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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第1部:再会と蒼い海 〈ファーストシーズン・帰郷編〉
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第7章:つまずきの石《断章3》

【SIDE:鳴海朔也】


 人間は誰だって、つまずく時がある。

 思い描いていた夢があって、それが実現できずに挫折してしまうこともある。

 現実はいつだって厳しいものだ。

 百人いて、本当に自分の夢をかなえられる人間は何人いるだろうか。

 ほんの数%の人間しか、夢を叶えられないのではないか。

 人間、夢を叶えるために、努力して頑張っても叶わない夢がある。

 人は誰しもつまずき転ぶ……つまりは挫折するものなのだ。

 だが、そのつまずいた石を責めても意味はない。

 むしろ、そのつまずきの石につまづいた意味をよく考えるといい。

 なぜ、自分はつまづいてしまったのか。

 挫折したことはは、立ち止まり考えるきっかけにするといい。

 人間はつまずき転んで、立ち上がった時に何かを得るだろう。 

 見方を変えれば、ピンチがチャンスになるように。

 一度つまずいたからと言って躓く事を恐れてはいけない。

 

「……何ていうのは綺麗事か。現実問題、そんなに世の中は甘くない」

 

 俺は購買でパンとジュースを購入して進路指導室に戻る。

 あのふたり、まだ言い争いをしてそうだ。

 昼休憩も半ばを過ぎたので、仕方なく俺はこうして昼食を調達してきたというわけだ。


「あのまま言っても意見は平行線だろうからな」


 何のために学校に通うのか。

 その意味を千津は見失っている。

 勉学のため、それは当然だろう。

 だが、それ以上に高校と言う場所には意味があるのだ。

 

「先生の言う事は正しいが、それで子供は納得しない。つまずき転んでいる時に、手を差し伸べる救いはどこかで必要だ」

 

 本当なら自分で立ち上がる事が理想だが、誰もが転んだ痛みに立ち上がれない事が多い。

 その時に手を差し伸べてもらえるだけで、救われる人もいる。

 

「千津の話をもっと聞かないと判断がつかないな」

 

 俺はそう思って、進路指導室の扉を開けようとする。

 

「……これ以上、話はしたくないっ!」

 

 千津の荒げる声が聞こえたと思うといきなり扉が開いて彼女が飛び出してくる。

 

「うぉ!? ど、どうした、千津、って、おーい」

 

 廊下を走って去っていく彼女。

 俺は部屋でひとり頭を抱える悩める村瀬先生に目を向ける。

 

「うぅ、やっちゃった。何を逆に怒らせてるのよ、もう……私のバカぁ」

 

 マジ凹みする彼女。

 説得するつもりが怒らせてしまったようだ。

 彼女に俺は買ってきたパンとジュースを差し出した。

 

「俺のおごりです。これでも食べて元気出してください」

「鳴海先生、ありがとう。はぁ、やっちゃった。私、頭の固い教師にはなりたくなかったのよ。正論ばかり押し付ける嫌なタイプの教師にだけはね。それなのに、実際、生徒を指導すると当たり前の事を押しつけちゃうの」

「それが教師と言うか、大人の対応でしょう。先生は悪くありませんよ。それで親御さんには相談するんですか?」

「……しなくちゃいけないでしょうね。このままでいいとは思えないもの」

 

 先生はそう言って、「また私の授業、サボられる」と嘆いていた。

 

「鳴海先生はまだ教師としての新生活が大変でしょう。いきなりこういう問題で大変だから、無理しないでいいわ。私一人で何とかするから」

「……それじゃお願いします」

「やっぱり待って!? あっさり見捨てないでよ、副担任じゃない!?」

 

 俺のスーツをつかみながら、すがりついてくる彼女。


「一人じゃ大変だから嫌なの。副担任でしょ、ちゃんと手伝ってよ」

「……先輩らしさはどこに?」

「私もまだ新米なんですっ。2年目教師にそんな過度の期待しないで」

「自分で言っちゃった!?」


 やはり一人では対応するのも不安なんだろう。

 俺も彼女もまだ教師生活は始まったばかりだ。

 経験という意味でも、乗り越えるべき試練なのだろう。

 

「村瀬先生、親御さんへの連絡は任せます。千津の事は、俺に任せてもらえませんか?」

「そう言えば、何で名前で呼んでるの?」

「そう呼んで欲しいと言われたんですよ。彼女、親とは相当仲が悪いようで、名字で呼ばれるのも嫌そうだったので。俺には過去の経験的に千津の気持ちは少し理解できます。だから、そちらは任せてもらえますか?」

 

 俺の提案に村瀬先生も頷く。

 

「どうせ、私がいくら話しても聞いてくれないし。話が出来る鳴海先生に任せるわ。その代わり、報告はしてよね?」

「分かりました。それじゃ、俺は彼女を探してきます」

「探す? もう帰っちゃったんじゃないの?」

 

 彼女の問いに俺は「どうでしょうか」と笑って答えた。

 

 

 

 

 俺は多分いるであろう場所へと向かっていた。

 階段を上り、重い扉を開けた先に広がる一面の青い空。

 吹き込む風は涼しくて、春の穏やかな太陽の日差しを感じる。

 学校の屋上は人気も少ない、逃げ場にはもってこいの場所だ。

 そして、フェンスにもたれるように座る女の子がひとり、そこにいた。

 

「……こんなはずじゃなかったのに」

 

 そう呟く彼女、その言葉の意味は安易に予想できる。

 

「どんなはずだったんだ、千津が思い描いていた未来は? ぜひ聞かせてくれよ」

「……何でここにいるのよ?」

「俺ならどうするかって考えてみた。教室にはすぐには戻りづらい。家に帰るにしても、時間を潰しておきたい。それならどこに行くか。人の少ない屋上へ行ってみよう。学校案内を休んでいたのに、よくこの場所を知っていたな」

 

 俺がそう尋ねると彼女は「何となく」と答えた。

 先ほどと違い、意気消沈している千津。

 正論を突き付けられた事が悔しいのだろう。

 誰だって分かっている事をあえて言われるとムッとくるものだ。

 分かっている、だけど、苦しい。

 その痛みを分かってやらないダメなんだけどな。

 

「……ほら、パンとジュース。昼飯はまだだろう」

「これを買いに部屋を出たの?」

「おぅ。飯を食べながらならまだ話し合いになるかと思ったが、その前に話が終ってた。村瀬先生に何か言われたのか?」

 

 俺もパンの袋をあけて、メロンパンをかじる。

 彼女も同じようにしてパンを食べ始めていた。

 お腹がすいていると言っていたのは嘘ではなかったらしい。

 

「あのおばさん、ムカつくのよ。頭ごなしに学校に来い、授業に出ろ。親に告げ口する、そればっかりで嫌になる」

「……おばさん言うなって。せめてお姉さんにしてあげてくれ」

 

 あの年頃は女性にとって微妙な年代なんだから。

 

「親と話すのは嫌いか?」

「私の受験の邪魔をした相手を許せるわけない。自分勝手に喧嘩して、私の事なんて全然考えてもくれなくて。挙句の果てにあのタイミングで離婚ってふざけすぎにもほどがあるわ」

「そこには同情するよ」

「おかげで、私立校の受験はできなかった。その後だって、何かもダメになって……こんな高校くらいしかこれなかったの」

 

 そりゃ、親を憎みたくなるだろう。

 少なくとも両親も親としては最低限の責務は果たすべきだった。

 子供のために、それを第一に考えるべきだろう。

 離婚しなくてはいけない環境の悪化、それは理解できるが、その影響を受験と言う子供が頑張っている事を無視して行うのはいかがなものか。

 タイミングが悪かった、本当にその言葉につきる。

 

「私は母親に引き取られた。でも、あの人は仕事ばかり。私の事なんて気にもしない。親に話した所で意味なんてないの」

 

 正論ならば、親に育ててもらってる以上、子供は親には逆らえない。

 だが、俺はそんな正論を言う気はない。

 

「親の責務って何よ? 子供の受験の邪魔をする事? 夢をぶち壊す事?」

「……確かに。本当の理解のある親なら、千津の夢を壊す真似はしない。応援してやるのが親の務めだと思うぞ。普通ならな」

「そうでしょう? なのに、あの人達は自分たちのことしか考えてないの。いつだって面子とか周囲を気にしてばかりいて……私の事なんてどうでもいいのよ」

 

 今なら聞けるかもしれない。

 俺は紙パックの紅茶を飲む千津に尋ねて見た。

 

「千津のなりたい夢って何だ? 一流大学に入りたい、その夢は?」

「笑わない?」

「笑うものか。俺は夢にはロマンを持つ男だ。そして、夢を叶えた男だぞ」 

「……外交官になりたい」

 

 思ってみなかった職業が彼女の口から飛び出す。

 それは素直にすごいと思うぞ。

 

「おっ、すごいじゃないか。中々、普通の高校生には言えない夢だな。世界を舞台にした夢か。すごいな、俺には想像もできないすごい夢じゃないか」

 

 俺がそう言うと彼女は気恥ずかしさを見せる。

 

「笑わないんだ?」

「何で俺が笑うんだ? 良い夢じゃないか。誰にでも出来る仕事じゃない。語学の勉強とかいろいろと大変だが、良い夢だと俺は思うぞ」

「初めてそう言われた。皆に話しても『無理』とか笑われること、ばかっかりだったの。私、国際的に働きたいって夢があって、それで一番理想的な仕事が外交官だって思った。中学の時からずっと目指していたんだ」


 町議会とはいえ両親が政治家ならば、子もそういう世界に憧れるのかもしれない。 

 それだけ大層な夢があれば、一流大学に入りたい理由も分かる。

 叶えたい夢があり、千津はその夢をかなえようと自分なりに努力している。

 だが、思わぬところで挫折してしまった。

 こんな田舎の高校では夢を叶えるのは正直言って難しい。

 何だかんだで高校の勉強のレベルは重要になってくる。

 一流の大学に行くにはそれなりの環境が必要なのだから。

 

「……鳴海先生の昔の夢は何だった? 夢をかなえたって言ってたよね」

「俺か。俺は教師だよ。俺の人生を変えてくれた人がいてな、その人が中学の時の教師だった。だから、なろうと思って色々と頑張った。結果、こうして片田舎の高校だけど、教師になることができたんだ」

「そうなんだ」

「可能性はゼロじゃない。どんな所からでも夢を追い続ければ、夢は叶えられるさ。やる気さえあれな何でもできる」

 

 俺の言葉に彼女は「私も叶えたいよ」とどこか納得したような顔を見せる。

 春の穏やかな日差し。

 俺達は食事を続けながらしばらくの間、涼しい風を感じなら屋上にい続けた。

 結局、その後、村瀬先生に会うのが嫌だったのか、千津は学校から帰ってしまった。

 まだまだ彼女とは話し合いが必要なようだ。

 どうしても叶えたい夢がある。

 その夢を叶えるようにしてあげるためには、教師としてどうすればいいのだろう?

 

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