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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第11部:人魚が見た輝き 〈伝承編・鳴海彩音END〉
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序章:受け継がれる伝承

【SIDE:鳴海朔也】


 田舎町にはどこにだってひとつやふたつくらい、伝承や伝説がある。

 神様や化け物の物語、その土地に古くから伝わり続けるもの。

 それはおとぎ話、昔話、歌、様々な形で伝わり、残されている。

 この夏、俺は今まで興味もなかった地元の伝承に触れる事になる――。






 今年は暑い夏だった。

 梅雨明けから一気に夏本番の暑さに突入、猛暑の夏に苦しむ毎日。

 俺は教師2年目の夏を迎えていた。

 夏休みだから先生まで夏休みで、いぇーいと思ってた時期がありました。

 

「現実なんて甘くないよ、先生は夏休みもお仕事です」


 なぜか「教師は夏休みを遊んでいる」と誤解する人が多いのは勘弁してくれ。

 そんな人もいるんだろうが、実際はいろいろと忙しいのだ。

 ただ、この時とばかりに有給の消化で長期休暇気分は楽しめる。

 お盆前の1週間にまとめて有給の消化をして、学校を休む予定だった。


「有給、最高。天文部の合宿も終わったし、残りの夏はどうするかねぇ」


 夏と言えば出会いの季節。

 この美浜町にやってくるお嬢様たちでもナンパしようか、などと考えていた。

 時間が経てば心の傷は癒えるもの。

 新しい恋に期待をして、俺も前へと進もうと決意していた。

 

「暑いぞ、扇風機。もっと頑張ってくれ。お前はやれば出来る子のはずだ」


 うなだれる暑さの自室であまり効果のない扇風機の風に文句を言う。


「……クーラーが欲しいデス」


 借家に備え付けてあったクーラーが先日、天寿を全うされた。

 かなり古い型らしく、修理するより新しく買い替えた方がいいらしい。


「大家代行に相談しても、自腹で買い直せの一言だしな」


 この家の大家代行=神奈なのだが、つれない返事をされてしまった。


『公務員なんだから良い額のボーナスが出てるんでしょ、先生。自分で買いなさい』

『たかが二年目だと、そんなにもらっていません』

『嘘だぁ。そんなことで甘えるんじゃなーい』


 教頭とか校長とかは噂に聞くとかなり良い額をもらってるらしいけどさ。

 平社員みたいな新人教師が良い額貰ってるなんて思うな。

 家の庭にある倉庫から以前の住人が使っていたのであろう、古い扇風機を出してきて何とかしのいでいるのが現実だ。

 神奈から渡された電気屋のクーラーのチラシを眺めながら、


「……今時のクーラーは性能がいい分、お値段もそれなりなんだよな」


 値段が値段だけに簡単には手が出せないというか、踏ん切りがつかない。


「扇風機さんに頑張ってもらって夏を乗り越えよう」


 暑さにうだりそうになりながら寝転がっていると、携帯電話が鳴り響く。


「あー、はいはい」


 手を伸ばして電話に出ると、相手はうちの母親だった。


『朔也、元気にしている? こっちはふたりとも変わりなく元気よ』

「……そりゃ、よいことで。どうした、至急の用事でもあるのか?」

『たまにはそちらから連絡をしなさい。仕事の方は順調?』

「順調というか、それなりにやってるよ。面倒な事もあるが充実している」


 教師になったのは間違いではなかった。

 正直な話、毎日が大変で辛いこともあるんだけど。

 先生って言うのはホント、楽なお仕事ではない。

 

『お盆には帰ってくるのかしら?』

「多分、帰る予定。たまには都会の空気を吸いたくなる。こっちは本当に田舎だからな。都会生活が懐かしくなっているところだ」

『そちらに戻ると言うのは貴方が自分で選んだことでしょ?』

「……戻ってきた事に後悔はしてないさ。ここは良い所だからな」


 俺の実家は東京であり、美浜町に俺の親族が暮らしているわけでもない。

 元々、親父の仕事の都合でここに住んでたからな。

 お盆くらいは実家に帰省しようと考えていた。

 わざわざ、そんな話をするために電話してきたのだろうか。

 そう思っていたが、どうやらちゃんとした本題があるようだ。


『本題に入るけど、朔也、貴方の所でしばらく彩音ちゃんの面倒を見てあげられる?』

「は? 彩音? 従妹の彩音のことか?」


 俺の父親の兄の末娘。

 つまりは俺の従妹にあたるのが鳴海彩音(なるみ あやね)。

 今年の春に大学生になったらしい。

 昔から大人びた女の子だと言う印象があった。

 ちなみに俺がこっちに来てからは一度も会っていない。


『そう。彩音ちゃん、今年から大学生になったのよ』

「前に聞いた。それで、何で面倒をみろと? こっちに来たいのか? 海で遊ぶのは良い場所だけどな。海水浴と言うことなら歓迎するが」

『詳しい話は、彼女本人から聞いて。今、ここにいるから代わるわね』


 どうやら、彼女が実家の方にいるらしい。

 家同士が近いので、来ていたんだろう。

 やがて、電話相手が母さんから彩音に代わる。


『こんにちはー。久しぶりだよね、朔也君』


 年下だけどタメ口、それも良しとしているのは実兄妹に近い存在だからだ。

 俺にとっても実妹みたいな女の子。


「彩音か。今年から大学生なんだってな。遅ればせながら、合格おめでとう。楽しい大学生ライフを満喫しているかね」

『ありがとう。朔也君みたいに一流大学ではないけど、大学生活を楽しんでる』

「そりゃよかった。学生っていいよなぁ。で、今回はどうした?」

『唐突だけど、しばらく、そちらに滞在してもかまわない?』


 久し振りに聞いた彩音の声。

 大学生にでもなれば、女の子っては大きく変わる。

 声色だけでもどんな美人に成長しているのやら、期待してしまう。


「別にいいけど、こんな田舎に何か用があるのか?」

『実は私は今、大学で民俗学の研究をしているサークルに入っているの』

「……民俗学?」


 馴染みのない言葉に尋ね返した。


『民俗学。その土地の神社仏閣、祭祀、民間伝承を調べるサークルって言えば分かる? そういう研究サークルがあってね』

「あー。あれか。またマニアックなサークルに入ってるな」


 大学に入って民俗学の研究サークルに入るのはマニアックすぎるけど。

 民間伝承とは、その土地に伝わる風習や習慣、伝説などのこと。

 都会っ子にはあまり縁のない事だが、田舎には未だにそう言うものは多くある。

 時々、何とか伝説の祭祀、とか地方のニュースになったりするアレだ。


『友達に誘われて入ったの。でも、これが中々に面白くて。それで、今年の夏に私も民間伝承について調べたいと思っていた所、朔也君が今住んでいる美浜町に興味深いお話があると叔父さんから聞いたんだ』

「……ここに? なんかあったっけ?」


 特別な儀式やお祭り、というのはないような気がする。

 美浜町に目玉となるような伝説があれば、もっと前から観光地化してるだろうし。

 そう言う事は興味がないだけで俺が知らないだけかもしれない。


「いわゆるフィールドワークってやつか」

「正解。協力してるかな?」


 フィールドワークとは現地調査の事だ。

 実際に伝承などを調べるために、その土地を訪れ人に話を聞いたりする。

 伝承なんてものは誰かに伝えなければ廃れるだけのもの。

 こういう活動が大切なのも分かる。

 

「こっちは歓迎するぞ。住んでいる家は一軒家だから空いてる部屋もある」

『ありがとう。それじゃ、近日中にはそちらに行くね』

「おぅ。数日後には俺も休暇中だからいつでもいいよ」


 電話を切ると、突然の来訪者の予定に俺は少しだけ心を浮かれさせる。


「何も予定がなく寂しく夏休みを迎えようとしてたので、予定が入るっていいね」


 ただし、問題がひとつだけ。


「その前にクーラーを家に招いておかないとなぁ」


 俺は夏のボーナスの残金を計算しながら、今日中にクーラーを買い替える事を渋々ながらも決意した。


「彩音が来るのならば仕方ないか」


 田舎に出て行った従兄がクーラーもない家に住んでいると思われたくない。

 完全に親族相手の見栄である。


「お金は惜しいが、今すぐにクーラーを買いに行くしかあるまい」


 ため息をひとつついてから電気屋に出かける準備を始めたのだった。






 数日後、何とか午前中に電気屋にクーラーの取り付け工事を終えてもらった。

 その日の昼すぎ、駅前で彩音を待つことにした。

 美浜町も観光地になりつつあるという事もあり、夏になると観光客もよく見かける。

 昔の美浜町だと、外から人が来るのは本当に少なかったのだからこれも変化だな。


「彩音か、いつ以来だっけ?」


 大学を卒業してこちらに来る前に会った記憶がある。

 今年の正月は会えなかったから、ほぼ1年半ぶりと言う事になるか。


「あの子も、もう大学生か。時の流れは早いね」


 彩音と言う女の子は昔からちょっと実年齢よりも大人びた子だった。

 一言で言うのならマイペース、他人に振り回される事もない。

 俺がこちらに住んでいた頃は、親戚同士の集まりで会う時に可愛がってあげていた。

 東京で暮らし始めた時には家が近い事もあり、彼女の家庭教師をしてやっていたこともあり、かなり仲がよかった。

 そして、約束の時間がやってくる。

 駅から降りて来る人影の中に、周囲の目を惹く黒髪美人の女子大生がひとり。


「へぇ、たった2年くらいでずいぶんと美人になったじゃないか。成長っぷりに驚いたぜ。お兄さん、ときめいちゃうかも」


 モデル並みの抜群なスタイルに、肩までの長い艶やかな黒髪。

 最後に会った頃はまだ幼さが残る印象だったが、美人なお姉さんだ。


「女の子の成長ってすげぇ。参ったね、これは……」


 あの子は美人になると思っていたが自分の想像以上に驚きだ。


「素敵な女の子になってるじゃないか」


 俺は口元がにやけそうになるのを我慢して、彩音に声をかける。

 従妹と過ごす夏。

 俺にとある感情を思い出させてくれる、素敵な夏の始まりだった――。

 

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