第6章:甘えの自覚《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
由愛ちゃんが浴衣を着るために、星野家に戻ると雫さんが準備をしていた。
浴衣姿が思いの外、大人の女性として魅力的でした。
和服美人さんでしたのね。
「おや、雫さんも花火大会ですか?」
「そうよ。真白達に誘われたの」
「あぁ、村瀬さん達と親しかったんですよね。やはり、派手な花火は好きですか?」
「大好きよ。あの規模の花火を家の庭でやりたいくらいだわ」
それ、思いっきり近所迷惑なのでやめてくださいね。
彼女が常識人で本当に良かったと思う。
雫さんは着替えに行っている由愛ちゃんの話をする。
「あの子を大事にしてくれているみたい」
「……大事にしないと、俺は海か山かを選ばされますから」
「ふふっ。可愛い妹を弄んだら選択肢なんてさせない。最後を選べるわけないわ」
選択肢すらなくなった!?
口元に笑みを浮かべて平然と言うあたり、やはり、この人は恐ろしい……。
「一年後、私に結婚の許しを頼みに来ることのないように」
「……えー。善処します?」
「恋人関係は二人の問題だから私はどうこう言わないけども、妹を悲しませたら、肉体的にも、精神的にも、社会的にも大いに苦しみを味わうことだけは覚えておきなさい」
「社会的にって言うのがリアルすぎるッす」
星野家の影響力がありすぎて、俺がこの町で生きる事が難しくなりそうだ。
「……由愛ちゃんは可愛いですから。泣かせるような事はしません。それだけは約束しておきます」
「鳴海を信頼しておくとしましょう。それじゃ、私はもう行くわ。由愛に家の戸締りだけをしておくように伝えておいて」
「はい。雫さんも楽しんできてくださいね」
雫さんを見送り、しばらくして浴衣姿の由愛ちゃんが登場。
赤い朝顔の柄の黒色の浴衣。
茶色の髪を丸くまとめて結んでいる。
艶っぽいと言うよりも、可愛らしさが勝るのが由愛ちゃんらしい。
「お待たせしました、朔也さん」
「おー。可愛い系の浴衣が良く似合う。由愛ちゃんって、色っぽいと言うよりも可愛さの方が勝っちゃうタイプだな」
もちろん、ドキッとさせられるほどの可愛さだ。
「花火はどこから見ますか? 星野家の庭からも見えるんですよ」
「そうなんだ? でも、せっかくだから海の方にいかないか?」
どうせなら海風を感じながら花火を見たい。
俺は由愛ちゃんを連れて隠れ浜の方へ行くことにした。
道路から浜辺の方へとおり、足元が砂浜に変わる。
「ここから砂浜だから。足元に注意をして」
「朔也さんにつかまってますから大丈夫ですよ」
俺の腕に抱きつく形で距離を縮める。
ふんわりと彼女の香りが鼻孔をくすぐる。
「……到着、と。ここからなら花火が綺麗に見えるからさ」
メイン会場の浜辺の方は派手に賑わってるのが遠目でも分かる。
隠れ浜は人気もない、静かないい場所だ。
ふたりで浴衣に砂がつかないようにシートに座りながら、
「……今日は月も綺麗ですね」
花火が始まるまでの間、青白く丸い月を観賞して楽しむ。
「朔也さん。今年の夏は、お世話になりました」
「どうしたの、改まって?」
「夏も終わりですから。世間知らずで、家出なんてしてしまうダメな私を朔也さんは助けてくれました。いえ、それだけではありません。私に対して本当に親身になってくれて、嬉しかったです」
この夏はいろんな事があったと振り返ってみる。
由愛ちゃんとの関係が急に進展するなんて、夏が始まるまでには考えもしていなかった。
「……本気で好きになれた子と出会えた、良い夏だったよ」
「朔也さん……私も初めての恋を知る事ができました」
お互いに笑いあいながら軽くキスをかわしあう。
恋人ができた、それだけでも良い夏だったけど、大事だと思える子が俺にまたできたと言うのが何よりの成果だと思うんだ。
ちゃんと俺の過去も受け入れてくれた、由愛ちゃんを俺は良好な関係を続けていきたい。
「これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「ふふっ。朔也さんとお付き合いできてホントによかったですよ」
海風を肌に感じながら、海の方へと視線を向ける。
夜の黒い海が浜辺に寄せて小さな波しぶきをあげている。
「……朔也さん」
「ん?」
「私、夢と言うか、目標がひとつだけできたんですけども」
目的もなければ、夢もなかった彼女が語る、初めての夢。
俺の隣で由愛ちゃんはなぜか耳まで赤くしてる。
「由愛ちゃん?」
「……笑わないで聞いてください」
「笑うワケがないよ。なに? 何でも言って」
俺がそう言うと彼女は自分の夢を語りだす。
「私、子供とか大好きなんですけども。その、朔也さんとの子供をこの町で一緒に育てていけたらなって……思ったんです」
上目づかいをしながら、由愛ちゃんが恥ずかしがる。
その言葉に俺は驚きながらも嬉しい気持ちを抱く。
「い、今すぐとかじゃなくて、ですね」
「分かってる。そっか。それが由愛ちゃんの夢なんだ。良い夢だと思うよ。由愛ちゃんとの子供なら可愛いとすごく思う。……いつか、叶えてあげたい、素敵な夢だ」
「朔也さん……。はいっ。私の夢なんです」
満面の笑みを浮かべる彼女を俺は抱きしめる。
最近、俺の心の中でチラついていた“結婚”の二文字。
近い将来、俺も覚悟しておかねばならないようだ。
由愛ちゃんの夢を叶えられるのは俺しかいないのだから。
「……あっ」
打ち上がる花火の音に横を振り向くと、花火が真夏の夜空にあがる。
綺麗に咲いた花のように、次々と彩り豊かな光が瞬く。
見ている人の心に響く、美しい花火。
「花火を見ているとドキドキします」
「まだ怖かったりする?」
「少しだけ。でも、朔也さんと一緒なら、楽しいですよ」
彼女がそっと寄り添ってくる。
そのまま俺が彼女の唇を奪うように触れ合わせる。
花火の打ち上がる浜辺でふたりっきりの雰囲気を満喫する。
これから先もずっと俺は彼女と生きて行きたい。
夜空を様々な色彩の光が照らす。
花火を眺めながら、俺と由愛ちゃんは特別な時間を過ごしていた。
また来年も、一緒に花火が見られたらいいな。