第11章:縮まらない距離《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
俺と神奈は中学卒業で離れてしまうまでは常にほとんど一緒にいた。
幼馴染。
斎藤もそうだが、その言葉が一番合っているのは神奈だと思う。
家も近所で、小さい頃から仲良く遊んでいた。
なんていうか、神奈は俺にとっては妹同然の存在なのだ。
いつも後ろをついてくる、何をするのも一緒。
本人はあのような気の強い性格をしているが俺に対して心を許してくれている。
今は成長して見た目も女性らしく美少女に成長したと思う。
だけど、俺の方は妹みたいだという気持ちが強くて、神奈は女の子だと思えずにいる。
神奈の気持ちは違うのだ、と気づきながらも俺は妹扱いをやめない。
きっとアイツを一人の女としては見れない。
それは一番、神奈を傷つける事だから俺は自覚しないようにしている。
俺にとって望む不変は神奈にとっては望まない不変なのだろう。
俺は向けられている好意に目をそむけて都合のいい関係を作っている。
そして、彼女自身もそれを受け入れてくれている。
神奈ってああ見えて、本当に優しい奴だからさ。
ずるいんだよな、俺は……。
夕食は神奈が作ってくれる事になり、俺達は近所のスーパーまで買い物に来ていた。
結局、今日はずっと彼女と一緒にいた。
たまにはこういう一日があってもいいか。
「……なぁ、神奈?」
「何よ?」
神奈が俺の右腕に抱きつくように腕を組んでいる。
別に困らないから好きにさせているが、どうしても言わなくちゃいけない。
「見た目で分かっていたがお前って、胸ないのな」
「ぬぁ!? な、何て事を言い出すわけ?」
「こう腕に伝わってくる感触がないっていうか。普通なら柔らかな感触があって嬉しいイベントなのに。そのドキドキ感がないのが残念だ」
「失礼すぎっ。ていうか、何を期待しているのよ!?」
不満そうに俺に文句を言う彼女だが、腕を離そうとする気はなさそうだ。
うーん、見た目的にはさほど貧乳ではなさそうだが。
「……気にしてるんだからあまり追求しないで」
「心配するな。この世の中、パッドと言う便利なものが……ぐふっ!」
思いっきり容赦のないみぞおちへの打撃。
こちらを横目で睨みつける神奈が怖い。
「次に言ったら……マジで泣かす、ていうか許さない」
「人を泣かせる前に努力してくれ。どうやったら成長するのか俺は知らないが」
「うっさい。余計な事を考えるな~っ」
神奈をからってると彼女はこちらの様子をうかがうように、
「朔也は大きい方が好きなの?」
「さぁ、どうだろうな? 俺は別に気にしない」
「むぅ……適当にそう言う事言うし、ふんっ」
と、拗ねてしまった彼女を連れてスーパーに入る。
カゴに夕飯の材料を入れていく彼女の横を歩く。
「確か、ソースはあったわよね。調味料はみりんとかなかったはず。あとは、ドレッシングも買っておこうかな。朔也、いい?」
「神奈に任せる。俺はそんなに自炊しないからな」
「勝手に高い調味料とか買ってやる。どうせ、お金出すのは朔也だし」
「その代わり、それだけ俺のために神奈が料理してくれるなら全然、構わないぞ。お前の料理はおいしいからな」
俺の何気ないセリフに神奈は「うぅ」となぜか唸る。
「何だよ?」
「さ、朔也って、適当な事を言い過ぎなのよ。嬉しくなんかないんだからね?」
「……はい? 俺は別に変な事を言った覚えはないが?」
彼女は先ほどまでの不機嫌だったのに機嫌を直していた。
本当にすぐに気が変わるなぁ。
見ていて本当に面白い。
「今日は何が食べたい?」
「最近、魚ばっかりだからな。たまには肉が食いたい……焼き肉とかどうだ?」
「そればっかりじゃん。お肉が好きなの? 今日はお肉も安いからそうしよっか」
当然ながら買い物は俺が金を出すのだが、いろんな事を気にしてくれる神奈のおかげで、さほど無駄遣いせずに済む。
俺一人で買いに来ると入らないものを買いすぎて、無駄遣いしすぎるのだ。
こういうのはスーパーに通い慣れた神奈に任せた方がいい。
「あっ、水守さんだ」
「神奈の知り合いか?」
「まぁね。水守さん、こんにちは」
俺達よりも若い女の子に声をかける彼女。
高校の後輩だった子だろうか?
桃花ちゃんもそうだが、馴染みの人とよく会うな。
田舎なのでスーパーの数が少ないのも理由だろう。
「相坂さん。こんにちはー」
のんびりとした口調の女の子だ。
何気にこの町って田舎なのに可愛い子多いよなぁ。
変に都会のようなギャルっぽくないのも好感が持てる。
「もしかして、鳴海朔也さん?」
「あぁ、そうだけど。キミは?」
俺のフルネームを知ってると言う事は過去にあった事があるのか?
と、思ったが、どうやら違うらしい。
「はじめまして、いつもビジーさんがお世話になってます。私は川島水守(かわしま みもり)と言います。鳴海さんとは初対面ですねー。よろしくお願いします」
「は、はぁ。どうもよろしく……それで、ビジーって誰?」
俺の知り合いに外国人はいません。
そんな一昔前に流行ったエクササイズのビ●ー隊長のような名前を持つ人は知らない。
俺は神奈に視線を向けると「誰って、何を言ってるの?」と不思議そうな顔をしやがる。
だから、俺の知り合いにビジーなんて名前の奴はいないっての。
「あっ、そういうことか。ビジーって言うのは美人のことよ?」
「おい、待て。何で斎藤がビジーなんだ?」
「それはですねー。ビジーさんは読み方は“よしひと”さんですけど、漢字で名前を書くと“美人”さんじゃないですか。彼はどちらも呼ばれたくないようで、私が“びじん”をもじってビジーさんって呼び始めたんです。可愛いでしょう?」
独特の感性というか、かなり微妙なネームセンスの持ち主である。
そりゃ、アイツが自分の名前をあまり好んでいないのはよく知っているが。
だからと言ってビジーと呼ばれる方を選んだ彼の覚悟はすごい。
「水守さんは美人の恋人なの。朔也も話くらいは聞いた事があるでしょ」
「町立図書館の方で司書のお仕事をしているんです」
「あの噂の? へぇ、美女じゃないか。斎藤がいつも自慢にしているだけはあるな」
「ふふっ。ありがとうございます~っ」
おっとり系美女、斎藤の恋人にはもったいないくらいの良い女の子だ。
ネームセンスはアレだけどさ。
俺はサクーさんとか呼ばれたくないぜ。
「ビジーさんとは長い付き合いなんですよ。私が高校1年で彼が3年生の時に出会ったのがきっかけなんです。もう5年近くになりますね」
「どういうきっかけがあったんだ?」
「実は私が網にかかって困っていたところを助けてくれたんです」
「網? 網ってあの漁師の使う網か?」
「はい。港を歩いていたら釣り用の網にひかかってしまい、とても困っていたところを偶然通りがかったビジーさんが助けてくれたんですよ。それで、彼に一目惚れしてしまって……」
まさに、鶴の恩返しだ。
網にかかった鶴(?)、もとい、美少女。
現代版、鶴の恩返しはこんな美少女が恋人になるんですか……いいなぁ。
「水守さんの積極的な猛アピールで恋人になったらしいわよ」
「……リアル版、鶴の恩返し、すごいな」
これぞ、昔話を超えた良いお話?
人間、何でも困ってる人を助けてみるべきだな。
羨ましいぜ、斎藤の奴め……。
「鳴海さんの話もよく聞いていました。東京の方に出て行ってしまった一番の親友だって、よく言ってましたから」
「斎藤とは幼馴染で仲が良かったからな」
「相坂さんとも仲がいんですね~。おふたりとも恋人なんでしょう? この前、神奈さんがそのような事を言ってました」
俺は呆れながら隣で気まずそうな顔をする幼馴染の頬を軽くつねる。
「おい、神奈さん? 外で適当な事を言いふらしてんじゃないぞ」
「――ギクッ。そ、そんな事をしてないって」
本気で外堀から埋められているような気がするのは気のせいじゃない。
ここで否定ばかりすると神奈が拗ねるからあえて強くは責めない。
はぁ、まったく……俺も妹のような幼馴染を甘やかせすぎかね?
「仲がいいのは事実だが」
「そうですよね。おふたりとも、腕を組み合ってお似合いだと思いますよー」
そう言われると気にしてなかったが、神奈はずっと腕を組んだままだった。
何ていうか、昔からこんな感じなのであんまり自然過ぎて気にしてないんだよな。
俺もそう言う所を考えなおさないといけない。
いつまでも昔と同じみたいなわけにはいかない。
俺自身も、乗り越えなければいけない“心の問題”を抱えている。
「……朔也、どうしたの? ボーっとして?」
水守さんと別れてからずっと俺は考え事をしていた。
「腹減ったから早く飯が食いたい。焼き肉パーティーしようぜ」
「もうっ、子供じゃないんだからもう少し我慢してよ。あとは野菜を買うだけだから」
「俺は野菜はいりません。玉ねぎくらいで十分だ」
「ダメ。野菜もとらないと。ピーマンとか」
俺はその笑顔を真正面から受け止められずにいた。
俺達の距離は近いように見えてどこか遠い、縮まらない距離感がある。
そして、神奈はそれを縮めようと必死に努力している。
神奈の気持ちは分かっているから縮められないのは俺のせいだ。
俺には今、誰とも恋愛をする気がない。
もし、いつか神奈とのこの距離を縮める時が来るとしたら……?
その時は俺も自分の過去にけじめをつけられるのだろうか――。