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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第11部:人魚が見た輝き 〈伝承編・鳴海彩音END〉
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第3章:いざ、人魚の島へ《断章3》

【SIDE:鳴海彩音】


 恋波さんが案内してくれたのはまず、黒重神社だ。

 小さいながらも、しっかりとした作りの本殿。

 無人島の神社とは思えない。


「この社も江戸時代に作られたものなんですか?」

「一部は当時のまんまらしいけど、中の方とかは一度台風で壊れちゃって、昭和時代に補修されたって聞いてるよ。今じゃ年に数回程度しか来ないほど、ほぼ放置だから傷むのも早いんだって」

「なるほど。古い建物は維持が一番難しいですからね」


 宮司さんいわく、この神社は海の守り神として祀られている。

 豊漁と安全祈願、海の街を神社は見守ってくれているのだ。


「美浜町は海の産業が栄えている町ですから、この神社もとても大事にされてきてるんでしょう。海の守り神ですから」

「あと、この島が町の皆から神秘の島扱いされてたのもあるんだと思うの」

「ここには容易に近づけないゆえに、ですね」

「人魚の島か。確かに島があるのはずっと知ってたけど地元住民でもこの島に渡る気かいなんて滅多にないことだからな」


 朔也君も長年住んでいても知らなかったくらいだ。


「ただ、この島と神社の事をもう少し知名度を上げるべきだよねぇ」

「簡単に渡ってこれないんだ。仕方ない事だろ」

「島の維持も結構大変なわけで。私とお姉ちゃんの代になった時が不安なの」


 民話、伝承とはその地に住む人間に受け継がれていくもの。

 誰かが語り継がないと古い話なんて簡単に消えてなくなってしまう。


「人魚伝説を大々的に町おこしのひとつとして利用してもらえたらいいのに」

「そう言う動きはないのか?」

「お父さん辺りが今、動いてるみたい。せめて、片倉神社の方にでも、人魚で伝説として観光客に来てもらえるようにならないと神社の経営としても苦しいのです」


 田舎の神社としてのリアルな悩みもあるようだ。

 いずれ、恋波さん達が次の世代として、伝承も語り継ぐ立場になる。

 この島も人魚の島としてずっと住民から民話を語り継ぎ、神社を維持されてきたこそ、今があるのだから――。


「さぁて、次は灯台の方へ行こうか」


 灯台の方に移動すると、見上げるほどの人工物が見えてくる。

 古いながらも灯台としては今も残り続けていた。


「こちらが美浜灯台。今は使われていないけど、昔は役に立ってたみたい」

「灯台って今はどこも無人化しているらしいな」

「船自体の設備もいいですからね。必要がなくなっているんでしょ」


 古びた灯台はかつて漁船を照らし、その航行を見守っていた。

 今のように漁船の設備もよくなかった時代は灯台を頼りにすることも多かった。


「思ったよりも大きいな。中に入れるのか?」

「入れるけど、鍵は神社の方にあるよ。中に入っても特に面白くもないしパス」

「いざという時はここに入れって斎藤も言ってたな」

「非常食とか置いてるだけの倉庫扱い。今回は用事がない場所だよ」


 この島には建物と呼べるものが灯台と神社くらいしかない。

 昔は倉庫の小屋もあったそうだが、台風の被害で潰れて再建されていないそうだ。


「あれ?」


 私が気づいたのは灯台の横にある小さな岩だった。

 灯台の片隅に石が立てられている。

 それは石碑にも見えた。


「何かの石碑? それにしては飾られている様子もないし」

 

 何かしらの文字が刻まれているわけでもない、ただの石。

 それなのに、これに何かの意味があるように思えるのはなぜ?


「お墓にも似ているけども……何なのかしら?」


 一応、それも写真で撮っておくことにする。 

 こんな何の意味もないものが実は意味があったりすることもあるのだ。

 灯台の周りをぐるりと回った後に恋波さんは、


「黒重島、巡回ツアー。最後は人魚伝説の場所へ連れていきます」

「人魚伝説の場所?」

「例の漁師が人魚と一緒に朝陽を見た場所の事。ちゃんとあるんだよ」

「ホントに? ただの伝説じゃなかったのか」


 神社の方に再び戻り、今度は港と反対方向の道を進む。

 道として整備がかろうじてされている程度で足場が悪い。


「ここから先は足元に注意してね」

「この先は崖じゃないのか?」

「降りられる道があるんだ。ただ、転んだら海にドボンってなるので要注意」

「要注意どころか命の危機だな。気を付けよう」


 朔也君の手を借りながら、私は崖沿いの道を下る。


「大丈夫か、彩音?」

「私は元登山部だよ。この程度は慣れっこなの。そっちはどう?」

「逆に俺の方が心配される側かよ。俺も平気だ。おや、ここは?」


 崖の下へと降りると、そこは開けた場所だった。

 ごつごつとした岩が広がりながらも、海が綺麗に見える。

 長年の波の浸食で削られたのだろうか。

 大岩に空洞のように穴があいて、そこから向こうの景色が覗ける。


「今までと違った雰囲気で、海が美しく見える場所ですね」

「ここが人魚伝説の場所なのか、恋波ちゃん?」

「イエス。と言っても、実際に私も朝陽は見た事がないんだけどねぇ」


 この場所こそが伝承で人魚と共に朝陽を見た場所だと言うことになる。

 昔の人はここに人魚の痕跡でも感じてあのような伝承を残したのか。

 それとも本当に人魚と遭遇したのか。

 どちらにしても、ただの作り話ではなさそう。

 何かしらの経験をここでしたことが伝承のきっかけになったのね。


「方角的には朝陽が見えそうなのであながち間違いではなさそうですね」

「……素敵な可愛い人魚姫はいずこに?」

「本物がいたらびっくりだよ」


 船が難破した漁師は暗闇の海をさまよい、人魚に助けられた。

 そして、この場所で人魚と一夜を共にした。


「伝承として残るほどに、美しい場所には違いない」

「作り話ではあると思うんだけど、ホントに人魚とかいそうな雰囲気だよね」

「人魚ならここにいるぞ。さぁ、彩音。水着姿になって――ハッ、岩を持っちゃいけない。て、手を離しなさい、それじゃ黒重島殺人事件になってしまう!?」

「いいんじゃない。人魚伝説殺人事件、よくあるサスペンスものでありそうだもの。無人島ですから証拠も残さず朔也君をやっちゃえます、うふふ」


 私がにこやかに言うと、「冗談に聞こえないんですけど」と彼は拗ねた。


「先生って彩音さんと仲が良いね?」

「今のどこを見たらそう思うんでしょうか」

「え? だって、彩音さんって先生をいじってる時はすごく楽しそうだもの」


 恋波さんの言葉に私は「楽しい?」と逆に尋ね返してしまう。

 私達の関係はずっと前からこういう関係だ。


「お兄さんをイジメて楽しむ妹みたいな構図なのだな」

「人をイジメてるのは貴方でしょうに。朝からひどい目にあわされてます」

「可愛い子ほどイジメたくなる。男の悪い性質さ」

「朔也君が単純に女の子に意地悪しちゃう性格なだけでしょ」

「否定はしませんけどねぇ。彩音は反応がいちいち暴力に訴えかけるから怖い」


 肩をすくめられてしまう。


「呆れたいのは私の方だってば。ん……少し風が強くなってきたね」


 吹き込む風が強く、波打ち際も、激しく波がぶつかる。

 急に天気も悪くなり始めてきた。


「曇ってきたねぇ。この辺は風の影響を受けやすいから危ないかも」

「そろそろ戻るか? 彩音も満足しただろ」

「そうだね。人魚の島、貴重な光景も見せてもらえてよかった」


 私は何枚か写真を撮り、その場を後にすることにした。

 再び神社に戻ると、朔也君は「帰るか」と帰り支度を始める。

 時計を見ればいつのまにか3時半過ぎだった。


「斎藤に連絡して迎えにきてもらおう」


 迎えの船を呼んで、それで終わりのはずだった。


「……あれ、斎藤が電話に出ないな。桃華ちゃんにかけてみるか?」


 船を手配してくれていた斎藤さんと電話が繋がらない。

 そんなやり取りをしていると一時間ほどが経過する。

 そのわずかな時間が私達の命運を分けた。


「ようやく、電話が繋がったぞ。おーい、斎藤迎えにきてくれ」

 

 しかし、電話の向こう側で斎藤さんは困惑した様子で、 


『それがだな、鳴海。すまん、俺が寝過ごしたせいでマズい事になった』

「……どういうことだ?」

『一応確認だが、今、お前らの外の状況はどういう状況だ?』


 そう、外は風が強く吹き、扉を大きく揺らしている。

 先ほどの青天も一転、今にも雨が降りそうな曇り空に変わっていた。

 この一時間でずいぶんと状況が悪化していた。


「めっちゃ悪天候ですが」

『予想外だよ。朝は大丈夫だと思ったんだが、急に天気が崩れやがった。悪天候のせいで、黒重島の周囲は波が荒くて近づくのも大変だ』

「……マジっすか。おいおい、どうするんだよ」

『風がキツイのが一番マズい。無理すればお前らを回収できるだろうが、逆に危ないだろうしな。悪いがそこで一泊してもらえないか?』


 ハプニング発生。

 それは、私達の思いもしない展開だった――。

 

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