第6章:甘えの自覚《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
天文部の夏合宿を終えて、夏はもうすぐ終わりを迎える。
子供たちの夏休みが残り10日となった頃。
この美浜町は花火大会の話題で持ちきりだった。
美浜海岸で行われる花火大会。
去年もずいぶんと盛り上がっていたから楽しみだ。
そんなある日、俺は神奈の居酒屋で久し振りに斎藤とお酒を飲んでいた。
「鳴海が来年あたり結婚すると言う噂話を聞いたのだが本当なのか?」
だが、思わぬ発言に俺は飲みかけのビールを吹き出しそうになる。
「げふっ。……どこから聞いたんだ?」
「町の噂だよ。鳴海先生が星野家の御令嬢と結婚を前提に付き合ってるとか」
「お付き合いはしてる。結婚前提ではないんだけども」
噂っていうのは尾ひれもつく。
特にこんな田舎町じゃ、噂の一人歩きはよくあることだ。
「……あと、後ろで店員さんがお客を睨むのもどうにかしてくれ」
俺は隣で睨みつけてる神奈から視線をそらす。
「由愛さんと遊び半分で付き合ってると? お姉ちゃん、雫さんに連絡してあげて」
「やめて!? 俺の人生が終わってしまう」
「終わってしまえ、女の敵め。雫さんが怖いのに、よく由愛さんと付き合えたわね」
呆れ半分の神奈に俺は「愛だよ、愛」と嘆いて答えた。
「ていうか、何で神奈がここにいるんだ? ホテルの仕事は?」
普段は店に顔を出さない奴が珍しくいる。
「今日はそっちのお仕事はお休み。だから、お姉ちゃんのお手伝いをしてるのよ」
「案外、暇なんだな。いたっ、叩くな」
「悪かったわね。どうせ、私は彼氏もいなくて暇人ですよ。アンタのせいだ」
トレイで俺を攻撃してくる神奈に斎藤は笑いながら、
「店員さんを怒らせたお前が悪いな」
「俺の幼馴染達は優しくない」
「十分に優しいわよ。私は朔也に優しいから、勝手にお刺身盛りを追加する」
「……鬼ですよね? 普通に鬼だよ、この幼馴染」
さり気に店で一番高い物を追加する辺りが本当にひどい。
いや、うまいんだけども。
「鳴海、ごちになります」
「お前も払えよ、斎藤!?」
などと、幼馴染達と話しながらお酒を飲んで楽しむ。
気の置ける相手と飲む酒は心地よい。
「それで、由愛さんと結婚するつもりなの?」
「それはいろいろと考え中。付き合い始めてすぐにどうこうってものでもないだろう」
「そして、子供ができて慌てて結婚するのね?」
イメージだけでそう言うのはよくないと思う。
「そんなことはナイデスヨ」
「声が裏返ってるし。自覚があるのなら気をつけなさい」
「……はい」
神奈から注意されて俺は渋々、頷くしかできなかった。
「実際、結婚ってどうなんだよ。斎藤」
数ヶ月前に結婚したばかりの斎藤に尋ねてみる。
「んー。家庭を持つって言うのは責任感がでるよな」
「責任か。家族を持つってのは大変そうだ」
俺、まだ自由人でいたいです。
「……言っておくけど、由愛さんを弄んだら、アンタがのんきにこの町で暮らすことはできないからね? 星野家ってホントに影響力があるのだから気をつけなさい。アンタだけが後ろ指をさされるわけじゃないのよ」
「分かってる。それと、何か問題を起こす事を前提に言うのはやめてくれるかな」
「朔也ならやりかねないもの。女心を弄ぶひどい男だし」
まったくもってひどい言われようだった。
「ひどい男にならないように、頑張れよ。鳴海」
「努力はしますよ、努力は……」
幼馴染達にからかわれながらも、俺は今の現実を楽しんでいた。
数日後、お仕事を終えて、家に帰ると今日は由愛ちゃんが夕食の準備をしてくれている。
「あっ、おかえりなさい。朔也さん」
「ただいま。何だか良い匂いがするな」
「さっき茉莉ちゃんが野菜を持ってきてくれたんです。私の親戚が家庭菜園をしていまして、そこで採れたお野菜です」
「へぇ……って、何だか紫の物体ばかりなのだけども」
テーブルの上に作られているのはナスの料理。
それもひとつではない、どの料理もナスだった。
「ナスをたくさんもらったので料理してみました。こちらからナスの煮浸し、揚げ茄子、焼き茄子、マーボー茄子です。朔也さん、ナス嫌いですか?」
「好きだよ。特に揚げ茄子が好きかな。でも……いや、何でもない」
「よかった。嫌いだったらどうしようかと思いました。そうだ、茉莉ちゃんが漬けたナスの浅漬けもありますからね」
さらにもう一品追加された!?
ナス尽くしの夕食に俺は笑うしかない。
さすがにナスオンリーとなると正直、あんまり好きじゃない。
もう少し、他の料理を組み合わせてくれてもよかったかな。
どれも美味しそうだから、いいんだけど。
「もうすぐ夕食ができますから、着替えて食べて下さい」
「うん。そうさせてもらうよ」
由愛ちゃんの料理は本当に何でも美味しいから好きだ。
家に帰えれば、彼女の手作りのご飯が食べられる事が幸せなのである。
俺はスーツから私服に着替えてくる。
今日は花火大会、この時期で一番、美浜町が盛り上がる一日である。
海辺の方では人も屋台に集まるのを帰る時に見た。
「由愛ちゃん、食事を終えたら花火大会に行こうか」
「あ、はい。そうでした。朔也さん、一度、星野家の方へ戻ってもいいですか?浴衣はあちらに置いてあるんです」
「それなら、またあとで行こう」
俺達は良いお匂いのするナス尽くしの夕食を食べ始めることにした。
「おー、美味しいね。この食感もいいし、味もいい」
どれも大満足の出来ばえ、さすが由愛ちゃんの料理は最高だ。
「ナスは夏が旬なんですよ。秋ナスとは違って水分が多いので、料理も色々と作れますし。朔也さんに気にいってもらえてよかったです。あら?」
由愛ちゃんの足元で猫のショコラがじゃれついてきた。
「ショコラもあっちにエサを用意してます」
「にゃー」
先日から子猫のショコラも我が家に引っ越してきたのである。
由愛ちゃんと相思相愛の仲なので、いつまでも茉莉に預けているわけにもいかない。
大家代行の神奈の許可も得て、この家で暮らし始めている。
「……朔也さん。ショコラの件、改めてありがとうございます」
「いや、由愛ちゃんがここで暮らすのなら当然の流れだろうし。ちゃんと大家代行にも許可を取ってるから、心配なく飼えるよ。お前も家族だからなぁ、ショコラ……くっ、やはり俺だけでは反応すらしない」
そっぽを向いて、エサに夢中の猫だった。
ツーンと俺相手だとあんまり懐いてくれていないショコラ。
……雫さんの名前を出してまた脅してやろうか、なんて思ったり。
和やかな夕食を終えて、美浜町海岸花火大会が始まる――。