第2章:フィールドワーク《断章2》
【SIDE:鳴海彩音】
片倉神社での約束もしてもらい、私のフィールドワークは順調に進んでいた。
「腹が減ったし、お昼にしようか」
朔也君が海沿いの通りにあるカフェへと入る。
オープンテラスの素敵なカフェ。
可愛らしい店員さんが出迎えてくれた。
「こんにちは、朔也さん。今日は素敵な彼女をお連れですね?」
「お連れですよ。由愛ちゃんも今日も可愛くて……いてっ」
「誰が彼女か。私は彼女じゃないので否定して」
「細かい事を気にする子だな。まったく。由愛ちゃん、この子は俺の親戚の子なんだ」
穏やかで天然そうな女の子。
年齢は私と同じくらいだろうか。
「そうでしたか、ふふっ。よく似ている兄妹みたいに見えます」
「……それはそれで嫌だわ」
「いや、それくらいは歓迎しろよ。俺と彩音はよく似ていると昔から言われてただろ。顔つきとか似てるから実兄妹だと親戚でも思われるくらいだ」
確かに、鳴海家の顔立ちと言うべきか、容姿は親戚ながらも似ている方だ。
昔はそれが嬉しかったものだけど、今はちょっと困る。
「私は星野由愛と言います。お名前を聞いてもいいですか?」
「鳴海彩音です。うちのダメ従兄が迷惑をかけますか?」
「かけてねぇよ。彩音、俺をダメ従兄扱いするのはやめてくれ」
私の頬を引っ張りながら、彼は「俺の印象が悪くなるじゃないか」と咎める。
この子の前ではいい恰好をしたい様子だ。
「自業自得でしょ、朔也君」
「いえ。朔也さんは迷惑をかけるような人ではありません」
「え?」
「いつもお世話になってるんですよ。優しいお兄さんみたいな存在なんです」
キラキラとした純粋な瞳。
この天使のような女の子が眩しく見える。
いかにも天然&純粋な朔也君好みだ。
「ずいぶんと信頼されてるんだね」
「昔の彩音もあれくらい純粋に俺を慕ってくれていたのに」
「……その信頼を裏切ったのは朔也君自身だと言う事をお忘れなく」
私だって好きでこうも彼に愛想がつきかけているわけではない。
きっと今だって私の中には彼への想いが眠ってる。
席に案内されて、お勧めのお昼のランチセットを頼んだ。
「この店はよく来るの?」
「お昼を食べる時によく利用するかな。由愛ちゃんにも会いに来たいし」
「朔也君、会うたびに綺麗な女性が多いのは気のせい?」
「気のせい、気のせい」
それは嘘だぁ。
「いろんな女の子に手を出してるようで。株価下落中は変わりません」
「その誤解はやめなさい。由愛ちゃんは誰にでもあんな風に天使さんなの」
聞けば、由愛さんはこの町屈指のお嬢様でもあるらしい。
なるほど、いかにも箱入り娘的な純粋さに納得。
「悪いオオカミに捕まって食べられなきゃいいけど」
「ん? 悪いオオカミなどこの俺が追い払ってくれるわ」
「オオカミは朔也君でしょ!」
「……わぉーん」
それはワンちゃんだ。
朔也君の女癖の悪さが改善されていない。
この町でも多くの女性を毒牙にかけていそう。
「お待たせしました、ランチセットです」
美味しそうなバジルソースのパスタ、ジェノベーゼ。
いい匂いにつられて食欲がわいてくる。
「ありがと、由愛ちゃん。そう言えば、茉莉はどうしてる?」
「茉莉ちゃんなら、今は両親と共に旅行中ですよ。東京に連れて行って欲しいとねだられて、しばらくおでかけしてます」
「東京って……ホントに憧れてるんだな。そうだ、お土産は東京バナ●がいいと伝えておかねば。あれ? 由愛ちゃんは一緒に行かなかったのかい?」
彼女は少し困った顔をして、
「私はこの町から出ていくことが苦手なんです。両親からのせっかくのお誘いでしたがお断りしました。彩音さんは東京の方から来たんですよね?」
「えぇ、そうですよ」
「都会から来た人には退屈な町でしょう? でも、自然も多くて過ごしやすいいい街だと私は思ってるんです。彩音さん、楽しんでいってくださいね」
笑顔で言われて私もつられて笑顔になる。
人を笑顔にさせてくれる女の子。
由愛さんはとても素敵な子だと思った。
「由愛さんって良い子だね。悪影響だけは与えちゃダメだよ」
「与えませんって。由愛ちゃんは俺にとって可愛い妹みたいなものさ」
「ホント、あんな純粋な子、都会じゃ絶滅危惧種だもの」
絶対に都会にはいないタイプ。
でも、私には気になることもあった。
「由愛さんって何で都会が苦手なの?」
「ざわついた雰囲気が嫌いらしい。この町だけが彼女の世界なんだよ」
「それはもったいない。世界はこんなに広いのに」
由愛さんはウェイトレスとして楽しそうに接客する。
若い女の子、やりたいことなんてたくさんあるはず。
なのに、こんな狭い町だけが全てなんて言うのは、実にもったいない。
私が思ったことを彼も思ったらしく、
「あの子も自覚しているんだけどね。人間、性格って中々に直せないものだから」
「……そうだね」
棒読みで私は貴方が言うなとばかりに朔也君の横顔を見た。
「俺を見て言うんじゃない。ほら、さっさと食べなさい」
ジェノベーゼはバジルの爽やかな香りのする、満足感のある味だった。
お腹が満たされた所で、食後の紅茶を飲んでいると、
「噂の彼女と仲良くお食事中のようね、朔也クン」
「千沙子?」
今度は誰ですか。
また綺麗な女性の登場に私はちょっとばかりげんなりとする。
黒髪ショートが良く似合う大人美人。
昔から朔也君は女ったらしだけど、モテるのも事実だから複雑だ。
大勢の女性の知り合いがいるんでしょうねぇ。
「神奈さんから朔也クンの従妹が来てるって聞いて。貴方が彩音さん?」
「そうですけど。貴方と朔也君の関係は?」
「……一言で言えば、愛人?」
「ちげぇよ!?」
思わず、朔也君が全力で否定する。
「あら、愛する人と言う意味でだけど?」
「別の意味でしか聞こえないから。あのね、千沙子。その手の冗談はやめよう」
「……大丈夫だよ、朔也君。ふたりの関係が特別なものだって理解した」
「だから、違うっての。千沙子は俺の中学時代の同級生です」
「ぐすっ。朔也クンに全力否定されるのは悲しいわ」
可愛く拗ねる千沙子さんだった。
意外に可愛らしい性格の様子。
「それで、千沙子。俺達に会いに来ただけなのか?」
「まぁね。せっかくの休日なのに、ひとりで暇をもてあましていたから。ねぇ、ふたりとも。お暇なら私に付き合ってくれない?」
千沙子さんの提案。
そして、私はある記憶を思い出す事になる――。