第12章:キミのために《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
千沙子から連絡をもらったのは、家の掃除に朝から苦戦していた時の事。
休日を掃除に費やしたくはないが、引っ越してきてから1ヶ月、色々と掃除するべき状況になっていたので仕方がない。
それもひと段落してきた時だった。
『今から会えない?』
と言うメールが来たので、俺は「いいよ」と返事をする。
どうせ、暇だし、休憩もしたかったので俺は即答した。
『駅前の喫茶店で待ってるね』
俺はさっそく外へと出ると、待ちうけるのは五月晴れの快晴。
眩しいくらいの太陽から逃げるように、目的地の喫茶店に入る。
最近できたおしゃれなカフェ「SERIKA」だ。
オープンテラスのステキなお店で夏は繁盛しているらしい。
「……千沙子はどこだ?」
俺が店の中を見渡すと軽く手を挙げる千沙子がいた。
「こんにちは、朔也クン」
「おぅ。今日は仕事は休みなのか?」
「ううん。今はホテルも忙しい時期で全然お休みもないし変則シフトで大変なの。今日も夕方から夜勤のシフトなんだ」
「ホテル業も大変だな」
シフトがキツイとは聞いていたが、千沙子も苦労しているようだ。
ゴールデンウィークという繁盛期なので仕方ない。
ここ数日はいつも以上に観光客の姿をこの町で見かける。
「朔也クンとも全然、遊べないから残念」
「ははっ。それなら、今度、暇な時に連絡をくれよ。どこかに遊びに行こう」
「……ホント? それじゃ、楽しみにしているわ」
俺は店員にコーヒーを注文する。
千沙子は既にアイスティーを頼んでおり、それを飲みながら会話を続ける。
「朔也クンの話を聞かせて欲しいな。私の知らない朔也クンが知りたい」
「東京に行っていた頃の話か?」
「うん。どういう高校にいたの? その辺から教えて」
俺が東京に引っ越して通い始めた高校は進学校だった。
東京暮らしは田舎出身の俺にとってはすごく衝撃的な事だった。
都会では当たり前のことが、田舎には全然なかったり、その逆もあったりして。
最初は戸惑っていたが、そういう生活にもすぐに慣れていった。
「大学は本当はもう少し下のレベルの大学を本命にしていたんだ。試しに受けるだけ受けたら、ギリギリで受かっちゃってさ。良い大学に入ってから地獄見て泣きそうになったよ。自分は授業についていくのが精いっぱいだった」
「でも、すごいじゃない。そんな有名な大学に通っていたのに、この町に戻ってくる気によくなれたわね。もちろん、私としてはその方が嬉しいけど、朔也クンとしてはメリットなんてないでしょう?」
「……色々とあった結果、俺はここにいて、その結果に不満はないよ。千沙子や斎藤、神奈たち、懐かしい連中と再び会えたし。今の高校も悪くないと思っているよ」
本当にそう思えるようになっていた。
この町に戻ると言った時、両親を含めた周囲からは正直言って反対もされていた。
わざわざ田舎に戻る必要はない。
仕事なら出身大学のレベルを考えても、もっと良い職業につけるはずだ。
そんな声が出るのは当然だろう。
帰ろうと思ったのは、とある人からの後押しがあった。
しばらく考えて、懐かしいあの町に、俺は帰りたいと思ったんだ。
自分で思ってた以上に、俺はこの町や皆が好きだったから。
「朔也クンの親戚ってこの町にはいないんだっけ?」
「あぁ。元々、うちの父親の仕事の関係でこの町にいただけだからな。既に両親は結婚して、この町で俺は生まれたけど、それぞれの実家は別の場所にある」
「そうなんだ」
俺が中学3年の頃に父さんは出世して本社に勤務する事になった。
それが俺がこの町を出るきっかけになったわけだ。
俺は注文したコーヒーが来たので、砂糖とミルクを入れる。
ブラックで飲めない事はないが、俺は少し苦手だ。
「……学生時代とか、恋人はいたりしたの?」
千沙子としてはそれが聞きたかった本題だったのか。
俺の顔を真っすぐな視線で見つめる彼女。
「まぁ、それなりに……」
「それなりって事は数人はいたんだ?」
「うぐっ。え、えっと……いたけど」
あまりにも俺の方を見られるので言葉に詰まる。
やましいことをしていたわけじゃないのに。
「今はいないんだよね?」
「……あぁ。今はいないよ」
恋愛をする気もない、と千沙子の前では言えなかった。
彼女が俺に向けている気持ちを知っていたし、無視する気はなかったから。
「そう。東京で朔也クンは遊び人だったのねぇ」
「その言い方は何か誤解を招くんだが……」
「違うの?」
「……千沙子が想像しているよりはマシだと思います」
とっかえひっかえ、しているつもりはなかった。
それに、千歳にいたっては本気で恋愛していたわけだし。
「そう言う、千沙子はどうなんだ? 浮いた話のひとつやふたつくらいあったんだろ?」
「あははっ。ないよ、全然……だって、私は朔也クンみたいにモテないから」
どの口がそれを言うのやら。
千沙子は今も昔も美人だ。
これで人気がないはずがない。
斎藤から聞いた高校時代の撃墜女王の話を俺は千沙子に尋ねてみた。
「高校時代はずいぶんとモテていたと斎藤から聞いてるが? 撃墜女王、告白されても片っぱしから断っていたんだって?」
「もうっ、斎藤君も余計な事を……」
気まずそうに彼女は顔色を曇らせる。
アイスコーヒーを飲みほした後の氷がカランッと音を立てる。
「べ、別に言うほどじゃないわ。そういう事も何回かあったけど、付き合うにはいたらなかっただけ。好みのタイプじゃなかったから断っただけで、変な噂を信じないで」
「……何回か、ね?」
桁が違うのは突っ込まない方がいいのだろう。
「本当だってば。私は誰とも付き合った事がないの。……ホントよ?」
信じてくれと言う顔をする。
それはそれで、俺は気恥ずかしくなるのだが。
「その話はもうやめて。恥ずかしいじゃない」
「噂では、その時の断り文句が……」
「きゃーっ。や、やめてよ、本当に!? 朔也クン、意地悪しないで」
真っ赤になりながら両手で顔を覆う彼女。
こういう反応を見せられると素直に可愛いなと思う。
本当にもしも、と言う仮定の世界があるとすれば、俺がこの町に留まっていたら、千沙子と神奈、どちらかと付き合っていたんだろう。
それはそれで、俺としては幸せな現実があったと思うんだ。
「……千沙子と神奈ってあまり仲が良くないよな?それはどうしてなんだ?」
これまで気になっていた事を本人に尋ねる。
躊躇する気持ちはあったが、話だけでも聞いてみたかったのだ。
「神奈さんと仲が悪いなんて、そんなことはないわ」
白々しく誤魔化そうとする。
……うーん、さすがに正面突破は無理か。
「小学校の時はそれなりに付き合いはあっただろ?」
「私は朔也クンとは仲が良かったけども、神奈さんと親しかったわけじゃない。言うならば友達の友達的なポジションだったでしょ?それに女の子同士って男子が思うよりも、仲良くなりにくいの」
「女の子同士の方が話題とかあって友達になりそうだが……」
「……朔也クンにそれを言われると、何だか嫌な感じがする。言うならば、私と彼女はライバル同士なわけだし。その辺、わざと言ってるのかな?」
軽く頬を膨らませて、千沙子は意地悪そうにそう言って顔を近づける。
うわぁ、ちょっと怒らせたかも。
「……なんてね。ほら、同じ女の子同士でも相性の良しあしがあるでしょ?」
「そうだな……?」
「そうなのよ。私と神奈さんは相性があまり良くないと言う事で、理解してくれたらそれでいい。この話もあまり深く突っ込もないで欲しいな」
千沙子は無言の威圧感で俺に有無を言わせない。
これは根っこの深い問題か?
下手に介入するのもアレなので俺は諦める事にする。
「……朔也クン?」
「あ、いや、そう言う事なら分かった」
「よかった。ほら、仲が悪いと言っても、顔を見合わせたら口喧嘩ばかりしたり、すれ違うたびに睨みあったり、ばったり出くわしたりしたら、本気でぶっ飛ばしたくなったりするほど憎み合ってるわけじゃないから安心して」
具体的すぎて全然安心できません。
……この子たち、ホントにそんなに険悪なのか?
その後は“恋愛”と“神奈絡み”の話題を極力避けて話で盛り上がった。
千沙子は性格も穏やかでいい子なんだが、きっかけひとつで少し怖い。
「私、朔也クンがこの町にまた帰ってくるのをずっと信じていたから、帰って来たって話を聞いた時に本当に嬉しかった」
そう言ってくれた千沙子の言葉。
人生って、案外、悪い事ばかりじゃないんだと改めて思わせてくれる。
大事な友人たちがいてくれる。
この町に戻ってきてから俺は人と人の繋がりが大事なんだと、俺は良い意味で思い知ったんだ――。




