第15章:一途な想い《断章1》
【SIDE:君島千沙子】
恋の始まりの蒼い海がきっかけだった。
中学1年の初夏、私はひとり砂浜を歩いていた。
もうすぐ本格的な夏が来る。
そのせいか観光客も増えているせいで海水浴場はにぎやかだ。
「うるさいのは嫌だなぁ」
喧騒が苦手な私は逃げるように、遠くの方へと砂浜を歩いて行く。
人が嫌いなわけじゃない。
ただ、無意味に騒がしい雰囲気が嫌いなの。
「……そういう暗い性格だから友達のひとりもできないのかな」
私は深いため息をついた。
元々、物静かな性格だけど、ここまで寂しいのもちょっと悲しい。
中学になり、いくつかの小学校の生徒が一ヶ所に集まった。
それまでの小学校の友達ともクラスが離れてしまったせいで、私は未だに中学での友達はひとりもいない。
作ろうとはしているんだけど、どうにも仲良く出来る子がいないの。
「この辺はあまりきたことがないなぁ」
ひっそりと静まり返った海岸。
人気も少なくてちょっと怖い。
そう思っていたら人の声のようなものが聞こえてきた。
「……誰かいる?」
私はそっと岩陰から覗き込むと数人の男女の姿が見える。
歳は私と同じくらい、そのひとりに私は見覚えがあった。
「あっ、朔也クンだ」
朔也クンという男の子は先週、同じ日直の仕事をしたから顔見知り程度ではある。
クラスメイトの男子の中でもカッコいいし、優しいと評判の子で、私にも気軽に接してくれて嬉しかったりした。
どこか人を惹きつける魅力があるので、彼の人気はかなりのものだ。
いつも誰かが彼の傍にいるし、人の中心にいる存在。
そういう印象を抱いてたので私には近付きにくいタイプだ。
「私と全然違うわ」
まるで正反対、憧れ的な意味で私は彼を羨ましいと思う。
「あの女の子は……?」
彼の横にくっつくように可愛い子が楽しそうに笑っている。
確か彼の幼馴染の相坂さんだ。
よく兄妹みたいだってクラスでも言われている。
いつもべったり彼を慕う妹と兄と言う構図は学年でも有名だった。
恋人みたいって言われないのは、本当に兄妹に見える関係だから。
彼女がいるから彼は人気者なのにあまり告白する人がいないらしい。
あれだけ仲がいい人がいるのに勇気を出して告白する子は早々いないわよね。
「……ふぅ」
私は小さく嘆息するとそっとその場を離れようとする。
その時だった、誰かが叫んだ声に振り向く。
「お、おい、誰かあそこにいるぜ?」
「は? どこにもいないっての」
どうやら誰かに気づかれたらしい。
別にこそこそと隠れる必要もないのに、私は見つかったと思って逃げ出す。
とりあえず、近くの岩陰に身を潜めていると、男の子数人がこちらにやってきた。
「誰もいないじゃないか?」
「本当だってば!? 誰かここにいたんだよ。前髪が長くて、顔を覆ってる女の子みたいな子が……ゆ、幽霊?うぇ!? も、もしかして、マジもん!? そう言えば、ここって人気がないし、そういう理由だったのか!?」
「こら、変な事を言うなよ。幽霊なんているわけないじゃないか?」
なぜか辺りを見渡して震えあがるふたり。
「……人を勝手に幽霊扱いしないで欲しい」
私は小声でそう呟きながら自身の存在感のなさを嘆く。
とはいえ、このタイミングでは出ていくのも大変なので大人しくしておく。
そうこうしているうちに、朔也クンが不思議そうな顔をしてやってくる。
「お前ら、何をやってるんだ?」
「き、聞いてくれよ、鳴海! こいつが幽霊みたいな女をみかけたらしいんだ」
「幽霊? そんなのいないって。映画の見過ぎか、見間違いじゃないか?」
「いや、絶対にいたって……。こう、顔を覆うように前髪が長くて暗い表情をした絶望に満ちた女の姿がここにいたんだ」
全く持ってひどい言われようである。
私はシュンッとうなだれる。
私、そこまで暗くないのに……皆、ひどい。
「はいはい。そんな事はないから、さっさと釣りの続きをするぞ?」
「お、俺は今日は帰る。変な幽霊に会いたくないし。下手に呪われたら嫌だ」
「僕も帰ろうかな。こいつの言う事を信じてないけど、何だか人の気配っぽいのはする」
そう言ってふたりとも向こうの方へと逃げてしまう。
一人残された朔也クンは海を眺めていた。
「幽霊ね? どうせ、誰かと見間違えたんだろうけど……おい、神奈?」
向こうの方で女の子の悲鳴が聞こえる。
相坂さんの声に振りむくと今にも泣きそうな顔で耳をふさぐ彼女がいた。
「さ、朔也!? ゆ、幽霊がいるって本当なの!?」
「だから、いないってば」
どうやら、彼らに話を聞かされたようで驚いてる様子。
彼女は幽霊とかホラーが苦手なのかしら?
私は再び岩陰から顔をのぞかせる。
さっさと帰り支度をはじめてしまう彼らに、誤解をさせてしまったことを申し訳なく思った。
「ほら、朔也も帰ろうよ! ここは危ない、呪われてるの。すぐに奴がくるよ、海の仲に連れていかれちゃうっ。逃げようよ」
「はいはい。そんなことはないから。今日は良い波が来てるんだ。絶好の釣り日和だってのに、帰れるかよ。そんなに帰りたいなら神奈だけで帰ればいいだろ。斎藤、彼女を頼むな」
「ふぇーん。朔也の意地悪~っ!! もう帰るからねっ。皆、行こうよ」
幽霊騒動に怯えた彼女は他の男の子たちと一緒にこの浜から立ち去って行く。
朔也クンだけがそこの場に残り、釣りを続けていた。
「やれやれ。本当にあんな噂程度でびびるなんて……え?」
ふと彼が視線を向けた方向、私と思わず目があってしまう。
「あっ」
まずい、気づかれちゃった。
私は逃げようとするけど、足場の悪い岩肌ではサンダルの足がとられる。
「きゃっ!?」
ガクッとバランスを崩して私は倒れこんでしまう。
その時に岩に足をぶつけて怪我をしてしまった。
「い、痛い~っ」
思わず唸る、足の方を見ると右足から血がにじんでいる。
足を押さえて私は痛みに瞳の端に涙をにじませていた。
「……もしかして、君島か?」
「うわっ!? さ、朔也クン!?」
いつのまにか私の顔を覗き込んでいた彼にびっくりする。
「何でこんなところにいるんだ?」
「え、えっと、その、ごめんなさい……」
私は観念して彼に頭を下げて謝ることにした。
「なるほど、アイツらが勝手に君島の事を幽霊だと勘違いしたのか」
朔也クンは私の足に消毒液と絆創膏を貼り、怪我の治療をしてくれる。
彼の釣り道具セットには軽い怪我用の救急道具が入っていた。
私は事情を説明しながら、怪我をした足の治療を彼にしてもらう。
場所が悪かったせいで、出血は止まったけど傷が少し深くて痛みがある。
「悪いな、君島。勝手に誤解して、気を悪くさせてしまっただろう? アイツらには俺から事情を説明しておくから、許してくれないかな? 幽霊騒ぎなんて、夏のネタみたいなもので、悪気があったわけじゃないんだよ」
「さ、朔也クンが謝る事なんてないわ。私が悪いんだもの。むしろ、言いだせなくて勝手に隠れてたのは私のせいだし」
「そういや、何で、わざわざ隠れたりするんだよ。アイツらも同じクラスメイトだけど?」
朔也クンがそう言うので、私は視線を俯かせたまま、
「……皆の邪魔をしたくなくて。雰囲気とか壊したくないから」
「ふーん。君島って大人しい子だと思ってたけど、本当に大人しいんだな? 別にかまわないけどな、俺もアイツらもいつも遊んでるメンバーだし。君島っていつもひとりだよな? 仲のいい奴とかいないのか?」
「今のクラスにはいない、かも。仲良かった子はクラスが離れちゃったから」
「そうか。それなら、俺が友達になろうか?」
思わぬ彼の言葉に私はハッと顔をあげる。
いきなり彼は何を言ってるの?
「だって、君島ってひとりでいるのは好きじゃないんだろ。俺達のグループと友達になれば楽しいと思うけど?」
「わ、私なんてダメよ。性格暗いし、見た目も暗いもの……」
「見た目が暗いって? 可愛いと思うけどな。ほら、こうして、前髪をかき分ければ……うん、やっぱり可愛い。君島って、瞳が可愛いからこうした方が絶対にいいって」
前髪をそっとかきわけられて、彼を真正面から見つめる。
男の子から初めてそんな風に褒められたので私はびっくりする。
思わず顔を真っ赤にさせながら私は口をパクパクとさせた。
「か、可愛いって? え? あ、あの……うぅ」
「君島はもっと自信をもっていいよ。性格も大人しいだけで気にすることはない」
さらりとそう言う事を言える朔也クンはやっぱり女の子慣れしてるなとか思ったり。
でも、全然嫌じゃなくて、むしろ、そうして気にしてもらえるのが嬉しくて。
「あ、あの、それじゃ、友達になってくれる?」
「いいよ。せっかく、知り合えたんだし、仲良くしよう」
爽やかな笑顔を浮かべる彼に私は笑顔で応える。
本当にいい人だ。
人気が出る理由も接していればすぐに分かる。
「っと、今日は抜群の釣り日和なんだ。少し、釣りをしてもいいか?」
私は「うん」と頷くと彼は楽しそうに釣りを始めた。
その横顔と蒼い海を見つめながら私は気分が高揚するのを感じていた――。