第1章:故郷の仲間《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
俺は7年ぶりの故郷に教師として再び戻って来た。
初めての校舎内をまず案内をしてくれるという。
「私はこれから用事があるので、他の先生に頼みます」
教頭先生は職員室の中を見渡して、ひとりの女性の先生を見つける。
「村瀬先生。今、いいですかな?」
「はい? 大丈夫ですけど?」
「彼が今日から赴任してきた鳴海君です。校舎内の案内をお願いできますか?」
「へぇ、彼が噂の……? 分かりました」
彼女は机の上の書類をまとめてこちらにやってくる。
教頭先生とは用事のためにここで別れる。
村瀬先生と呼ばれた女性は見た目も若くて美人だ。
生徒にも人気がありそうな容姿、茶髪でウェーブのかかった髪型をしている。
スタイルもよくて、俺としては第一印象は高評価だ。
「初めまして、鳴海朔也と言います」
「私は村瀬真白(むらせ ましろ)と言うの。歳はキミの1つ上だから、お互いに歳も近いし仲良くしましょうね」
にっこりとほほ笑む、初対面の印象はいい人そうで安心した。
先生と呼ばれると自分が教師になった実感がわく。
どうやら、先生同士でも先生と呼びあうのが普通らしい。
「こちらこそよろしくお願いします」
「ふふっ。私も去年を思い出しちゃう。ついに後輩ができた……ちょっと感動」
「頼りにしますよ、先輩」
村瀬先生の案内で俺たちは大まかな教室を回っていくことになる。
「えっと、それじゃまずは職員室から案内するわ。ここが職員室。鳴海先生の机は……そこね。ここ、去年退職した先生の机の場所なの。荷物はそちらにおいておいて。大きい荷物は邪魔でしょう」
俺は自分の机に荷物を置く。
お隣の席が村瀬先生の机らしい。
「先生は多分、私と同じ一年生の担当になると思うわ」
「わかりました。それにしても、ここはあんまり大きな学校ではありませんね?」
「そうね。各学年が4クラスかな。鳴海先生の科目は何かしら?」
「一応、国語系ですね。教頭先生の話では国語全般の担当だと聞いています」
「ふーん。文系なんだ。私は英語教師よ」
挨拶もそこそこに校舎内を案内してもらう。
それほど複雑な校舎構造ではないので、ひとつひとつを見て回る。
「20代の先生って私と鳴海先生を合わせても4人しかいないの」
「全然少ないですね」
「でしょう? びっくりするわ」
教師数の割合的にそれは本当に若手不足だな。
「鳴海先生ってどうしてこの学校に? ここって田舎でしょ。東京から来たって聞いたから気になっていたのよ」
「大学は東京の方でしたが、元はこの町の生まれなんですよ。中学まではこっちで、親の都合で東京で暮らしていました」
「へぇ、そうなんだ? 私も生まれはこの町なの。この学校の卒業生って言うのが縁でね。この学校に来る事にしたんだけど……本当に何もない町よねぇ。最近はちょっと頑張ってはいるけど、田舎には変わりないわ」
彼女はそう言って、苦笑を浮かべる。
確かに若者が遊べる場所も少なく、村瀬先生みたいな若い女性には刺激も少ない町だろう。
「鳴海先生のご家族はまだ東京の方に?」
「えぇ、俺だけこっちに帰って来た形です。村瀬先生は実家暮らしですか?」
「そうよ。うちの親もこの学校の教師で、今じゃこの学校で一番偉そうにしてるわ」
「それって、もしかして校長先生?」
彼女は「正解。やりにくて手仕方ないわ」と言いながら笑う。
そうか、村瀬先生は校長先生の娘さんなんだな。
「村瀬先生がこの町に戻って来たのは親のためですか?」
「就職先をどうしようか悩んでたの。一応、教員免許は単位を取るために持ってたんだ。そうしたら親から田舎の学校に来ないかって言われてさぁ。あっ、別に親が校長だからって変な誤解はしないでね。そー言うのは全然ないから」
一時期、コネやらお金絡みで某教育委員会が揉めた事もあり、世間的にもそう言う目には厳しいのを彼女も理解しているのだろう。
「俺も似たような理由ですから。偶然にも自分の故郷の高校が教師の募集をしていて今に至ります」
「なるほどねぇ。でも、鳴海先生が来てくれてよかったわ。田舎はホントに若手いないから……。鳴海先生、分からない事があれば私に聞いて。先輩として力になるわよ」
「はい。新人なので頼らせてもらいますね」
村瀬先生がそう言ってくれるのはありがたい。
まだまだ未熟な新米教師だ。
覚えなきゃいけない事は山のようにある。
学校内を一通り案内してもらい、俺達は再び職員室に戻ろうとしていた。
「あら? あの子は………?」
彼女はふと立ち止まり、ある生徒の姿に気づく。
その少女は何か大きな箱を持ちながらユラユラとふらついている。
「何か重い荷物でも持っているんでしょう」
「……ちょっと、ごめん。望月さんっ」
彼女は慌てた様子でその子に近づいて声をかける。
どうやら何かしらの事情がある様子だ。
「望月さん。また持たせられてるとか? 大丈夫? また彼女達に何か?」
「村瀬先生? い、いえ、これは違います。ただの部活の荷物運びですから」
「そうなの? もう何もされていない?」
「大丈夫です。先生のおかげで今は普通です。それに皆さん、卒業されましたから」
儚げな微笑みを浮かべる女子生徒。
長い黒髪、小柄で大人しそうな女の子だ。
先生の態度からして何か過去にあったのは伺える。
心配しているって素振りが見えるから事情でもあるのだろう。
「それならいいの。でも、ひとりで運ぶのは大変でしょう」
「今、春休みで来ている部員も少ないので仕方ないんですよ」
女の子には不似合いな大きな箱を抱えている。
どう見ても、大変そうだな。
俺は声をかけるか迷いながら村瀬先生達の会話に加わる。
「……あの、俺が手伝いましょうか?」
「鳴海先生。ごめんなさい、お願いできる?」
「べ、別にいいですよ。これくらい、問題ありませんから」
と、言うものの、か細い腕の彼女も苦労してそうだ。
村瀬先生が押し切る形で荷物をこちらで受け取る。
「ありがとうございます。初めてみる先生ですね」
「あっ、そうね。彼は新学期から赴任してきた鳴海先生よ」
「どうも、鳴海朔也だ。キミは?」
「私は望月要(もちづき かなめ)と言います。新学期で2年生になります」
箱は結構重いので中身が気になるので尋ねてみる。
「この中は? 部活のものって聞いたけど」
「それは天体望遠鏡なんです。私は天文部なんですよ」
「天体望遠鏡って言うと、星を見るアレか?」
俺も詳しくはないが、星を眺めたりする部活だろう。
田舎だと明かりも少なくて星も綺麗に見えるからな。
「この望遠鏡は、先日注文して、さっき届いたばかりの品で……。あっ、こちらです」
特別校舎の中に文化部系の部室が集まっているらしい。
その中で階段を上がった先に『天体部』と書かれたプレートの部屋がある。
「どうも、すみませんでした。鳴海先生、重かったでしょう?」
「いや、これくらいは大丈夫さ」
「ここまでで大丈夫です。お世話になりました、村瀬先生、鳴海先生」
彼女は丁寧に頭をさげて俺達に礼をする。
うむ、今時、挨拶がしっかりできる子はポイントが高いぞ。
「それでは、新学期に。また会いましょうね」
村瀬先生がそう言うと彼女は頷いて答えた。
部室から出た後、俺は少しに気になった事を尋ねる。
「先生、あの子は何かあったんですか?」
村瀬先生の態度、どう見ても変だったからな。
「……前の卒業生、と言うか3年だった子達にイジメを受けていたのよ。文化部って引退の時期が遅いから秋ごろまで部員だったんだけどね。望月は大人しい子で可愛いじゃない。それが気に入らなかったみたいでね」
言葉を濁しつつも、ひどい目にあわされていたのは伺い知れる。
どこにでもイジメなんてものはあるものだ。
特に部活関係だと人生で一番最初の楯社会を経験するからな。
先輩には逆らえずっていうやつか。
「私、初めての副担任があの子のクラスで、相談を受けて、解決するまで付き合ったわ。それで、今もああして気にしちゃって……でも、もう大丈夫そうね」
「今は問題がないと?」
「多分だけど。本人がそう言うのだから信じる」
また何かなければいい、と心配そうに語る先生。
村瀬先生は優しいというか、教師として自覚がある人なんだろう。
「学校社会だと先輩後輩とかの関係で、そう言う事もあるんですよね」
「こういう田舎でもね。一応、ひどいイジメはないけども小さなことはあるわ。子供達をいい方向へ導くのがお仕事だから大変よ」
教師の自覚、それを俺は見て感じ取れる。
「……村瀬先生は優しいんですね」
「え? そ、そう?」
「はい。俺はそう思いますよ。イジメ問題って教師にとっては扱いが大変じゃないですか。被害者も加害者も、どちらの立場の子達にも問題があって……それをうまくまとめていくのは大変だと思います」
苛められている子を保護し、苛めていた生徒を注意する。
単純な話に思えるが、これが教師にとっても難しい問題と言うのは理解していた。
どちらかに偏りすぎれば壁を生み、問題は大きくなるもの。
教師になる前から抱えていた不安の一つを目の当たりにした。
「……他人事じゃないわよ。鳴海先生も頑張ってもらわないとね?」
「そうですね。肝に銘じておきます」
教師と言う仕事は楽じゃない。
それくらいは理解して、自分で選んだ道だ。
大変なのは当たり前、それだけやりがいがあると思わなくちゃな。
「さて、それじゃ、職員室に戻りましょう」
俺もいつかはそういう問題を抱える事になるのだろうか。
教師生活、順風満帆に進めばいいのだが……。




