第10章:天文部へようこそ《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
天文部の本格活動はギリギリ間に合い、無事に部として廃部危機を乗り越えた。
これでちゃんと予算もつく部としての活動ができる。
俺は初めて天文部の部室を訪れる事にした。
活動日の今日は千津も桃花ちゃんもいるはずだ。
特別校舎の中にある文化系の部室のひとつ。
『天文部』と書かれたプレートのある教室の扉をノックしてから入る。
「俺だ。入るぞ……あれ?」
俺が部室に入ると部室は真っ暗で電気がついていない。
代わりに天井には小さな光が点々と覆っている。
「プラネタリウム?」
「あ、はい。そうです。鳴海先生、天文部へようこそ」
俺に気づいた望月が電気をつけるとそこには5人の生徒が集まっていた。
望月の他に木下と橋爪というふたりの女の生徒もいる。
窓にはカーテンと言うか、暗幕までしてあり本格的だ。
部屋の中心にはプラネタリウムの装置っぽいものがある。
「今日はおふたりに春から夏の星座について説明していたんです。実際にどういうものか、室内プラネタリウムで説明した方が分かりやすいですから」
「ただ今勉強中なの、朔也先生は邪魔しないで。大人しくその辺に座っていて」
「おぅ、すまない。続けてくれ」
「はい。それでは失礼します」
望月は再び電気を消して説明をし始める。
熱心に説明を聞く千津と桃花ちゃん。
勉強絡みだと千津は素直だ、本当に賢い子なんだなと感心する。
「春の星座には特徴的な三角形を描く星々があるんです。春の大三角形と言って……」
こまめに分かりやすく説明する望月。
本当に星の話になると生き生きとしているな。
その光景を眺めながら俺は副部長の橋爪から詳細な説明を受ける。
「千津さんは優秀な生徒だと先生から聞いてましたけど、本当にすごい子ですね。一昨日、何冊かの本を貸したんですけど、それだけで今はかなり星についての知識を覚えてきています。私達は星座を覚えるのに何ヶ月も、かかりましたよ」
「桃花ちゃんの方はどうだ?」
「聞き上手、というんですか。すごく親しみやすい子です」
ムードメーカーとして一役かっているということか。
彼女も誘ってよかったと俺は納得していた。
「あのさ、気になる事を言ってもいいか?」
「はい、何でしょう?」
俺は橋爪に気になる事を尋ねてみる。
「どうして、この部には男がいないんだ?」
「あっ、それは……」
天文部と言えば、女の子よりも男子のイメージがある。
機材を運んだりするのを考えても男子部員はいた方がいいだろう。
言葉に詰まる橋爪、隣にいた木下が気まずそうに俺に耳打ちする。
「先生、外で話をしてもいいですか?」
「あぁ、構わないが」
「それでは、外に出ましょう。要の前では話しにくいので」
木下は「先生に資料関係で用があるらしいから少し出るわね」と望月に告げる。
「え、そうなんですか? だったら、私が……」
「要は説明をしてあげて。私はそう言うの苦手だし」
橋爪もフォローしてくれて俺と木下はふたりで廊下に出た。
「すみません、わざわざ話をするために外に出てしまって」
「別にいいさ。それじゃ、どこに行こうか? 廊下で立ち話ってのもな」
これから顧問をするにあたり、木下達とも仲良くしていきたい。
ここだと話しにくいし、中庭の方へ行くか。
俺達は中庭のベンチに座りながら話をする事にした。
「先生は要の去年の事件について知っていますか?」
「最初にあった頃に少しだけ聞いている。確か、痴情のもつれってやつだろ」
「くすっ……先生の言い方だと何だかいやらしい意味のお話ですね」
うぐっ、大人と子供の解釈の違いかな。
「ただの恋愛ですよ。当時は私達は1年生で、要は3年のある男子の先輩に好かれていました。優しくて色々と星について教えてくれた良い先輩だったんです。要ってお嬢さまっぽい所があるでしょう。実際にお嬢さまなんですけど……」
要の家はこの町でも有数の金持ちだそうだ。
つまりは……あの高台にある美浜ロイヤルホテルを経営しているグループを担う望月一族の親戚らしい。
望月グループ、あのホテルが出来たと4年前にこの町に引っ越してきた。
彼女の親は現在、あのホテルのオーナーとして仕事をしている。
世間的にも有名な望月グループの会長の孫というだけでも十分すごい。
「……なるほど、礼儀正しいと思っていたが本物のお嬢さまか」
「はい。本人は気にしていないんですけどね。話がそれました、彼女の家庭環境はさほど問題ではないんですよ。ただの男と女の問題。その先輩は要に惹かれていました。でも、先輩には恋人がいたんです」
「恋人? つまりは浮気だったのか?」
俺が聞いた話だと先輩を好きな別な女性がいた、と聞いたが。
「……関係自体は終わりかけていたそうです。でも、まだ切れていなくて、相手の女の先輩はまだ先輩が好きで、関係が悪化したんです」
自分以外の女性に惹かれていくことを許せなかった。
その後、女の先輩に望月は嫌がらせをされていた。
やがて、エスカレートしていき、イジメ問題となり、村瀬先生が関わったわけだ。
「結局、その先輩達はどうなったんだ?」
「謹慎処分がくだされました。まぁ、それだけじゃ済まなかったんですよ。……相手が悪すぎましたね。望月家の令嬢をいじめていた、というだけで彼女の家族も町の住民から嫌悪されたりして……」
美浜ロイヤルホテルに関しては町の住民には反対派もいるが、雇用や観光面においては賛成派も多数いるそうだ。
その望月家を敵に回す事は、既にこの町でも恐ろしいほど影響力があるわけだ。
彼女たちの卒業後、残念ながらこの町を家族ごと出て行くことになったらしい。
「マジかぁ。おっかないなぁ」
「だ、大学進学が主な理由で変な意味はないと私達は思うんですけど?」
「裏では変な噂もある、と?」
「はい。望月グループを快く思わない人達もいるのでいろんな噂があって……。まぁ、そういうワケで、男子生徒がいないのは恋愛関係で揉め事を起こさないためです。もちろん、部活紹介で入ってきてくれたら歓迎してましたけど。それもなく、結果としては女の子達だけでよかったと思います」
うーむ、そういう事情があったのか。
望月も思っていた以上に大変だな。
「それに要はあの一件でひどく男の子が苦手になったようです。すごく可愛いから、今でもよく告白とかされているんですよ。それも全部断っているんです。本人は男に苦手意識があるからと言ってました」
「……あれ? それって俺もそうか?」
「先生は男ですけど、恋愛対象になる事はないので問題ないと思ったのでは? それとも先生には生徒に対してそう言う目を向ける気があると?」
木下から疑惑の視線を向けられて俺はすぐさま否定する。
「そんなわけないじゃないか」
俺はこう見えても、そこまで常識のない人ではないのだ。
「でも、先生の事はかなりいい評価をしているみたいですよ。顧問になってくれたこと、本当に喜んでいましたから」
望月の事情は大体分かった。
俺もその辺りに気をつけて彼女に接する事にしよう。
「そろそろ戻りましょうか」
要には要の事情があるようだ。
木下にそう言われて、俺も部室へと戻る事にした。
既に部室ではプラネタリウムが片付けられて暗幕も隅の方に置かれていた。
千津は部室にある本を眺めており、桃花ちゃんは橋爪と雑談をしている。
だが、そこには望月の姿はなかった。
「……要はどこに行ったの?」
「望月なら、すぐ戻ってくるわよ」
橋爪の言うとおり、彼女はすぐに部室にやってきた。
だが、その両手には大きな箱を抱えている。
「それは何だ、望月?」
「これは天体観測用の望遠鏡です。隣の部屋がこの部室の倉庫代わりになっているんですよ。普段は大きな荷物はそちらに保管しているんです」
彼女は箱から望遠鏡を取り出して見せた。
中々、立派なものだ。
「鳴海先生、実はゴールデンウィーク中にさっそく天体観測をしたいと思っているんです。ぜひ、先生にも一緒に来てほしいんです」
「顧問の俺には監視の役目もあるからな。別にかまわないが?」
部活として行う以上は責任者は俺になる。
女の子達だけで何かあってはいけないし、課外活動には極力付き合う方がいいだろう。
「5月4日、5日と泊りがけにしようと思っています。皆さんの都合はよかったんですけれど、先生の都合はどうでしょうか?」
「今は何も入っていないからいいぞ。それにしても泊まりってことはキャンプか?」
「はい。テントを張って、夜になったら観測と言う流れですね」
本人達がかなりノリ気なので、俺はその様子を見守っていた。
荷物を運ぶのには車が必要だが、それは斎藤にでも軽トラを借りるとしよう。
「ちゃんとした天体観測は数ヶ月ぶりなのですごく楽しみなんですよ」
2年の時の冬休み中に行って以来、皆で天体観測はしていなかったそうだ。
すごく楽しみにしている望月の様子を見ていると、本当に星好きなのが分かる。
「千津も楽しめよ。こういう事がいい経験になるんだからな」
「うん。私でも楽しめそうな気がするよ」
天文部の活動は順調に開始した。
当面の目標はゴールデンウィークの観測会だな。
天気が晴れてくれるといいんだが……。




