第2章:フィールドワーク《断章3》
【SIDE:鳴海彩音】
真夏の海、浜辺から眺める海の景色は開放感がある。
潮風の香りが海に来たのだと実感させてくれる。
なのに、私の心が微妙な心境なのは彼のせいだろう。
「イイねぇ。美人ふたりの水着姿って言うのもありです」
下心満載で、屈託のない笑みを浮かべる朔也君。
サムズアップされるとムカつくのでやめて欲しい。
「そこまで下心に溢れた笑顔を見せられる従兄が恥ずかしいよ」
私は呆れかえりながらも、自分の水着姿を彼にさらすのだった。
千沙子さんが私達を誘ったのは海だった。
『この年齢になると海に行くのも友達を誘わないといけないのよね』
『ひとりだとナンパもされちゃう危険があるからだな』
『それもあるけど、お一人様って寂しすぎる人生だと思わない?』
そんなわけで海に遊びにやってきました。
黒色のビキニ姿の千沙子さんは女性の私から見ても美しい。
細い体つきながらもスタイルはよく、まるでモデルさんみたいだ。
「千沙子は人気ものだからな。俺が守ってやらねば」
「はっ。送りオオカミ決定の人に言われても」
「なんか、彩音の中での俺の評価が下がってないか」
何を今さら。
これまでに上がるイベントがひとつでもあったのかと逆に聞きたい。
「ふふっ。私としては朔也クンが守ってくれると嬉しいわ」
私と正反対にご機嫌な彼女。
こんなダメそうな人に好意を抱くのは心配になります。
千沙子さん美人さんなので朔也君でも男避けにはなるらしい。
これだけ綺麗な人だとナンパとか普通にされそうだもの。
「……千沙子さん、スタイルもよくていいですね」
「ありがと」
「んー。彩音だって、良い感じに男の情欲をそそるぞ」
「い、言い方が他にあるでしょうが!」
朔也君に色々と期待すると間違いだと私はこの町にきて2日目にして知る。
「くすっ。朔也クンと彩音さんって従兄妹と言うより兄妹みたいね」
「よく言われるよ。昔はこうみても、お兄ちゃんと呼び慕ってくれていたのにな」
「……今も慕う気持ちはあるのに、それを失わさせてくれているのは朔也君です」
「彩音は照れ屋さんなのだな」
違います。
女好きでどうしようもないのは彼の大学生時代から変わってない。
社会人になってちょっとは変わったのかと思いきや、根底は変わってないみたい。
変わってほしいと期待したのは、私自信が彼にそう願っている心があるせいか。
……鳴海家の親族として、これ以上恥をかいて欲しくないだけなのか。
どちらもな気がするわ。
「さぁて、ひと泳ぎするか」
「……足をつって溺れろ、海の底に沈んでしまえ」
ぼそっと私が小声で朔也君に呟く。
「お、おいおい。物騒なことを言うなよ。あの俺のお嫁にさんになりたいと言ってくれていた頃のピュアな彩音はどこにいった」
「そう言う人の黒歴史を掘り返す人は嫌いです」
「黒歴史って……あの頃みたいな純粋な彩音が可愛くて好きだったのに」
兄妹。
私達は確かにそう言う関係に近いのかもしれない。
海で泳ぐのは久しぶり。
足のつかない感覚で泳ぐことに慣れるまでに少しかかった。
けれど、泳ぎ自体は元々苦手ではないので、海で泳ぐことを楽しめる。
「彩音、意外と泳ぎが上手じゃないか」
「楽しめる程度にはね。朔也君は昔からこの町に住んでいただけあって上手じゃない」
「そりゃ、そうさ。この町で泳げない奴なんていない」
綺麗な海がこんなに近くになるんだもの。
誰だって泳げるくらいにはなるものね。
「昔の話だけどさぁ、俺が彩音に泳ぎ方を教えたんだぜ」
「いつの頃の話?」
「彩音が来た頃だから……俺が5、6歳くらい頃か?」
「……泳ぎを教わるも何も、まだちゃんと泳げない時期でしょうが」
朔也君いわく、浮き輪に掴まる私と戯れた記憶があるらしい。
お姉ちゃん達と一緒に遊び疲れるまで付き合わされたようだ。
これだけ広い海なら当時としても開放感があって楽しかったんだろう。
「私がここに来た事があるのは聞いてるけども、記憶にはないの」
「残念だな」
昔の記憶なんてなくなるのが普通でしょ。
まともに覚えてる方がびっくりだ。
「朔也君はよく覚えてるね」
「あの時、彩音と初めて顔を合わせたからな」
「そうだっけ?」
「親戚の集まりで上のお姉ちゃんとかはよく遊んでくれたけど、まだ小さかった彩音は集まりにも出てこなくてさ。初めて、会ったのがこの美浜町に来た時だよ」
そうだったかもしれない。
私の記憶の中で朔也君と最初に出会った頃の記憶は覚えていない。
ただ、姉につれられて海で男の子と遊んだ記憶が薄らと蘇る。
「つまり、彩音は鳴海三姉妹の中で隠しキャラだったわけだ」
「人を隠しキャラ扱いしないで。確かに、大人しい方ですけど」
「あーあ、上のお姉ちゃん達のように彩音もお嫁さんに行ってしまう日が来るのか。やだぁ、想像したくない。ふたりのようにデキちゃった婚はショックが大きいからやめてくれ。憧れのお姉さんがデキ婚した時、結構ショックだった」
「……将来、デキ婚しそうな人に言われても」
確かにうちの姉はふたりとも独立と結婚が早かった。
そのせいか、両親は私の事を今でも可愛がってくれている。
大学でも一人暮らしをせずに実家暮らしのままだ。
「まぁ、私に結婚は無理かもね。将来、就職して職場結婚を目指して頑張る予定」
「職場恋愛はもつれた時がきついからやめた方がいいぜ」
「真顔で諭されると重みがある言葉だね。既にやっちゃいましたか?」
「俺の友人の体験です。決して俺の実体験ではない。白い目で見ないで」
そんな話をしていると、千沙子さんが「朔也クン」と彼に抱き付く。
突然のことで、私は驚いてしまった。
平然と朔也君に抱き付ける千沙子さんの行動力って……。
「二人だけの世界を作らないでほしいわ。私もいるのよ、朔也クン?」
「千沙子、距離が近い。おっぱいが当たってます」
「朔也クンにアピール中ですから。当ててます」
「積極的なアピールは歓迎するが従妹から超睨まれてるので勘弁してくれ」
千沙子さんは朔也君に異性として興味があるらしい。
人前で堂々といちゃいちゃと肌を触れわせたり、抱き付いたり。
鼻の下を伸ばして、デレデレとする朔也君が情けない。
ホント、バカじゃないの?
「別に睨んでません。呆れてるだけ」
「嘘つけ!? こっちを『バカじゃないの?』って顔で睨んでおったでしょうに」
「私の心を読んだね。まさにその通りです」
さすが従兄、私の思考をよく分かってくれました。
「ぐふっ。従妹からバカにされるのはキツイや。千沙子、そろそろ離して。あんまり抱き付かれると、いろんな意味で海から出づらくなるぜ」
「えー。だって、朔也クンが彩音さんの方ばっかり見つめるから妬けちゃって」
「従妹相手に本気で露骨な視線を向けるわけがないでしょうが」
千沙子さんといちゃいちゃする姿に私は少し不機嫌気味だった。
その不機嫌な理由はいまいち自分でも分からない。
「何だろう、このモヤモヤする気持ちは……」
変な胸の苦しさを覚えつつ、私は彼らから視線を逸らすのだった。
私はふたりに断って、先に海から上がる。
かき氷でも食べたくて、出店の方へ行こうとすると、
「こらぁ、あゆみちゃん。砂だらけで歩こうとしないの」
「えー。だって早く遊びたいもんっ」
「ほら、一度シャワーを浴びましょう。良い子だから大人しくしてね」
「はーい」
水着姿の子連れ、お母さんが渋る娘を抱き上げていた。
砂だらけの子供が可愛らしい。
いわゆる、砂のお城でも作っていたのかもしれない。
「私もああいう風に遊んだことが……あれ、シャワー?」
人間と言うのはどうでもいい記憶を覚えているもので。
なぜか、海で遊んだ記憶は覚えてなくても、シャワーを浴びた記憶が蘇る。
『朔也くんー』
『ほら、彩音。砂だらけだし。じっとして、シャワー浴びれないよ』
『やだぁ。あははっ、くすぐったい~』
お互いに全裸で朔也君と一緒に海の家の横にあるシャワーを浴びた。
『あれぇ、朔也くん? ねぇねぇ、どうして男の子は女の子と身体が違うの?』
初めて男の子の裸を見て、不思議な感覚でいろいろと悪戯してみたりして。
散々彼を困らせたいろんな意味でヤバい思い出でした。
「あ、ああああああああ。ぐ、ぐはぁ……」
幼い頃の記憶とはいえ、思い出すとロクでもない話である。
私は砂に足をつけて深刻なダメージを受ける。
「さ、朔也君を全然笑えないんですけど」
過去の私、何をしでかしてましたか。
だって、男の子の裸をはじめて見たんだもん。
色々と興味があったのはしょうがないし、当時は無垢な幼児だもの。
時効とはいえ、いろいろとやらかした過去は消し去りたい。
「この町に来て、最初に思い出すのがこの記憶って……私が変態ですか」
がっくりと肩を落としながらかき氷を食べに再び歩き出す私だった。
その日、食べたかき氷はすごく苦い味がしました。
ちなみにその話を、その夜に朔也君になんとなしに話してみると、
「あー、彩音に俺の身体をいじくり回された件ね。詳細はともかく、やられたことは覚えてる。小さい子のする事だから気にしてないけどさ。ひどい目に会ったぞ」
「うぎゃー。忘れて、忘れて。死んじゃいそうだから忘れてください」
「子供の裸なんて覚えてませんよ」
相手も覚えてるなんて最悪だ、死んでしまいたい。
「それでも気にすると言うのなら、その記憶を上書きするために、一緒に今からお風呂に入ろう。裸の記憶は裸で――ぎぁあああ!」
不謹慎発言するので思いっきりティシュペーパーの箱を顔面に投げつけた。
とにもかくにも、恥ずかしい記憶や嫌な記憶は記憶に残りやすいもの。
……はぁ、蒼い海の想い出なんて嫌いだわ。