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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第1部:再会と蒼い海 〈ファーストシーズン・帰郷編〉
30/232

第10章:天文部へようこそ《断章1》

【SIDE:鳴海朔也】


 千津の不登校問題は一応の解決を迎えた。

 あれから千津は数日をかけて、親とじっくりと話をしたらしい。

 母親も子供の事はちゃんと気にかけていたようだ。

 ただ、お互いに言いたい事をはっきりと意思疎通できなかった。

 それは大事なことだし、避けては通れない事だ。

 そして、千津が選んだのは――。

 職員室に数日ぶりに登校してきた千津がやってきた。

 俺と村瀬先生に自分の決めた結果を報告しに来たのだ。

 

「私、この学校から一流大学を目指して見る。どこまでできるか分からないけど、やれるだけの事をしてみたいの。あの人とも話をしたの。私の夢、ちゃんと説得したつもり。自分の好きなようにやってみなさいって言われた」

 

 あの人と母親を呼ぶ辺りはまだ全てが上手く行ったわけではないようだ。

 両親の離婚問題による心の傷はまだ癒えず。

 それでも、彼女は自分の意思で最初の一歩を踏み出した。

 それは評価するべきだし、非常に勇気のいる事だとも思う。

 

「はっきり言って挑戦だよ。私立に行った方が現実的にも大学に合格できそうだけど、私がここに来た事にも意味があるような気がしたの。甘くないのは分かっているけど、自分で選んだ。だから、先生も協力してよね?」

「俺に出来る事なら、相談にも指導にも乗ってやるよ」

「うんっ、期待しているから。それと、村瀬先生。迷惑かけてごめんなさい」

 

 千津が頭を下げて、村瀬先生に謝罪をした。

 それを彼女は「え?」とびっくりした顔をする。

 

「母から聞いた。いろいろと話をしたんだって。そのおかげで、あの人なりに落ちつけたから私の話を聞いてくれたんだと思う。それと授業サボって、迷惑かけたから」

 

 千津は意外と素直な一面もあるのだ。

 彼女の反応に先生も嬉しそうにしていた。

 

「これからはちゃんと授業に出てよね?」

「そうする。この学校でも、何か得るためにしてみるよ。とりあえずは……友達作りかな。私、あんまり友達いないから」

 

 前向きに生き始めた彼女はそう言って笑う。

 この学校に馴染もうとする歳相応の態度に俺もホッとする。

 彼女は彼女の道を見つけたのかもしれない。

 

「そう言えば、桃花ちゃんとは仲がいいんだろ?」

「うん。桃花は小学校からずっと友達なの」

「だったら、きっとすぐにクラスにも馴染めるさ。あの子にも協力してもらえ」

 

 桃花ちゃんはクラスでも人気のある生徒だ。

 あの明るさは誰にでも好かれるからだろう。

 

「鳴海先生、私は先生に一番感謝しているんだ。ありがとう。私、ずっと拗ねてたんだよ。思い通りに行かない現実が嫌で、人間としてダメになってた」

「……誰だって、人生でそういうことはある。そこから立ち直れるかどうか。それを乗り越えた後の人間の方が精神的に成長しているはずだ。千津は、前よりも精神的に大人になったと思うぞ?」

「えへへっ。そうかな? そうだったらいいなぁ」

 

 初めて会った時よりもずいぶん顔色もいい。

 この満面の笑顔を千津が見せられるようになっただけ、俺も色々とアドバイスをしたかいがあったと思えた。

 

「黒崎さん。いい顔をするようになったわね」

 

 千津の去った後、村瀬先生は俺に言う。

 

「私さ。正直言って、鳴海先生のことを過小評価してたかもしれない。都会からこんな田舎の高校に来て、悩んでいる生徒の相談に乗ってあげて彼女を救ってあげた。私にはできなかったら正直悔しい気持ちもある」

「別に俺は大した事してませんよ。今回の事は千津自身が乗り越えただけですから。自分、親、現実……人生って乗り越える事だらけで、ままならない世の中に絶望するのは思春期には珍しくないですし」

「そういう生徒の気持ちを理解してあげられるってすごいじゃない」

 

 別に何もすごい事などない。

 今回の事は俺にも似たような事があって、自分の立場ならどうするかを経験談を含めて対応したにすぎないのだから。

 俺はかつて自分が憧れの先生に支えてもらった過去を思い出し、同じような真似をして見せただけに過ぎないのだ。

 

「……これから、彼女は変われると思う?」

「当然ですよ。千津は努力家で、頑張りやさんですからね。素直さは少し足りませんが、きっと彼女はこれからいい方向に成長します。後は俺たち教師も応援してあげましょう」

 

 それだけは確信を持って言える。

 あの子の未来、どういう道を進んでいくのかが楽しみだ――。

 

 

 

 

 千津もすっかりとクラスに溶け込み始めた4月下旬。

 まもなく4月が終了する。

 俺は忘れかけていたもうひとつの問題を思い出す事になる。

 きっかけは村瀬先生からの伝言だった。

 

「部活の顧問ですか?」

「そうそう。前にその話をしていたじゃない?」

「あ、はい。天文部の事ですよね。そう言えばメンバーは集まったんでしょうか」

「それを含めて、今月末までに顧問になるなら書類を教頭先生に出しておいてって伝えておいて欲しいって言われたの」


 俺は顧問関係の書類を受け取った。

 そういえば、4月の最初の頃にそう言う話をした。

 

「あれから、望月とは会っていないんですよねぇ」

「望月さんのためにも、ちゃんと顧問になってあげてよ? と、部活顧問をしない私が言っても説得力無いけど。お願いね」

 

 村瀬先生はそのまま次の授業へと行ってしまう。

 俺は授業がないので授業用のプリントの作成の続きを始める。

 ノートパソコンに向き合いながら天文部の事を考える。

 望月に頼まれた顧問要請だが、5人以上のメンバーが集まらないと廃部になり、同好会に格下げされてしまう。

 俺が1年生の担当教師と言う事もあり、望月とは顔を合わせる機会がない。

 

「……まぁ、大体の想像はつくんだが」

 

 俺の所に報告に来ていないと言う事は、まだメンバーは集まっていないんだろう。

 真面目そうな彼女の事だ、今でも探しているが見つからない。

 そういう事なんだろうな。

 

「一度、話をしてみるとしようか」

 

 俺は次の休憩にでも呼びだしてみることにした。

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい。鳴海先生」

 

 案の定、呼びだされた彼女はシュンッとしていた。

 

「まだメンバーは見つかっていないのか?」

「そうなんです。部活紹介でも紹介して、何とか新入部員を集めようとしたんですが……どうにも人数が集まらなくて」

「新入生は全く持って興味なしか?」

 

 相手の反応具合を聞いてみると、彼女は小さな声で言う。

 

「それが、あまり星に興味がないみたいで……」

「今時の子はそうかもしれないな。アウトドアとかしないだろうし。ていうか、この田舎ではさほど珍しいモノではないってのが理由かもな」

「でも、楽しいんですよ? 泊りがけで観測会をする時はキャンプもしますから」

「あれ? テントとかも用意してあるんだ?」

 

 望遠鏡もそうだが、いろいろと天文部は本格的なようだ。

 天体観測のためには野外活動もするらしい。

 

「はい。一応、この天文部は歴史が長いので、必要なモノはほとんどありますよ。キャンプ道具一式、アウトドア用品も揃っていますし。その辺は3年前に廃部になった登山部からの流用品でずいぶんと増えたって前に先輩が言っていました」

 

 うーむ、登山部は廃部になっていたのか。

 この山と海しかない田舎町だから仕方ないか。

 わざわざ部活まで山と触れ合う必要はないからな。

 

「環境はいいんだが、その良さに気づかないものなのだろうな」

「この町は明かりも少ないので、星とか綺麗に見えるんですけどね」

 

 ないものねだり、というべきか、人は常に周囲にない物に価値を見出す。

 当たり前のものには中々、価値を見つけられないのだ。

 

「天文部はマイナー部活だからしょうがないんです。廃部しちゃうかもしれませんが、これからは同好会として頑張ります」


 そんな悲壮感たっぷりな顔で言わないでくれ。


「待て待て。そんなに簡単に諦めるな。まだ数日くらいは日にちもある。最後の抵抗をしてみないか?ほら、1年の教室に興味がある人がいないか探すとか」

「それならもうしてきました。先生がせっかく、顧問になってくれるって言ってくれたのでメンバー3人で一生懸命にアピールしたんですけど、ダメでした」

 

 俯いてしまう彼女に俺は「そうか」と言葉をかけるしかない。

 この子はすごく真面目なのでそれぐらいはしていると思っていた。

 

「……1年生なら誰でもいいのか?」

「誰でもと言うか、星に興味があるのならこちらは歓迎します」

「俺に2人ほど、入ってくれるかもしれない子がいる当てがある」

「ホントですか?」

 

 ここで何か手をうたなければ廃部は免れない。

 可能性は少ないかもしれないが、話をするだけ無駄ではないだろう。

 

「話をしてみるだけしてみるか? 昼休憩、もう一度、食後でいいから職員室に来てくれ」

「分かりました」

 

 さて、俺も俺の出来る事をするとしようか。

 

「うまくいくかどうか、これはある意味、賭けだな」

 

 新たな問題、天文部は廃部を免れる事ができるのか――?

  

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