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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第1部:再会と蒼い海 〈ファーストシーズン・帰郷編〉
26/232

第8章:夢、目指して《断章3》

【SIDE:鳴海朔也】


 降り続く強い雨に濡れた千津。

 いつもの覇気もなく弱々しく俺の家の前に立っていた。

 

「鳴海、先生っ……」

 

 震えるような声で俺の名前を呼ぶ彼女。

 

「千津!? どうしてここに?」

「私、わたし……」

 

 言葉にならない声、嗚咽を漏らす彼女に俺は家の中に入る事を勧める。

 

「とりあえず、家に入れよ。すぐにタオルを持ってくるから」

 

 こんな姿じゃ風邪をひいてしまう。

 だが、彼女はそこから動かずに雨に濡れた唇を開く。

 

「私が悪いの? 私、何も悪くないのに……」

「千津は何も悪くないさ」

 

 そう、今回の問題で彼女は悪くない。

 夢を追い求めていてただけなのだから。

 

「先生、私はどうしたら……いいの……?」

 

 雨の音が鳴り響く、嫌な夜空が広がる空の下。

 彼女は俺に助けを求めにきた。

 

「どうしたら、いいのか……分からないよ……」

 

 俺はそっと彼女の頬に手を触れた。

 冷たい、すっかりと体温を雨に奪われている。 


「話は聞いてやる。だから、まずは家に入れ」


 濡れた身体のままじゃ話もできない。


「――それがいいわね。このままじゃ、風邪を引くわよ」

「神奈? お前、いつの間に……?」

 

 いつの間にか千津の背後には神奈の姿があった。

 俺と千津の顔を見比べて、ある程度、何か事情を察したのか。

 

「お風呂にいれてあげなさい、朔也。私、家から着替えを持ってくるわ。下着はコンビニで。あと適当に何か食べ物を買ってくる」

「悪いな。その辺を頼む」

「……後で事情を教えなさいよ?」

 

 頼りになる幼馴染だ。

 彼女は再び、雨の中へと戻っていく。

 俺はタオルを持ってきて、ひとまず彼女を風呂に入れてあげることにした。

 このままでは風邪をひくと思ったからだ。

 千津がシャワーを浴びている間に俺は濡れた服を乾燥機に入れる。

 

「さて、村瀬先生に連絡をしておかないとな」

 

 携帯で彼女に電話をすると、すぐに出た先生に俺は現状を報告した。

 

『今は鳴海先生の家にいるのね? 私は黒崎さんの家にいるんだけど』

「かなり落ち込んだ様子で、今はシャワーを浴びてます。どうしましょうか?」

『こっちも、母親がずいぶんと落ち込んでるわ。今から迎えに行っても……』

「また衝突でしょう。ここは時間をおくのがお互いにいいのでは? 一晩くらいなら俺も家に泊めてもいいですし」

 

 俺の発言に「……大丈夫?」と怪しむ声の村瀬先生。

 

「心配しなくても、俺一人ではないので」

『あれ? 鳴海先生って独り暮らしじゃないの?』

「今日はもうひとり、別の女も泊りますから、心配せずとも変な事はありませんよ」

 

 神奈には悪いが、うちに泊まってもらう事にしよう。

 事情を説明すればきっと神奈も頷いてくれるだろう。

 

『へぇ、鳴海先生も隅に置けないわね? 恋人?』

「似たようなものです。それでいいですか?」

『うん。それじゃ、鳴海先生に任せようかな。悪いけど、今の私の顔もきっと彼女は見たくないだろうから、そちらには行けなくてごめんなさい。彼女の事、頼んでもいいかしら。こちらはこれから状況をお母様に話しておくから』

 

 俺は「分かりました」と答える。

 現状、時間を置いて冷静さを取り戻すのは必要だろう。


『悪いけど、黒崎のことは任せるね?』

「はい。彼女の事は任せてください」

 

 俺はそう言って電話を切ると、ちょうど神奈が家に再びやってきた。

 手には服の入った袋とレジ袋。

 

「私の昔の服とパジャマ。あと、こちらが替えの下着と夕食の材料。これでいい?」

「助かったよ、神奈。ありがとう」

 

 俺は「これで足りるか?」と金を渡して、彼女から袋を受け取る。

 女物の下着とか、俺には準備できないからな。

 

「あの子、朔也の生徒の子?」

「あぁ。少し事情があってな。今日はこちらに泊める事になった。そこで、神奈に頼みがあるんだけどさ……今日、うちに泊まっていってくれないか?」

「仕方ないわね。大家代行としても未成年とふたりっきりにはさせられないし。万が一にもエッチな漫画のように間違いがあってはいけないわ」

「そこに関しては信頼しろよ。ロリコンじゃないし」

「ホントかしらねぇ?」 


 冗談を言えるのはこいつの機転のおかげだ。

 俺も一人ではないからこそ、冷静でいられた。


「ありがとう、神奈。やっぱり、お前って面倒見よくて優しいな」

 

 俺がそう言うと彼女は「料理するね」と照れ隠しで誤魔化す。

 本当に良い幼馴染を持ったと俺は思う。

 シャワーを浴び終えて千津に服を手渡して、俺はしばらく待つ。

 キッチンで夕食作りをする神奈が俺に尋ねてくる。

 

「最初、アンタの浮気シーンでも見たのかって思ったけど違ってホッとしたわ」

「浮気って何だよ。俺、別にやましいことしてないし」

 

 というか、神奈と付き合ってないのに浮気扱いされてもな。

 会う約束していながら別の相手と変な雰囲気なら誰でも怪しむだろうが。

 

「あの子の名前は?」

「黒崎千津。高校の生徒で、ちょっとした問題を抱えていてな」

 

 千津が俺を頼って家まで来るとは思わなかった。

 家の場所は一度だけ連れてきた事があるので知っていたのだろう。

 

「……こっちは料理しているから、彼女の話を聞いてあげなさい」

「何から何まで感謝する。今度、お礼はするからな」

「うん、デートくらいで勘弁してあげる。ほら、彼女が来たわよ」

 

 風呂場から出てきた彼女は先ほどよりは顔色がいい。

 神奈の用意した服を着ていた。

 俺はソファーに座る事を促すと彼女は視線を俯かせて座る。

 

「……少しは落ち着いたか、千津?」

「いろいろと、ごめんなさい。先生しか頼れる人がいなかったの」

「気にするな。今日はもう遅い。うちに泊まるといい」

「ありがとう。あの人は先生の恋人なの?」

 

 キッチンで料理をする神奈に視線を向ける彼女。

 俺は神奈には聞こえない声で「似たようなものだ」と答えておく。

 

「それで、どうしたんだ? 何があって飛び出した?」

 

 俺も実際の話はよく分からないのだ。

 千津とお母さんが言い争いをした、それだけしか知らない。

 

「村瀬先生と母と3人で話したの。学校を休んだりしている理由を説明させられた。原因を作ったのはお母さんだって言ったら、反論されて。私も抑えなくなって、言いたい事全部言っちゃって……だって、私は悪くないのに」

 

 今まで彼女なりに抑えてきた感情があったのだろう。

 自分の環境が悪いのはタイミング悪く離婚した親のせいだ、それを言えずにいた。

 もちろん、離婚だけが全て悪いわけではないだろうが、一番の原因だろうからな。

 

「そうしたら、お母さんも怒りだして。私、こんな学校をやめてやるって……また来年に私立へ入学し直すって言ったら、そんな恥ずかしい真似はさせないって。あの人は結局、私の事なんて全然考えてなかったのよ」

 

 か細い声で怒りを見せる千津。

 普段と違い、本当に今日は精神的にも参っているようだ。

 

「あの人は体面だけしか気にしてない。私の夢もバカにして、何も応援せずに否定ばかりして……結局、あの人が大事なのは自分と仕事なの。もう嫌だ、本当に嫌になった……私、あの家から出ていきたい」

「そうか。そんなことがあったのか。それで学校を飛び出してきた、と?」

「どこにも行く場所なくて、つい先生のことを思い出して……ここに、きたの」


 事情は大体把握した。

 そういうことがあったのか。

 

「千津の判断は悪くない。俺も村瀬先生から連絡を受けて捜しに行こうとしてた所だったからな。下手にどこかに行かれるより全然よかった」

 

 俺はぽんっと軽く彼女の頭を優しく撫でる。

 俺を頼りにしてくれていると言うのは嬉しい事でもある。

 落ち込んだ彼女に何を話しかければいいのか、迷いながら、

 

「千津は今の高校が嫌いか? 田舎の高校で、通う価値もないと?」

「そこまでは言わないけど、レベルが違うじゃない。本当に外交官を目指しているから、中途半端な事はしたくないの」

 

 実際に千津はかなり成績優秀で、良い環境ならきっと一流大学にも進めるだろう。

 そのためにはここでくすぶりたくない、と彼女は思っているようだ。

 それも一つの考え方だと思うし、全てを否定できる事でもない。

 

「一年留年しても、別の高校にいくケースもないわけじゃない」

「確かに。それも選択肢のひとつかもしれない」

 

 さすがにうちの高校からの中途編入は無理だろうから、一から入学し直すと言う事なら出来るかもしれない。

 退学して、一からやり直す。

 それも自分の夢のためには必要な事かもしれない。

 だけど、俺は彼女に別の選択肢を進めてみる。

 

「千津はうちの学校では夢は叶えられないと思い込んでいないか? 本当にここではダメなのか? 環境は確かにそれほどよくないが、勉強さえすればどこからだって、夢は叶える事ができる。そう思わないか?」

「鳴海先生まで、どこかのおばさんと同じ事を言わないでよ」

「村瀬先生、な。おばさん扱いは本気で凹ませるからやめてあげてくれ」

 

 あんまりそう言う発言をすると、いつか本気で泣かれるぞ。

 もうすでに人間関係の板挟みで泣きかけてるのに。

 

「人生、悪い方にしか行ってない気がする……。私、もう本当に嫌になってきた」

 

 親も学校も、何もかもが悪い方向へ行ってるように感じる。

 その心はきっと彼女にしか分からない痛みだ。

 慰める言葉は意味がないだろうが、俺は言わずにはいられなかった。

 

「……そんなことないさ。人生ってのはなるようになるものだ。よく言うだろう。ピンチはチャンス、見方次第で変わるってな」

 

 人生は思うように行かない。

 その事を俺自身も身にしみて感じているくせによく言う。

 だからこそ、俺も彼女に言えるのかもしれないが――。

 

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