その現実に直視した私は自分の想いを見失いかけていたの。

 朔也の家に泊まった日の翌朝、私は彼より先に目を覚まして朝食の用意をする。

 ご飯は昨日の間にセットしておいたので、あとはお味噌汁と他のおかずだけ。

 

「……って、何もないわよね」

 

 朔也は自炊しないので、冷蔵庫の中はビールくらいしかない。


「さすがにこれでは何もできないって……普段、何を食べてるの?」


 その答えは冷蔵庫の上に置かれた、箱買いされているカップ麺。

 ダメとは言わないけど、こればかりだと偏食すぎる。

 私は仕方ないと一度家に戻って適当に材料を持ってくる。

 材料を持って、朔也の家に戻ると彼はどうやら目が覚めてシャワー中のようだ。

 

「さて、早く作ってしまおうっと……」

 

 私は家から持ってきたお魚を焼き始める。

 こうして、朔也のために料理をするのは彼がこの町に戻ってきて何度目かな。

 ふとそんな事を考えながら私は調理をする。

 お味噌汁用のネギを切り刻んでいた時、ガチャっとお風呂場のドアが開く。

 

「やっぱり、朝風呂は最高だな……あれ、神奈。帰ったんじゃないのか?」

「朝食の材料を取りに帰った……だけ……!?」

 

 私は思わず唖然としてしまう。

 風呂場から出てきた彼はバスタオルを持っているだけで、腰に巻いていない。

 つまり、ほぼ素っ裸でそこに立っていた。

 

「きゃ、きゃーっ!?」

「何だよ、神奈? 女の子みたいな可愛い声をあげて?」

「ば、バカ! 隠す所を隠しなさいよ!! 変なモノを見せないで!?」

 

 私は顔を真っ赤にさせて両手で顔を覆う。

 うぅ、何か変なモノを見ちゃった……。

 

「おおっ、すまん。つい、うっかりと」

「うっかりじゃないわよ」

「そんなに怒るなよ。着替え、着替えっと……」

 

 彼は動揺する私の気持ちなど知らないように着替え始める。

 私はそんな彼の態度にムッとしながら、

 

「この変態っ。そんな粗末で貧相なモノ、見せつけないでよ」

「粗末で貧相だと!? 男に対してその暴言はやめてくれ」

「う、うるさいなぁ。……堂々と見せようとしないで。嫌~っ」

「俺のどこが粗末だ!? 人に一切恥じることのないちゃんとした立派なものだぞ。今の発言は撤回してもらおうか」

 

 何でそこで食いついてくるのよ、朔也のバカ。

 彼の男としてのプライドを傷つけてしまったらしい。

 タオルを腰に巻いたまま、こちらに近づいてこようとする。

 

「私が悪かったから、ちゃんと服を着て~っ!?」

 

 私はそれを何とか阻止しながら大きなため息をつく。

 

「朔也が朝からセクハラをしてくるわ」

「セクハラ、違う。俺は男としての尊厳を守ろうとしただけだ」

「もういいから。お願い、私は免疫ないんだから勘弁してよ」

 

 頭を抱えて、私は彼になぜか謝罪する事に。

 男の上半身の裸くらいは水泳部時代に見慣れていたけど、それとこれとは話が違う。

 朔也をお風呂場に押し戻して、私は気分を落ち込ませながら料理を続ける。

 出来あがった朝食をふたりで食べるけど、何だか気まずい。

 

「……たかが俺の裸くらいでムキになるなよ」

「朔也にはデリカシーってものがないの!? この変態、最低っ」

「うーん。お前の裸を見てしまったならともかく、野郎の裸なんて見ても嬉しくないだろ?」

「わ、私の……!? 変な事、想像するのは禁止!!」

 

 今日の朔也は朝から私をからかい過ぎる。

 

「ということは見られた俺にはお前の裸を見る権利があるのか?」

「あるわけないでしょ! ほら、ご飯が冷めるから食べて」

「はいはい。ただの冗談なのに」

 

 軽く肩をすくめながら彼は微笑する。

 朝から私の苦手な事で遊ばないで欲しい。

 

「朔也の場合、冗談に聞こえないもの」

「……んー。そう言うなら、今度、一緒に混浴温泉にでも行くか?」

 

 彼の思わぬ提案に私は「は?」と素で驚く。

 

「そ、それ以上、セクハラ発言を続けたら今度から朔也に料理を作ってあげない」

「それは困るな。俺としては神奈の料理がお気に入りだし。味付けも俺好みで最高だ」

 

 素直に料理の腕を褒めてくれると嬉しい。

 私は朔也の好みは大体、分かってるから作りがいがあるの。

 

「それで、俺と温泉には行かないのか?」

「行きませんっ! 下心がありすぎる相手と行きたくない」

 

 彼は「それは残念」と笑って言うから、私はムッと唇を尖らせていた。

 朔也が仕事に行ってしまってから私はしばらく家事をしてあげることに。

 普段からあまり掃除も洗濯もしないので、溜まりに溜まってる様子。

 定期的にしてあげないと、ホントに汚くなる。

 こーいうのは男だなって思うんだけど、放っておけなくてついしてあげる私って……?

 

「何だか自分がメイドさんみたいな気がしてきた」

 

 メイドとか言ったら絶対に朔也は変な意味で取るわよね。

 あの朔也なら変な服とか着せられそうで嫌……。

 それはともかく、身の回りのお世話をしてあげたいのはある。

 朔也のために役に立ちたい。

 それは自分にとっての存在を彼に認めて欲しいから。

 

「うぅ、都合のいい女って私みたいな女を言うの?」

 

 よくドラマとか漫画とかにいそうな……ちょっとそんな自分にへこんだ。

 ……あまり深く気にしないでおく事にしよう。

 溜まった洗濯物を洗濯機に入れて回している間に、部屋を掃除機で掃除する。

 

「それにしても、たった1ヶ月でずいぶん汚い」

 

 この間、掃除してあげたばかりなのにすぐに部屋が散らかっている。

 平屋の一軒家、独りで住むには大きいので使われていない部屋は物置状態。

 私はそちらに荷物を移動しながら部屋を片付けて行く。

 

「んー。リビングはともかく、朔也の私室はあまり片付けない方がいい気がする」

 

 プライベートの部屋はあまり片付けてしまうのもどうかと思うけど、汚いので放っておけずに私は部屋の整理を始めた。

 

「学校関係の資料はまとめて……あっ?」

 

 棚の上に置かれたフォトフレーム。

 それは以前に見た、朔也の元恋人の写真。

 

「……千歳さんか。朔也の恋人だった人だよね」

 

 前に見たのは千津さんがこの家に泊まった時だ。

 偶然にも彼女が発見してしまった。

 

「他にも写真が入ってるのかな……?」

 

 私は朔也に悪いと思いながらもフォトフレームを開けて、中の写真を取り出す。

 中には数枚の写真が入っていたけども、それは千歳さんだけじゃない。

 

「もしかして、朔也の歴代の彼女の写真!?」

 

 どれもこれも、美人なお姉さんとのツーショット写真。

 思わず、それを焼却処分してしまいたくなるけど、これも彼の思い出なんだろう。

 

「ふ、ふーん。朔也ってホントに美女が好きなのね」

 

 私は軽く拗ねながらそれを元の棚に戻そうとする。

 けれど、前には気づかなかった写真以外の物に気づく。

 

「……何これ?」

 

 それは片手に収まるような小さな箱だった。

 中を開けて見ると、そこには銀色に輝くシルバーリング。

 

「もしかして、これって……?」

 

 前に朔也が言ってた千歳さんに渡そうとしていた婚約指輪?

 どうして、こんなものを今でも彼は持っているの?

 私はそれを手にしながら、何とも言えずに立ちつくす。

 

「……朔也はまだ千歳さんのこと、忘れられないのかな?」

 

 勝手に開けてしまった罪悪感を抱きながら私は指輪を見つめる。

 もしも、千歳さんの手に渡っていたら、朔也は美浜町に戻ってくる事もなく、幸せな結婚生活を送っていたかもしれない。

 そう思うと渡らないでよかったと安心してしまう。

 私にとっては意味はなくても、きっとふたりには意味がある……大事な指輪。

 千歳さんと朔也、今でも繋がりを感じてしまう。

 

「私じゃない、誰か……と幸せに……ぁっ……」

 

 私は指先が震えてその箱を床に落としてしまう。

 胸が締め付けられるほどに痛んで、今にも泣きそうになる。

 

「……ぅぁっ……何も、悩む必要なんてなかったんだ」

 

 私は涙の溜まる瞳をぬぐう。

 昨日まで私は朔也が好きかどうか迷っていた。

 この想いはただの幼馴染としての好きなんじゃないかって。

 

「そんなワケないんだ。これはちゃんとした恋の気持ちなんだよね」

 

 朔也が女として好きだから苦しい。

 何気ないひとつひとつの言葉や行動に一喜一憂する。

 ただの幼馴染ならこんなにも苦しむはずがないじゃない。

 好きな相手が別の相手を好きだという現実ほど悲しいものはない。

 締め付けられる胸の痛みが私に答えを教えてくれる。

 

「私は朔也が男として好き。だから、彼に女として好きになってもらえない事が悲しくて、辛くて……変ないいワケして諦めようとしてた。そんなことができるわけないのに。私、ホントにバカだぁ……」

 

 こんなにも朔也が好きなのに、彼は私を好きじゃない事がショックだった。

 逃げちゃいけない、この痛みから逃げずに私は現実を受け止めなくちゃいけない。

 

「私も、千歳さんみたいに朔也に愛されたいよ。女として扱われたい」

 

 私じゃない誰かに贈られるはずだった指輪を私は寂しい感情でもう一度見つめる。

 私は朔也が好き。

 男として好きだから、朔也に好かれなかった事が悔しいんだ。

 しばらくの間、ずっとその指輪を睨むように見続けていた――。

 

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