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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第2部:想いは過去に巡りて 〈ファーストシーズン・追憶編〉
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第14章:初恋の涙《断章1》

【SIDE:相坂神奈】


 私、相坂神奈はずっと好きな男の子がいた。

 鳴海朔也。

 私の大事な幼馴染の男の子。

 よく皆に言われるのは兄と妹みたいな関係。

 それほどに私は彼を慕っていたし、兄のように想ってる気持ちもあった。

 だけど、彼に妹扱いされるのはあまり好んでいなかった。

 私もひとりの女の子として扱って欲しい。

 恋をしている気持ちに気づいたのは小学校の低学年の頃。

 私は朔也達と一緒に海で遊んでいた。

 泳ぎはあまり得意ではなく、泳ぎまわる皆の後ろを浮き輪につかまりながら遊んでいた。

 だけど、その日は波が荒くて、私は浮き輪ごと転覆してしまったの。

 荒い海に投げ出された私は何とかしようとするが、足もつかないし、海の波が私を襲う。

 

「うわっぷ!? だ、誰か、助けて~っ!?」

 

 溺れる私の声に真っ先に気づいてくれたのは朔也だった。

 すぐに私の方へと泳いで近づいてくれる。

 

「神奈っ!!」

 

「さ、朔也、助けて……ひくっ……うわぁっ!?」

 

 私はバタつかせる手足に力が入らない。

 まだまだ子供だった事もあるし、泳げない事でパニックになった事もある。

 海の中に飲み込まれるように沈みそうになる。

 いや、こんなところで死にたくないよ。

 恐怖から身動きが出来なくなる。

 

「大丈夫か、神奈!!」

 

 そんな私を海の中から救い出してくれたのは他でもない朔也――。

 

「さ、朔也……ぁっ……」

 

 彼の手が私の身体を抱きしめてくれる。

 海面に顔を出した私はパニックで暴れる。

 こうして溺れる人を助ける事で救助しようとした相手も一緒に溺れてしまう。

 その可能性もあると言うのに、私は恐怖からか、朔也の身体にしがみついた。

 だけど、彼の一言が混乱していた私を正気に戻す。

 

「俺を信じろ。俺が神奈を無事に助けてやるから大人しくしておけ」

「う、うん……信じてる」

 

 そのたった一言で私は大人しくなり、彼は海岸へと私を抱き寄せて泳ぎ始める。

 

「もう少しだからジッとしていくれ」

「ごめん、ごめんねっ」

「いいから。何も言わなくていいよ。斎藤っ、浮き輪だけ拾ってきてくれ」

 

 同じように心配して近づいてきてくれた美人に彼はそう言った。

 彼のおかげで私はさほど水を飲み込む事もなく無事に岸へとたどり着く。

 確かに溺れた事はショックだったけど、それ以上に私は胸の奥底からドキドキと心臓が大きく高鳴っていた。

 それは恋をした瞬間だったのかもしれない。

 

「あ、ありがとう、朔也」

「いいさ。怪我もしなくてよかった。次は気をつけてくれよ?」

「うん……」

 

 彼はポンポンと私の頭を優しく撫でてくれる。

 

「今度、俺が泳ぎを教えてやるから、苦手だろうけど頑張ろうぜ?」

 

 その優しさが私に人生初めての恋という感情を教えてくれた。

 初恋、それは私にとって幼馴染がただの幼馴染ではなくなった事を意味していた。

 長い間、彼の傍にい続けて、いつかは恋人のようになれたらいいな、と思い続けた。

 あの海の件以来、私は朔也との接し方が変わった気がする。

 朔也は私の事を妹みたいにしか思ってなくて、関係を無理に変えたくないから甘んじてその立場を受け入れ続けてきた。

 ずっと続くと思っていた、その関係。

 いずれ、朔也が私の想いに気づいてくれて想いに応えてくれるかもしれない。

 そんな甘い願望を抱きながら関係を続けてきた。

 だけど、そんな私に予想もしていなかった展開が待ち受けていた――。

 


  

 

「……転校?」

 

 朔也から聞かされた最初の発言を私はよく理解できなかった。

 中学卒業も間際、2月の中盤になっていきなり、朔也が高校になったら転校して東京に行ってしまうと聞かされたんだ。

 

「どういうことよ、それ?」

「親が東京の方に仕事で行く事になったらしい。だから、俺もこの町を出ていくんだ」

「そんなっ……!?」

 

 親の都合、とよく言うけれど、子供はそう簡単には一人で残れない。

 だから、すぐに受け入れられなかったけど、仕方ないと思うしなかったの。

 朔也がいなくなる。

 それは私にとって考えられない事だった。

 私と朔也は隠れ浜の砂浜に座りこんで話をしていた。

 わざわざ呼び出されて、私は別の事を想像してここにきていた。

 もしかしたら、告白なんてされちゃったりして?

 普段から、こういう形で呼び出すことなんてなかったから、変に期待していた。

 緊張した私がバカみたいだ。

 逆に別れを意味する言葉を告げられるなんて……。

 真っ赤な夕焼け空の下で私は彼に尋ねる。

 

「この町を出ていくって、もう戻ってこないの?」

「分からない。まだ俺も実感もなくて……」

「きっと、戻ってはこないわよ。だって、先輩達だって皆そうだったじゃない」

 

 この町は田舎で、大人になれば町から出ていく人間も多い。

 そうして町を去っていく人間を私達はたくさん見てきたし、自分たちの同級生達だって高校卒業後は町を去る人間も多いはずだと思っていた。

 

「……ごめん」

「謝らないでよ。朔也がそうやって、困ってるのは分かってるから。朔也も自分の意思じゃない事は理解してるつもり」

「それでも、俺が一番最初に皆から離れるとは思っていなかった」

 

 朔也は頼りになる私達の友達の中でもリーダー的な存在だった。

 男女問わず、彼を信頼している子は多い。

 それだけに、この事を知ると皆も寂しくなるに違いない。

 

「ねぇ、朔也? このお話って一番最初に私にしてくれたの? 私だから、話してくれたって思ってもいいのかな?」

「え? あ、いや……」

 

 彼は苦い顔をしながら首を横に振る。

 地味にショック、私が一番信頼されていると思ってたのに。

 だけど、彼の口からは思いもよらない人物の名前が出てきた。

 

「……最初に話したのは君島だ」

「君島? 君島って、千沙子さん?」

 

 それは同じクラスメイトで、中学になる前くらいから仲良くなり始めた女の子だ。

 と言っても、私はあまり付き合いがあるわけじゃなくて、話しもさほどした事がない。

 学年で一番綺麗な美少女と言っても過言ではない。

 それほど綺麗な子なので、男の子の人気も高いし、人当たりも悪くないので女の子からも好かれている。

 でも、私はあんまり好きじゃなかったんだ。

 彼女は朔也に気がある素振りを何度も見せていた。

 目立って距離を近づけるタイプじゃないけど、虎視眈眈と朔也に迫っていた気がする。

 それゆえに、警戒していた相手のひとりだった。

 

「……へ、へぇ。そうなんだ?何で千沙子さんが最初なの?」

「何だよ、怒った顔をして?」

「当然じゃない! 私は朔也の信頼できる友達だと思っていた。けど、違うんだ? 朔也にとって私は……」

 

 それがショックだったの。

 私は千沙子に劣っていて、朔也にはやっぱり幼馴染でしかなかったのかなって。

 

「友達として初めに話をしたのは神奈が一番先だ。君島は流れ的に話しただけで、神奈を軽視したわけじゃない」

「本当に? それじゃ、どういう流れで話したの?」

「……それはプライベートな意味合いを含めるからノーコメントで」

 

 気まずそうに答える彼の反応に私は薄々気づいていた。

 そうか、千沙子は朔也に告白をしたんだ。

 時期的にも中学卒業と悪くないタイミング。

 告白以外で朔也が事情を話さなきゃいけないことはないはず。

 私としては恋人として付き合ってない素振りはホッとしておく。

 ……この問題は、それよりも違う所にあるんだけどね。

 朔也が町から出ていくという衝撃と同じくらいにドキッとする話だった。

 

「町から出ていくなら、ちゃんとしたお別れ会としかしないといけない。事情を話して、皆を集めてお別れ会をしようよ」

「……神奈?」

「この町にいれば、誰にでもあることだよ。町を出て行ってしまう、そんな可能性は……だからこそ、朔也は最初に出ていく人間として笑ってお別れしたい」

 

 精一杯の意地を張り、私は彼にそう告げた。

 本当は寂しさで張り裂けそうな程の辛さがあったのに。

 今だって泣きそうなくらいだ。

 それをしないのは、朔也が一番辛いんだって分かってるから。

 ここで私まで泣いちゃうと彼を困らせるだけ。

 

「ありがとう、神奈。お前にそう言ってもらえると気が楽だよ」

 

 波音だけが聞こえるその砂浜で私は自分が失恋したのだと気づく。

 大切に思っていた相手がどこか遠くに行ってしまう。

 それなのに、関係を壊す事を恐れて、私は千沙子みたいに告白なんてできない。

 初めて好きになった男の子。

 好きだと一言でも言って、フラれてもいいから想いを告げておくべきだった。

 そう後悔するのは彼が町からいなくなってからのこと。

 中学卒業は私にとって大事な人を失う、寂しい思い出になってしまったんだ――。

 

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