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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第2部:想いは過去に巡りて 〈ファーストシーズン・追憶編〉
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第14章:初恋の涙《断章2》

【SIDE:相坂神奈】


 私には気に食わない相手がいる。

 君島千沙子という同級生の女の子が昔から苦手だった。

 誰からも好かれる美少女。

 女としての嫉妬心から気に入らないわけじゃない。

 私の片思い相手の幼馴染、朔也に好意を抱く人間だから気に入らなかった。

 言うならば、私達はライバルだもの。

 千沙子も当然、私の事は意識していて仲良くなんてなれるはずもなかった。

 朔也が好きと言う同じ気持ちを抱くもの同士。

 仲良くなんてなれない。

 高校生になって、私は朔也がいない事に無気力さを感じていた。

 何をしても、反応してくれる相手がいない。

 高校の屋上で、ひとり、フェンスにもたれて空を眺めていた。

 呆れるくらい海以外に何もない町。

 屋上から見える代わり映えしない光景。

 潮風が髪にまとわりついてうっとおしさを感じていた。

 

「よぉ、相坂。最近、荒れてるって噂は本当か?」

 

 屋上にやって来たのは美人だった。

 美人とかいて“よしひと”と読む、変わった名前。

 見た目は美人と言うには少し離れているけど容姿は悪くない。

 幼馴染としての彼は朔也の次に頼りになる男の子でもあった。

 

「はぁ? 意味分かんないし。誰も荒れてなんかないっての!」

 

 美人は幼馴染で、昔から朔也と一緒に仲の良かった男の子だ。

 中学に入った頃からグングンと身長が伸びて、今では180センチ越えの体格。

 

「荒れているって言うか、前から気が強かったけど、それを抑え込む奴がいなくなったせいか? せっかく、高校に入学したばかりだってのにそんな態度じゃ友達作りもしにくいだろ? 鳴海がいなくなってお前、変わったよ」

「……別に、誰かに迷惑をかけているわけじゃない」

「他人に八つ当たりすることがなければな?」

「ふんっ。しょうがないでしょ、朔也がいなくて……寂しいんだから」

 

 そうなんだ、私はその寂しさに耐えられずにいた。

 朔也がいない、その喪失感は埋めようもなくて。

 イライラする感情を抑え込む事もできなくて。

 私は他人と距離を取り、日々、無気力な日常を過ごしていた。

 

「すぐに受け止めろとは言わないが、そろそろ現実を見ろよ」

「言われなくても、現実なら嫌と言うほど見てるわ」

 

 朔也がいない、たったそれだけで私はこれほどダメになっている。

 そんな自分の情けなさに呆れているもの。

 沈み込んでしまった気持ちは上向きに簡単にはできない。

 

「……鳴海以外に何か夢中になれるものを探して見ればどうだ?」

「そんなのが簡単に見つかれば苦労しない」

「そうだろうな。だけど、見つけなきゃお前は前に進めなさそうだからさ。少なくとも、鳴海は相坂がこんな所で腐ってるのは望んでいないはずだ」

 

 彼はそう言って、私の前から立ち去ってしまう。

 美人め、言いたい事だけ言ってくれちゃって。

 分かっている、私はただ拗ねている子供なんだと言う事は……。

 

「嫌な風……もう戻ろうかな」

 

 風が荒れてきたので私は教室に戻ろうとする。

 だけど、私は足を立ち止まらせてしまう。

 美人と入れ違いに屋上に来た生徒がいる。

 ここに来る生徒がいないわけじゃないので普通なら気にしない。

 けれど、そこにいたのは……。

 

「……へぇ、斎藤君に聞いたけど、本当にここにいたんだ?」

「千沙子さん? 何よ、私に何か用でも?」

 

 千沙子が私の前にいる、それだけで私は警戒する。

 あまり良い印象を互いに持ち合っていないから、緊張してしまう。

 

「用と言えば用かもしれないわ」

 

 普通に話をするのも中学卒業以来なので久しぶりな気がする。

 彼女は屋上のフェンスを軽くつかみながら語る。

 

「……朔也クンがいなくなって1ヶ月、お互いにボロボロね?」

「お互いにって……千沙子さんも?」

「心を支配し続けてきたモノを失うのは辛いわ」

 

 彼女が朔也への好意を私の前で認めるのは初めてだった。

 

「……だけど、貴方は無様ね。私よりもひどいわ。そんなひどい顔をいつか帰ってくる朔也クンに見せられるのかしら? 私なら絶対に見せたくない」

「う、うるさいっ。何を言ってるのよ」

「私は彼と約束をしたの。朔也クンはここに再び戻ってくると約束してくれたわ。いつかは分からないけれどね?」

 

 そんなのはただの口約束でしかない。

 朔也が再びこの町に戻ってくるなんて、可能性としてはかなり低いのに。

 ていうか、朔也の奴、私の時は約束すらしてくれなかったのに、何で千沙子が相手の時は期待を持たせるわけ?

 その微妙な不公平感にいらだちながら、私は千沙子を睨みつける。

 

「こんな場所で腐ってるなら女でも磨けばいいじゃない? 私は不貞腐れて拗ねたりしない。それは朔也クンが一番望んでいなかった事だから」

 

 確かに朔也が気にしていたのは皆が寂しくなる事だ。

 人と人の別れ、その寂しさを朔也は恐れていたと思うの。

 だから、その事を彼女の口から言われて私はムッとする。

 

「千沙子さんに朔也の何が分かるって言うの?」

「神奈さんって、朔也クンとずっと一緒に過ごしてきたんだろうけど、それだけでしょ? 私は距離が近くなかった分だけ、朔也クンの本性と接してきたつもり。近すぎて神奈さんが見えてない所も、よく知ってるわ」

 

 千沙子はしれっと私に言い放つ。

 

「今の貴方を見たら彼もきっと失望するでしょうね?」

「……」

「この際だから言っておくわ。私、朔也クンが好き。神奈さんと同じようにね」

 

 彼女の口から初めて想いを聞いてしまった。

 相手の気持ちは気づいていたけども、直接聞くの初めてだった。

 

「そして、私は彼に告白もしている」

「……っ……!?」

 

 中学卒業間際に告白したような感じはあったけど、本当だったなんて。

 実際は半信半疑だったので、驚きだった。

 千沙子はあまり積極的じゃないと思い込んでいた。

 言うならば、彼女と私はよく似ている。

 好きだと言う想いがありながらも、その関係の居心地の良さを優先する。

 

「びっくりした? 私自身も告白するのはある意味、賭けだったの。朔也クンと仲がいいのは神奈さん。でも、彼は神奈さんに明確な好意はなかったみたいね?」

「それはどういう意味よ……?」

「告白した時、私はフラれていないの。付き合えてもいないけど。彼は転校を理由に付き合ってくれなかったもの。けれど、そこで私は朔也クンの想いを知った。彼はまだ誰も愛していない。神奈さんの事は妹のようにしか思っていないって言っていたわ」

 

 ……それくらい分かってるつもりだった。

 彼女の言葉で、朔也の想いを伝えられなくても、私が朔也の好意の対象ではない事くらいはずっと自覚していた。

 私は彼の妹のような存在でしかなかったことも……。

 

「でも、彼は私達から離れてしまった。これはある意味で、私にとってはチャンスだと思ってる。何年後かに彼が帰って来た時には私も神奈さんも、アドバンテージはほとんどなくなる。貴方だって妹扱いから解放されるきっかけになるかもしれない」

「……な、何を言ってるのよ?朔也はこの町を出て行ったわ。もう帰ってくる事はない」

「朔也クンはいつか戻ってくる。約束したもの。私はそう信じてる」

 

 千沙子は強い言葉で私を真っすぐな瞳で見つめてくる。

 

「彼がこの町に戻ってきてからが本当の勝負よ。私は負けない、今度こそ、彼と付き合えるような関係を作ってみせる。貴方は信じずにずっと腐っていればいい。戻って来た時に彼の横に立つ女は私だもの」

「……そんなの夢物語よ」

「信じる、信じないは自分次第。私は信じる。だから、それまでに自分を磨いて、彼から好かれるように頑張るって決めたの」

 

 千沙子は迷いなくそう言いきって、出口の方へと歩き出す。

 

「私、朔也クンとずっと一緒の貴方が羨ましかった。でも、正直に今の貴方を見てホッとしてる。そうやってふてくさり続けてくれれば、私にも十分チャンスはめぐるもの」

「さっきから聞いていれば何を勝手な事を言ってるの」

「もう一度言うわ。私は朔也クンが好き。絶対に諦めない……そう決めたのよ。貴方はどうする? 諦めてくれたら、私は嬉しい。障害がひとつ減るもの」

 

 自分勝手な事を一方的に告げた彼女はそのまま扉をガチャンっと閉めた。

 一人残った私は屋上で苛立ちを隠せずに怒鳴る。

 

「な、何よっ、勝手なことばかり言って! 私が朔也を諦めるなんて……できるはずがないじゃない。でも、朔也が戻ってくる事なんて……」

 

 普通に考えるならばありえない。

 朔也はこの町を出て行ってしまって、私達は子供の頃から町を出ていく人間を何人も見てきたから分かるんだ。

 田舎を捨てた人間は都会から戻ってくる事はない。

 それが田舎の過疎化が進む原因でもあり、当たり前のような現実でもある。

 

「いくら朔也でも、この町に戻ってくる事はないよ」

 

 それなのに、あの千沙子の自信は何なの?

 約束なんて朔也にしてみればただの口約束かもしれない。

 

『神奈。約束はできないけどさ……でも、いつかは戻ってきたいな』

 

 私の時には嘘をつかずに確実に戻ってくるとは言わなかった、だけど……。

 

「信じて見ようかな、私も……まだまだ諦めるなんて出来そうもないし」

 

 私の心を支配している朔也の存在は忘れたくても忘れられるはずはない。

 もしも、彼が戻ってくるような奇跡が起きる事を信じてみたい。

 ようやく私は前を向いて、蒼く澄んだ空を仰いだ――。

 

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