第1章:故郷の仲間《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
学校の挨拶も終わり、俺は自分が住む事になる家へ向かっていた。
俺が昔に住んでいた家はとっくに空き地になっているはずだ。
なので、ここでの生活は新しく家を借りなければならない。
この町に知り合いがいるという親父を頼りに、既に空き家を借りていた。
事前に大家から預かった鍵と地図を見ながらその家を探す。
海沿いの道を歩いて、見つかったのは築数十年の一軒家だ。
この町にはマンションとかは皆無なので、大抵はこのような一軒家を借りるらしい。
と言っても、都会ほど不動産価値があるわけもなく、かなりお手頃な家賃だ。
「これで、俺が東京で住んでたアパートより安いんだからな。田舎、びっくりだぜ」
古いがしっかりとした家に満足した俺はさっそく中へと入る。
大家さんのおかげで、中には引っ越しの荷物が既に運ばれていた。
平屋一階建ての家の中を適当に見回り、問題がない事を確認する。
「うーん。いいね。内装の痛みも悪くはないな」
荷物の荷ほどきを始める前にある事を確認する。
それは携帯電話の受信ができるかどうかだ。
「田舎だからな……大丈夫だろうか?ちゃんとアンテナも立ってるし、電波も問題なさそうだ。さすがに圏外ってオチはなくて安心だぜ」
今の時代、携帯電話がなければ何もできない。
そこまで田舎ではなかった事を安心する。
「さっさと片付けてしまうか」
仕事が始まるのは明々後日からなので急ぐ事はないが、買い出し等でやることがある。
今のうちに片付けておきたい。
引っ越しの荷物はさほど多くはないが、必需品は適当にそろえている。
大学からはずっと独り暮らしで、自炊は得意ではないが最低限の家事はできる。
生活するに困る事はないが、どうにも今でも慣れない。
「そう言えば、斎藤の奴。来てくれるんだろうか?」
幼馴染の彼に会えば、大抵の仲間だった子たちとは連絡がつくはずだ。
それを期待して待っていると、車のエンジンの音が響く。
「――おーい、鳴海。いるかーっ?」
声に気づいた俺は外へと出ると、軽トラから一人の男が出てくる。
「よぉ、鳴海!! ホントにいたよ、こいつ。親父の妄言じゃなかったんだな!」
「あぁ。斎藤、マジで久しぶりだ。元気にしていたか?」
少し肌が黒く焼けた体格のいい、まさに海の男。
「おいおい、すっかり海の男になってるじゃないか。美人はどこに消えた?」
「……それは言うな。俺の名前ネタは禁止だ。俺は真の海の男になったんだ」
名前に触れらると彼は昔と同じく嫌な顔をする。
驚くことなかれ、彼の名前は“斎藤美人”というのだ。
いや、笑っちゃいけない。
男で美人ってどれだけナルシストな名前なんだろうか。
『――俺、美人なんだ』
初対面で素直に名前を言うと問題がありそうな名前である。
顔はイケメンと言ってもいい顔つきなので、かろうじて名前負けはしていない。
ちなみに“美人”と書いて“よしひと”と読む名前です。
斎藤美人(さいとう よしひと)、親友と7年ぶりの対面を果たした。
「7年ぶりか。中学卒業以来だからな。そっか、ホントに戻ってきてくれたのか。嬉しいじゃないかよ、鳴海~っ」
斎藤は笑いながら俺の手をとって握手する。
「この町で教師をするために戻って来たんだ」
「教師か。何でもいいよ、お前が戻ってきてくれたらそれだけでいい」
彼がしみじみと言う理由。
それは同世代の人間が次々と町を出ていく事が問題だからのようだ。
「仕事するための企業もそんなにないからな。どうしても出ていく人間は多い。俺みたいに漁業する奴は何とか若手でもいるけどな。農業の方はほぼ絶滅寸前だって話だぜ。農家の跡取りがいなくて廃業っていうのが流れらしい。過疎はこの町の大きな問題だ」
地方の過疎化は深刻だ。
斎藤も若者視点からこの町の問題を考えているらしい。
「そうか。知り合いも何人か出ていったのか?」
「まぁな。その辺はまた教えてやるよ。でも、中学の頃の奴らはまだまだこの町に残っているからお前にしてみれば、知り合いは多いはずだ」
中には結婚している子たちもいるらしく、懐かしい名前を聞いて俺は嬉しくなる。
俺はこの町に帰ってきたんだ。
その実感を強く抱いていた。
「立ち話も何だ、今日は飲みに行こうぜ?いいだろ?」
「その前に俺は引っ越しの荷ほどきがある」
「手伝ってやるよ。ほら、エロいのはどこだ? 持ってきてるだろ」
「……おーい、まともに手伝ってくれ」
昔と変わらない斎藤に苦笑いをする。
あえて、そういう姿を見せてくれているのかもしれない。
「んっ……この箱は何だ?」
手に乗るサイズの小さな箱を手にする斎藤。
「それは、まぁ、いろいろとな」
俺は言葉を濁してそれを受け取る。
今の俺にはどうしても開けられない箱だ。
いつかは心にけじめをつけなければいけないのだろうけど。
「それより、あっちのテレビの取り付けを手伝ってくれ」
「おぅ、任せてくれ。こっちは俺がやるから、他の作業をしていいぞ」
この町に俺が帰って来た事には幾つかの意味がある。
そのひとつがこの開けられない小箱でもあった。
俺はその箱をタンスの中に仕舞い込む。
久々の親友との再会はこうして楽しく始まった。
斎藤のおかげでずいぶんとはかどり、夕方までには荷ほどきも終了。
すぐにでも生活できる程度になっていた。
ひとりではここまですぐに出来なかったので斎藤に感謝する。
「消耗品は明日、買いに行けばいいや。サンキュー、斎藤。助かった」
「頼るべきは友だろ?なんてな。 何度も言うが、本気で嬉しいんだよ。お前とはもう会えないだろうって思っていたからさ」
この町を出ていった人間はもう戻ってはこない。
それが田舎町の宿命でもある。
それゆえに、戻って来た俺を斎藤は歓迎してくれていた。
「教師か。すげぇよな。うちの妹、覚えてるか? アイツも、今年から高校生なんだ。見かけたら仲良くしてやってくれ」
「あぁ。また今度、挨拶にいくよ。そういや、神奈は元気にしているか?」
俺はもう一人の幼馴染の名前を口にする。
「相坂か?そりゃ、元気だぞ。今は実家の居酒屋を姉と一緒に切り盛りしてる」
「そうなのか?あの神奈がねぇ」
相坂神奈(あいさか かんな)。
彼女も懐かしい幼馴染のひとりだ。
気が強くて、扱いが大変な女の子だった。
兄妹のいない俺にとって、実妹のように慕っていてくれた子だ。
「気になるなら、会いに行こうぜ。どうせ、晩飯の飲み屋はあそこだしな」
「そうだな。神奈には話しているのか?」
「まだだ。一応、他の連中には伝えておいたぜ。皆、お前がまさか戻ってくるとは思わなかったようですごく喜んでいたぞ。あとで連絡先を教えておいてやる」
「そうか。俺の事を忘れてなかったか?」
7年ぶりという、大きな時間が空いている。
忘れられていても仕方ないと思っていたのだ。
「お前は仲間連中の中心にいたんだぞ。誰も忘れてないさ。昔の事を言えば、お前がこの町から去ってしばらく皆も元気がなくてな。荒れた奴も何人かいたくらいだ」
「何だよ、それは」
そのうちのひとりが神奈だと斎藤は含み笑いを浮かべる。
「あの神奈が?」
「それだけ、お前の事を皆が必要だったんだよ。親関係の引っ越しなのは仕方ないだろうが寂しかったんだぜ。そうだ、今度、お前の歓迎会しよう。懐かしい連中と顔をあわせる場を作ってやる」
「それはありがたいな。俺も皆に会いたいし」
中学卒業以来、ひとりも会っていない。
懐かしい連中と会いたい気持ちはあった。
「荷物整理も終わったんだ。神奈の所へ行こうぜ」
「アイツ、驚くかな?」
「そりゃ、そうだろ。びっくりしすぎて包丁投げられないようにな」
それは普通に怖いって。
まずは斎藤の軽トラを置きに商店街の方へ。
飲酒運転は絶対にダメ。
俺達が神奈の経営する居酒屋についたのはいい時間帯だった。
そのお店は我が家からさほど離れていない場所にある。
『居酒屋、相坂』
地元でも評判の料理がおいしい居酒屋らしい。
酒を飲める年齢でここを訪れるのは初めてだ。
「まずは俺が行くから、合図したら入ってこいよ」
打ち合わせをして、最初に斎藤が店へと入っていく。
「うぃーすっ。相坂いるか?」
「何だ、美人じゃない?何よ、私のお店なんだからいるに決まってるし」
「正確にいえば店長はお前の姉ちゃんだろうが」
「うっさい。細かい事はどーでもいいの。酒を飲みにきたのなら、さっさと座って」
店の中から聞こえる、昔と変わらない神奈の声に俺は安心する。
どうやら性格の方も、残念ながら変わっていない様子だ。
店内をのぞくとまだ客はいない。
これから集まってくる時間だな。
「まぁ、待てよ。今日は相坂にスペシャルなゲストを連れてきた」
「はぁ? アンタの恋人って言うんじゃないわよね。別に興味ないわよ?」
「俺の恋人に興味ないって言うな。可愛いんだぞ」
「はいはい。あの子なら中学の時の後輩だから知ってるし。違うのなら誰なの?」
神奈は投げやりに応える。
斎藤には付き合っている子がいるのか。
「おーい、いいぞ。入ってきてくれ」
斎藤からの合図を受けて店内へと入る。
「――久しぶりだな、神奈」
そして、俺は数年ぶりに幼馴染と再会を果たす――。




