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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第2部:想いは過去に巡りて 〈ファーストシーズン・追憶編〉
53/232

第17章:青空の下で《断章3》

【SIDE:相坂神奈】


 居酒屋を閉店してから、後片付けをお姉ちゃんに任せて私は朔也の家に来ていた。

 

「朔也の家に泊めてくれない?」

 

 私の急な提案を朔也は受け入れて、家の中にいれてくれる。

 

「別にいいけどさ。どうしたんだ、こんな時間に?」

「……お、お姉ちゃんの旦那が家に来て、その……何ていうの?」

「あー、なるほどねぇ。お前なりに気を使ったってわけか?」

「うん。そう言う感じかも。急にごめんね」

 

 朔也は「気にしてないからいいよ」と言ってくれる。

 実はお姉ちゃんの旦那が~と言う話は嘘だ。

 彼女に「そんなに悩むなら朔也さんとお話をしてきなさい」と家から追い出された。

 先日、朔也の過去を聞いてから私はどうにも彼に対してどう対応していいか分からなくなっていたの。

 彼には婚約者がいて、その相手は行方をくらませてしまった。

 町に戻ってきたのを単純に喜んでいた頃の私と違い、真相を知った今は、朔也との距離感も以前のようにはいかない。

 

「そういえば、風呂には入ったのか?」

「それは、まだ。お店を終えてすぐに来たから……」

「それなら、先に入れよ。さっきお湯を入れたばかりだから。着替えとかはあるのか?」

 

 彼は普段と変わらない口調で私に言う。

 

「うん。……ありがとう」

 

 ホント、私の気持ちなんて全然知らないんだよね。

 すぐさまお風呂に入りながら私は深いため息をついた。

 

「私は朔也とどうなりたいんだろう……?」

 

 湯船に入り、温かいお湯につかりながら私は天井を仰ぐ。

 湯気が立ち込めるお風呂場は静かで独り言を放つと少し響く。

 朔也には千歳さんっていう女の人がずっと心を支配していている。

 前に美人が言っていた、彼は今でも渡せずにいた指輪を大事にしているって。

 きっと今も彼の中では千歳さんへの想いが続いていて、彼が恋愛をしたがらない理由がようやく判明した。

 そして、頭を悩ますのはもうひとつの問題。

 あの千沙子が本気で朔也を狙うと宣言したこと。

 彼女は例え、朔也に想い人がいても関係ない。

 わずかなチャンスも逃さずに自分に振り向かせてやるという強い意思が見える。

 それは千沙子の自信、私にはそんなものはない。

 私は自分で思ってるほど強くない。

 特に恋愛は本当に臆病ものだと言う自覚もある。

 朔也がいなくなってからの7年間、私は彼を想い続けてはいたけれど、目先の誰かと恋愛をする気は全然なかった。

 それは彼が好きだと言う理由だけじゃない。 

 私はこの年になってもまだ恋愛という意味を知らないのかもしれない。

 

「……本当に子供なんだよね、私って」

 

 普通ならばもっと昔に経験しているはずの事をしていない。

 私は朔也が好き、この気持ちは本物だ。

 けれども、朔也が好きだから恋人になりたいと言う現実はどうか。

 ……それが今は本当の気持ちかどうか分からずにいる。

 ずっと昔から兄妹みたいな関係を続けてきた。

 幼馴染、一言で言えば長い付き合いの関係。

 それゆえに、私は朔也を家族のように思っているのは事実だ。

 

「兄のような存在、ずっと傍にいて欲しい。それが恋なのか、愛なのか」


 考えれば考えるほどに私はそれが分からなくなる。

 結婚して、彼の子供を生んでずっと一緒に暮らしていく……。

 それは理想的ではあるけれど、今の私にそれができるとは到底思えない。

 朔也にとって私はどんなに頑張ってもきっと妹でしかないから。

 そして、私も妹と言う立場に不満がない。

 朔也が私を可愛がってくれる。

 それは千沙子とは違う特別な距離感。

 特別過ぎて……幸せが当たり前にありすぎて、再会してからずっと何も変わらない現実。

 私は湯煙に包まれるお風呂場の鏡に映る私の顔を見つめながら、

 

「……幼馴染の関係を壊してまで、恋人になる意味はあるの?」

 

 昔と同じように朔也は私の傍にいてくれる。

 ずっと、このままでいることも……。


「この関係を失ってしまうのは怖い」


 千沙子は友人と言う他人の位置だから迷うことなく、恋人を選ぶはず。

 だけど、私は違うもの。

 朔也と重ねてきた時間が今の私を惑わせている気がした。

 そして、彼自身が私にその意味を問わせている。

 彼は東京で私とは違う相手を選び、結婚寸前まで行っていた。

 その話を聞いた時に私はショックだったけども、あることが脳裏に浮かんでいた。

 それは心のどこかで覚悟していた、妹的存在としての自分を認めてしまいそうになっていたの。

 朔也にとって私は幼馴染で、妹的存在で……“恋愛対象”ではないんだ。

 


  

 

「……おい、大丈夫か?顔が赤いけどお風呂でのぼせたか?」

「うん、大丈夫。少しくらくらするだけ」

 

 お風呂を出てから、私は布団の準備をしていた。

 彼のベッドの横に私は呼びの布団を敷く。

 

「何で俺の部屋で寝ようとする?」

「いいじゃない? たまにはこういうのもいいよね」

「お前は俺を男だと認識しているのか? こー見えても、俺もお前も22歳の若い男女だ。一夜の過ちがあるかもしれない」

 

 朔也の口調はからかい半分、本気ではないと分かる。

 

「朔也の事は信頼しているもの。私を襲うならもっと前からしてるはず」

「……俺って信用されているんだか、されてないんだか」

 

 肩をすくめる仕草の彼に私は笑う。

 大人になっても子供の頃からとほとんど変わらない距離。

 変化がなさすぎるって言うのも考えもの。

 朔也もお風呂からあがってきて、私達は寝る準備に入る。

 彼は明日も仕事があるので、あまり夜更かしはできない。

 

「……寝る前に話をしてもいい?」

「お悩み相談なら受け付けるぞ。最近、お前の様子が変だって気になってる」

「ふふっ。それ、私も先日の朔也を見て、同じ事を言ったよね?」

 

 今はすっかりと復活したけど、先日までの朔也は本当にすごく気落ちしていたもの。

 

「悩みか……。あるにはあるけども、言葉にするのは難しいかもしれない」

 

 電気を消して、薄暗い部屋の中に朔也の存在を感じる。

 こういう微妙な暗さは逆に彼を強く意識してしまう。

 

「……朔也はいろんな人に恋愛をしてきたのよね?」

「まぁな。東京では色々とあったのは事実だ」

「変な話をしてもいい? 恋愛って何が楽しいワケ?」

 

 子供みたいな素朴な疑問。

 私は恋愛の意味をいまいち理解していない気がする。

 だから、朔也を想う感情が親愛か恋愛なのか、迷ってしまっているの。

 

「恋愛ってのは特別なものだろ。好きな相手と一緒にいればドキドキもするし、心底湧きあがる感情に左右されて不思議な気持ちにもなる。人は幸せになるために人に恋をすると俺は考えている」

「……朔也は、それが楽しいんだ?」

「誰だってそうだよ。人は常に一人はさびしい生き物だ。誰か傍にいて欲しい、そう思って当然だからこそ、恋をして大切な人の傍にいたいと思うんだ。孤独じゃない、そう思わせてくれるって大事なことだぜ」

 

 そして、朔也は私じゃない、恋をする相手を見つけた。

 中学卒業までの15年間も一緒にいた私じゃダメだった。

 そう言われた気がして私はどこか諦めそうになっている。

 諦める事で妹みたいな存在としての自分を受け入れて、自分を納得させようとしている。

 私は本当にどこまでも臆病ものなんだ。

 恋愛が怖い、リスクを背負ってまで関係を変えたくないから今のままがいい。

 けれど、現実は思うように行かなくて常に変化ばかりしている。

 朔也は私と違うの、不変を望まず、変化を常に求めている。

 私とのズレがこの7年間でより大きくなった気がする。

 

「……朔也? 寝ちゃった?」

 

 尋ね返しても返事はなし、静かに聞こえるのは吐息のみ。

 どうやら寝てしまったみたい。

 千沙子がお店に来た時に、少しいつもよりもお酒も飲んでいたし、仕方ないよね。

 

「朔也、そっちに行ってもいい?」

 

 何て言っても返事もないから、私は布団から抜け出して朔也の布団に入り込んでみる。

 狭い布団にふたりっきり、彼は起きる気配がない。

 間近に彼の体温を感じる、何だかすごく久しぶりな気がした。

 

「子供の頃は時々、こうしてお互いの家に泊まりあって一緒に寝たよね」

 

 朔也と一緒に過ごした夜はいつも楽しくて、ドキドキしていた……。

 あの頃とは意味も違う、私もそれくらいは分かる。

 

「……ねぇ、朔也。私は朔也が好きなんだと思う。けれど、今、はっきりとこれが恋愛感情だって言えないの。幼馴染として大好きなだけかもしれない。男性として大好きかもしれない。どちらだと朔也は思う?」

 

 寝息だけで返事が返ってくることはない。

 分かっているからこそ、私は彼に問い続ける。

 薄暗い部屋の中で私は彼にもっと寄り添う。

 

「私、大人になんかなりたくなかったな。子供のままでいればきっと迷う事もなかったのに。朔也がこの町から出て行かなかったら、私達の関係ってどうなっていたのかな? 幼馴染じゃなくて恋人になれた? それとも、千沙子と朔也が付き合ってたかも……」

 

 幼馴染だからこその悩み。

 朔也が私に振り向いてくれる可能性があったのか、なかったのかが知りたい。

 

「教えてよ、朔也。貴方は私のこと、好き……?」

 

 彼の過去の気持ちは既に分かっている。

 私が好きじゃないから、別の子と付き合ったりしてきた。

 勝手に朔也も私が好きだと思い込んでた過去の自分。

 それが違った、幻想でしかなかったという現実を彼は私に教えた。

 だからこそ、私は恋愛感情が分からない、他人の本当の気持ちが分からない。

 

「……私はどうしたらいいの?」

 

 彼に抱きつくように身を寄り添いながら、眠りにつく。

 私は自分自身の想いを見失いそうになっていた――。

  

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