第12章:キミのために《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
ゴールデンウィークも3日目の折り返し、残り4日でこの連休も終わりか。
本日は5月2日、今年は暦の並びもよくてほぼ一週間お休みがあったのでこちらとしても楽だったのだが、昨日までは学校に行かなきゃならなかったりと面倒だった。
生徒は休みでも教師は休みではなかったりする。
だが、明日からは3~6日とちゃんとした休日なので、俺も安心だ。
「そういや、この町に戻ってきて移動手段を持ってなかったな」
俺は帰り際に自転車屋を覗いていく。
さすがに自転車か原付バイクくらいは持っておきたい。
今の所、学校か商店街くらいしか移動範囲がないので徒歩で移動できるが、通勤くらい自転車でもいいなぁと思ったり。
車を維持する程はまだお金も貯まっていないので、しばらくはこの辺で我慢しよう。
「うーん。自転車か、安物は安いだけで使い勝手がいまいちだしなぁ」
そのお店はバイクも扱っており、俺は中型単車も見てみることにした。
学生時代に中型バイクのとった免許は持っているのだ。
とはいえ、最近は滅多に使う事もなくなり、持ち腐れ感はあるけどな。
「鳴海先生? どうしたの、こんな場所で?」
思わぬ人が店の奥から出てくる。
普段とは違う私服姿の村瀬先生がそこにはいた。
「俺は自転車でも買おうかと思って。村瀬先生こそ、何でここに?」
「移動手段の確保ね。私は自分のバイクの調整をしていたの。ここのお店の設備と道具を借りさせてもらっているのよ」
言われてみると、奥の方に格納庫があり、そこにはあの自慢の大型バイクがある。
いつも見てもカッコいいバイクだな。
「さり気に有給使ってお休みしてたんですね」
「教師の休みなんて使える時に使わなきゃダメよ? 中途半端な時期に有給なんて使わせてもらえないんだからっ。夏休み中とか、冬休みとか、使える時期は有給消化をする事を覚えておいて」
「えぇ、覚えておきます。でも、先生って調整とかもするんですか?」
「当たり前でしょ。自分のバイクくらいは自分でね。明日からは私、一人旅で出かけてくるつもりだから、念入りにバイクの調整をするためにここにきたのよ」
本物の走り屋さんだな、趣味としはかなりお金がかかるものだ。
「……鳴海先生はバイクの方を見ていたけど、中型単車乗れるの?」
「一応、免許だけは持ってるんですよ。自分のバイクも今は持っていないので使う事もないんです。先生みたいに大型の免許は持ってませんし」
「ふーん、そうなんだ。それじゃ、私の古いバイクあげよっか?」
「え……?」
先生が今乗っている隼を手に入れる前に乗っていた中型バイクがあるらしい。
今は全然乗っていないので俺に譲ってくれると言う。
俺も移動手段が欲しかったので、そのバイクをもらいうける事になった。
さすがに無料では申し訳ないのでいくらかのお金は支払うが、それでも全然安い。
登録や手続きがあるので近日中に名義変更するという流れになった。
そして、今、俺は村瀬先生の家のガレージにいる。
あっという間にそんな流れになって俺は彼女に尋ねた。
「本当にこれは俺がもらってもいいんですか?」
「あの子に乗り換えてから、もう2年くらい全然使ってないからね。一応メンテナンスくらいはしているけど、自分で乗る事はほとんどないもの。バイクとしても使ってくれる人がいた方がいいでしょう」
バイク好きな彼女らしい物言いだ。
ガレージの隅に置かれたバイクは状態もよくてカッコいい。
「今でも十分、走れるから。私はこの子にずいぶんと楽しませてもらかったわ。今の私だと物足りないから使わないの。邪魔とは言わないけど、使ってくれる人がいるならそちらの方がこの子も嬉しいはずよ」
俺は現物を見て、久々にバイク乗りの感覚を思い出す。
「……と言っても、しばらく乗ってなかったからさっきのお店でちゃんと手入れしてもらった方がいいわ。その辺、私が頼んでおいてあげる」
そう言って再び俺達は店に戻り、登録の件を含めても話を進めた。
それから数十分後、店を出た俺は彼女に礼を言う。
「村瀬先生のおかげでいろいろと助かりました」
新しいヘルメットを買った俺はそれを手に帰ろうとしていた。
辺りも夕焼けの時間帯だ。
「いいのよ。その代わり、大事につかってあげて」
「はい、そうさせてもらいます」
「そうだ。鳴海先生ってまだ時間は大丈夫?」
「大丈夫ですけど?」
彼女はにこっと笑って俺に言うのだ。
「それじゃ、少しだけ私に付き合わない?」
夕焼けの海沿いの道を爽快に風を切って走るバイク。
俺は村瀬先生の後ろに掴まるように後部座席に座る。
相手は女性ライダーだ、こちらも力をかけすぎないように注意する。
『悪いけど、バランスを崩したら、私はバイクの方を守るからね』
と、先生には身の危険が迫ったら自分で守れと言われてしまっている。
『ちなみに私、男の人は後ろに乗せた事がないから気をつけて』
この大型バイクの体制を維持するだけでも、女性の彼女には大変なはずだ。
操作に慣れているとはいえ、不注意ひとつで危ない事もある。
最初は警戒していた俺だが、時間が経つにつれて慣れ始める。
「もう少しで目的地につくからジッとしていね?」
彼女はそう言うと、しばらく道なりに走って行く。
海岸沿いの道から眺める海、それ以上の光景を俺に見せてくれると言う。
やがて、彼女がバイクを止めたのは灯台の付近だった。
バイクを降りて海岸の方へと歩きはじめる。
「この辺りにきた事は?」
「昔に1度だけ。普段はこんな場所には来ませんから」
「海水浴場の反対側で静かな場所よ。だからって、おそっちゃダメよ? 返り討ちにして海に沈めてあげる」
それは怖いな、この辺はすぐに深くなるので危険だ。
なんて、リアルに物事を考えてしまう。
「そんな事しませんよ。俺はやるなら正攻法で攻めるタイプなんで」
「ふふっ。そうなんだ?」
「えぇ。残念ながら、職場恋愛する気はないので、先生は狙いませんが」
「あら女性としては悲しい告白ね? ……なんてね、あははっ」
軽い口調で笑い合いながら、防波堤を乗り越えて俺達はその場に座る。
正面には真っ赤な夕焼けの太陽が見える。
「職場じゃないんだからお互いに先生をつけ合うのはやめましょう。プライベートくらいはお友達でいたいじゃない?」
「……村瀬さんと呼んでも?」
「いいわよ、鳴海……さんと君ってどちらがいい?」
「一応、後輩なんで君の方がいいですかね」
どちらでもいいが、村瀬さんの性格を考えるとそちらの方がいいだろう。
「それじゃ、鳴海君。何か、親しみやすくていい感じ」
同世代の少ない職場だ、関係をある程度深めあうのは良い事だと思う。
そこから見た夕焼けはかなり綺麗だった。
水面に反射する赤い夕焼け。
沈みゆく太陽はゆっくりと海の中へ消えていく。
「……ここ、私のお気に入りの場所なんだ」
「そうなんですか?」
「何もない町だから、私はよくバイクでいろんな場所へ出かけるの。明日からも、隣りの県まで泊りがけでツーリングに出かけるし。でもさ、帰ってきたらまず立ち寄るのがここなんだ。ただいまって、思えるホッとする場所だから」
どれだけ時間が流れても変わらない場所。
俺にとっては隠れ浜のような安心できる場所が、村瀬さんにとってはここなんだ。
「初めはどうしてここに?」
「うーん。何だっけ。確か、小学生くらいに迷子になって自転車でさ迷っていたの。隣街まで自転車で行くとか頑張ってさぁ。その帰り道、全然道が分からなくなっちゃって、とりあえず、海に出れば分かるかなって」
「海さえ見れば大体の位置が分かりますからね」
「うん。そう言う事。で、海の方へと出たらちょうど海水浴場の反対側って場所も分かった上にすごく落ち着いた場所だったからお気に入りになったんだ。その後、無事に家に帰れて、それから何度か友達同士で来たのがきっかけかな」
彼女はそう言ってお気に入りの場所から海を眺める。
茶色の髪が風になびいている。
ウェーブのかかった綺麗な髪でつい見惚れていた。
「……鳴海君にもこの町にはお気に入りの場所ってあるの?」
「えぇ、ありますよ。ここからだと……あの大きな岩が見えますか」
隠れ浜はちょうどここからだと見えにくい場所にある。
「あー、うん。海水浴場から離れた場所ね? 何もなさそうだけど?」
「実はあそこが俺の子供の頃の遊び場だったんですよ。ここからだと分かりにくいんですが、入り江になっていて魚がよく釣れるんです」
「そうなんだ? へぇ、行った事がないなぁ」
隠れ浜も今度はぜひ、村瀬さんと行ってみたい。
俺だけ秘密の場所を教えてもらうのは悪いからな。
「今度、また一緒にバイクでツーリングしましょう。絶対に楽しいわよ」
「あの隼についていければ、いいんですが……」
「最強最速だからね。自慢の愛車だけど、ものすごく速いのがウリだもの。私についてきて。全力で振り切ってあげるから」
「それ、ダメじゃないですか」
俺達は笑いあいながら、夜の帳が落ち始めて、朱色に青色が混じり始めた空を見上げる。
「うわぁ、綺麗~っ」
夕闇の世界が目の前に広がる。
幻想的な夕焼け空と海を見つめて充実した時間を過ごす。
プライベートの村瀬さんの知らない一面も知れたし、楽しかった。