最終章:夢を抱いて
【SIDE:星野朔也】
あれから3年の時が過ぎて。
俺は今も由愛ちゃんと一緒に美浜町で暮らしている。
「朔也さん。見てください、可愛いですよ」
由愛ちゃんがその腕に抱きしめているのは俺達の間にできた息子だった。
ほぼ2年ほど前に結婚して、ついひと月前に生まれた子供。
由愛ちゃんが名付けた名前は星野彼方(ほしの かなた)。
待望の男子であったことは星野家としても喜ばれた。
家に入り婿する形で俺の名字が鳴海から星野に代わり、俺達は星野家から与えられた海沿いの屋敷で暮らしている。
大地主と言うだけあって、星野家所有の別邸もかなりの広さだ。
「……彼方はあんまり俺に似てないんだよな。どこから見ても由愛ちゃん似だし」
「そんなことはありませんよ。……目元とか、朔也さんによく似てます」
ぜひとも、そうであって欲しいので、これからの成長具合に期待しておこう。
「でも、意外と性格が朔也さん似るかもしれませんよ」
「それ良い意味で? 悪い意味で?」
「あまり女性関係に派手でなければ、優しくて素敵な子に育ってくれると思います」
そんな事を笑顔で言われたら俺も苦笑いするしかない。
……俺に変な所だけは似ないようにしてもらいたいものだ。
俺は彼方の手を触っていると、小さな手で俺の指をつかんでくる。
「おー、何か可愛いな」
「ふふっ。そうですね。本当に子供は可愛いです」
結婚して、子供ができて、仕事も順調で、それなりに幸せな日常を日々過ごしている。
俺達は今、星野家の本家の方へと来ていた。
茉莉は東京の大学へ行ってしまい、今は雫さんがひとりだけの暮らしをしている。
「雫姉さん、そんな所で見ていないで、この子を抱いてみませんか?」
少し離れた所で座りながら雫さんはこちらを見ていた。
「……子供は苦手なのよ。すぐに泣くから」
「それは子供でも雫さんの怖さがよく分かるのでは」
「朔也、貴方も泣かされたい? 義弟として可愛がってあげるわ、うふふ」
俺をひと睨みして威嚇する。
相変わらず、怖い人だった。
でも、由愛ちゃんと結婚してから名前の方で呼んでくれているのは嬉しい。
「すみません、調子のりました。許してください」
「ふんっ。もう少ししたら、両親も来るわ。大人しく待っていなさい」
今日は由愛ちゃんのご両親を交えての食事会だ。
俺も彼らには結婚してから、ずいぶんとお世話になっている。
お仕事で忙しい人達なのでゆっくりとした時間を過ごすのは久し振りだ。
「お父様もお母様も彼方が生まれてからまだ二度しか会ってませんから楽しみだって言っていました。初孫ですからね」
「……できちゃった結婚しなかったのは想像と違ったわ」
「雫さん。俺はそんな無計画な人間ではありませんよ? 大事なことですから」
出来ちゃう前に結婚しておきました。
由愛ちゃん自身の結婚願望が強かったからな。
彼女は彼方を抱きながら、雫さんに預ける。
「ほら、彼方。雫おばさんですよ」
「……甥っ子なのはいいけど、さり気に私をおばさん扱いしないでくれる?」
「くすっ。姉さんも早く結婚してくださいね」
「うっさいわよ。私に合いそうな男がいればの話でしょう」
由愛ちゃんにやんわりとした口調で言われてしまう雫さん。
「……私が抱きしめて泣いたらショックを受けるわ」
文句を言いながらも、彼女は彼方をその腕に抱く。
雫さんが彼方を抱きあげるのは何気に初めてだったりする。
「赤ちゃんって思ったより重いのね」
「これからどんどん大きくなっていきますよ」
「……星野家としてはこの子がいれば安泰でしょう。朔也もいるし。頼りにならなそうでも、頼りにしてるわよ、朔也」
「俺の事をもっと期待してくれていいんですけどねぇ。頼りになる義弟ですよ」
そう言いながら、俺は彼女から息子を預かる。
結婚して実感したのは、親戚になると言うことの意味だった。
俺は星野家の人間となった。
その意味を今は大きく実感している。
「家族になるって素敵なことですよ。姉さんもこの幸せを感じてもらいたいです」
「世間知らずだった妹から聞きたくない台詞だわ」
「ふふっ。今は、世間知らずというほどでもありませんよ。星野家を出て私も変わりましたから。……朔也さんのおかげで、いろんなことを知る事ができました」
微笑む由愛ちゃんの髪を俺は撫でる。
「朔也さんが傍にいて、彼方が元気に育ってくれる。私の今の幸せです」
「そう。妹が幸せになるのは結構だけども、私には惚気はきついわ」
「だから、姉さんもそろそろ本気で結婚を目指してください。お見合い話を毎回、潰してる場合ではないと思うんです。お母様もげんなりとしています」
俺達が結婚した後は雫さんに何度もお見合い話があったらしい。
すべて、彼女が潰してしまったけども。
「私の事は放っておいて。朔也に星野の名字をついでもらったから、星野家的には問題がないし、私がひとりでも文句は言われないでしょ」
「そう言う問題ではありません。雫姉さんにも女性としての幸せを……」
「もう聞きたくない~。由愛は結婚してから私に対して態度が大きくなったわね」
耳を抑えて逃げようとする雫さん。
そんな二人のやり取りを俺は彼方の頬を指で撫でながら見ていた。
「ふわぁ」
小さく欠伸をする息子。
いつか、この子が大きくなったら、どんな子に育ってくれているのだろうか。
親になって初めて実感する、生きると言う意味。
子供の未来を考えると、おのずと責任感もわいてくる。
「雫姉さんに逃げられてしまいました。次のお見合い話が近いんですけどね」
「何だか由愛ちゃんがやる気だな」
「私のために、姉さんはいろいろと面倒を見てくれました。だから、私はその恩を返したいんです。そのためにも、そろそろ結婚してもらうのが一番ですよ」
「雫さんに合う男の人がいればの話だろうけどねぇ」
あのドがつくほどキツイ性格のため、結婚しても大丈夫なのだろうか。
いろんな意味で心配である。
「ああ見えて、寂しがりやな人ですから。好きになった人には可愛いかったりするんでしょう。多分……そうだといいですね、ホントにそうだと希望が持てます」
由愛ちゃんのフォローになってないフォローに思わず、ふたりして笑ってしまう。
それにつられて、彼方も笑っていた。
「さっきも言いましたけども可愛い子供と素敵な旦那さんに囲まれて、私は幸せです。朔也さんが私の夢を叶えてくれました」
「……由愛ちゃんの夢は俺の夢でもあったからな」
「私、朔也さんと出会えて本当によかったです」
にっこりと俺の大好きな笑顔を浮かべる。
時間がゆっくりと流れるこの町で、俺達はこれからも暮らし続ける。
蒼い海が綺麗なこの町で、子供の成長を見守りながら生き続ける。
「……たくさんの幸せがこれからもありますよ」
「そうだな。子供がいて、愛する妻がいて……」
もっとたくさんの幸せが欲しいと望むのは強欲だろうか?
俺に寄り添いながら、由愛ちゃんは言った。
「私の夢、また新しい夢ができそうです。実はですね……」
大好きな人達の幸せを守る。
それが俺の生きる意味なんだと俺は思った。
新しい夢を一緒に叶えていこうな、由愛ちゃん――。
【 THE END 】
まだシリーズは続きます。