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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第10部:箱入り娘の反抗期 〈星野家三姉妹編・星野由愛END〉
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第6章:甘えの自覚《断章1》

【SIDE:星野由愛】


 久々に帰った実家では雫姉さんがお酒を飲んでいる所でした。

 ワイングラスを片手に彼女は私の方を振り向きます。

 

「……由愛。帰ってきたの?」

「今日は朔也さん達、天文部の合宿なんです」

「茉莉がそう言っていたわね。おかえりなさい」

 

 私は姉さんの言葉に「はい」と元気よく頷いて答えます。

 久し振りの我が家。

 もうすっかりと朔也さんの家に慣れてしまい、長年住んでいたこの家が懐かしく思えるような、不思議な感覚です。

 

「貴方も飲む?」

「いえ、今日はやめておきます」

「そう。それじゃ……こっちに付き合いなさい」

 

 彼女は外を指さします。

 それが指す意味はひとつ。

 

「……そうですね。たまには姉さんの趣味に付き合うのもいいです」

「よしっ。今日は付き合いが良いじゃない」

 

 姉さんは嬉しそうに笑いました。

 彼女の趣味、それは花火。

 私は苦手なんですけど、先程、皆さんと一緒にしていると、楽しく思えたんです。

 子供の頃は怖くて苦手だったものが克服できたような感じがしました。

 

「先に言っておきますけども、ねずみ花火だけはやめて下さい」

「そんなことしないわよ。大体、夜中に音の花火をすると山に響くから怒られるもの。山に響かせるとびっくりして動物が暴れるんだって」

「……怒られなかったらやるつもりなんですね」

 

 派手な花火が好きな姉さんらしい言葉でした。

 それは怖いのでやめてもらいたいです。

 ねずみ花火は今でもトラウマですから。

 庭の方へと出て、準備をすると、すぐにも彼女は花火を楽しみ始めました。

 

「雫姉さんと花火をするのは子供の頃以来です」

「そうね。妹たちは私の趣味に理解がないから」

 

 肩をすくめて見せる雫姉さん。

 それは誰のせいなんですか、と言いたい気持ちを堪えます。

 他人にトラウマを植え付けた人の台詞ではないと思うんです。

 私も姉さんと同じように花火を火を付けました。

 

「……大人になれば、何でもない事なんてよくあるんですね」

「成長するってそう言うものでしょ。苦手なものが食べられるようになったり、嫌いだった人がそうでもなくなったり。大人になれば考え方が変わるんだから」

 

 変わり続けること、変わらない事もあります。

 

「綺麗な花火です。目がチカチカとしてしまいそうです」

「……毎日、花火をしても飽きないわ。夏と言えば花火でしょ」

「これだけ毎日している人も珍しいと言う事は自覚してくださいね?」

 

 普通の人は毎日も続けて花火をすることはないと思います。

 姉さんは庭を明るく照らす花火の輝きに魅入りながら、

 

「私が働いて稼いだお金よ。好きに使ってもいいじゃない」

「……それが悪いとは言ってませんし、私が止めることでもありません。姉さんの趣味に理解がある人とお付き合いをされたらいいと思います」

「恋人ができたからって上から目線じゃない? アンタまでやめてよねぇ」

 

 雫姉さんが私の脇腹をくすぐってくる。

 

「くすぐったいですよ、もうっ。朔也さんとのお付き合いは幸せです」

「私としては鳴海となんて付き合ったら、容易に由愛の将来が想像できるもの」

「どういうことですか?」

「私の想像だけども……1年後の由愛は子供ができてるに違いない。そして、鳴海が私に頭を下げて結婚を許しにもらいにくるのよ。そして、それに対して激怒する私が想像できる。絶対、そうに違いないわ」

 

 苦笑い気味に姉さんは呟きます。

 その想像は私もできてしまって、思わず笑ってしまいました。

 きっと可愛い子供が私の腕に抱かれてる。

 幸せな日常が、約束されている気がします。

 いずれは本当に彼と結婚したいと思っています。

 

「そうなっても、私と朔也さんとの結婚を姉さんは許してくれるんでしょう?」

「……由愛がその未来を納得している時点で私がどうこういってもしょうがないわ。貴方の人生よ。生きたいように生きなさい。そこから先は自己責任だもの」

 

 責任のある生き方。

 私は今、ようやくその一歩を踏み出せた気がします。

 

「姉さんの言う通りでした」

「何が?」

「私は甘えて生きていると言う事です。この数週間、朔也さんと一緒に暮らし始めて理解してきたんです。私はいろんな人に甘えて生きてきたんだと言う事を知りました」

 

 外に出なければ私は知らずにいたでしょう。

 この町の人々や、両親たちに甘え続けてきたことに……。

 先程の朔也さんの言葉を思い出しました。

 

『人に甘えると言う事は悪い事じゃない。必要なのは、甘えている事を自覚する事だと俺は思う。甘えを自覚しているか、いないか。それが大切なんだよ』

 

 この屋敷に暮らしている頃は私は何不自由もありませんでした。

 大切な事は全部、両親達が決めてくれて、苦労する事もなく生きてきました。

 でも、それらがすべて、“甘え”だと言う事にも気づいていなかったんです。

 

「私は皆さんに甘え続けてきました。その自覚もなく、生意気にも姉さんに反抗してみたりして……本当に私はバカでした」

「今は自覚しただけ、いいじゃない。下の妹はまだ甘えてることに気付きもしてないわよ。まぁ、あの様子だと一生気付かなさそうだけども」

「くすっ。茉莉ちゃんもいつかは気付きますよ。朔也さんが言っていました。人に甘えると言う事は悪いことではない、って」

「……ようは甘えの問題よ。私だって他人に甘えたくなることもある。甘えを許さない人間は、自分が他人に甘えるのが下手なだけ。甘ったれる子供のような奴はダメだけども、鳴海の言う通り、甘える行為自体は悪じゃない」

 

 手元で煌めく花火を見つめながら、姉さんは頷きます。

 

「アイツもそう言う所は分かってるのよね」

「姉さんが朔也さんを信頼しているところでしょう」

 

 姉さんは「……別に」と呟き、朔也さんを信頼しているのを認めたくないようです。

 素直じゃないと私は思わず笑いそうになりました。

 

「朔也さんに言われました。甘えることも、甘えられることも大切なんですね」

「一方的に甘え続ける関係はいけないって事じゃない。程度の問題でしょう。親に甘えてばかりの子供のような大人。社会に甘え切った人間。甘えは自立を損なわせるから。そう言う意味では今回の事は由愛には良い経験だったのよ」

「私は……本当に何も分かっていない子供でした。朔也さんと出会ってホントによかったと思っています。彼が私を支えてくれるから安心できるんです」

 

 朔也さんを好きだと言う気持ち。

 初めての恋は、私を成長させてくれているのかもしれません。

 

「姉さん。私を甘やかせてくれてありがとうございました」

「そこにお礼を言われる事ではないわ」

「いえ、言わせてください。私は姉さんに甘え続けてきましたから。厳しくも優しい雫姉さんのことが私は大好きなんですよ」

 

 彼女は照れくさそうに「改めて言う事じゃないから」と視線をそらしてしまいます。

 

「今日は機嫌がいいから打ち上げ花火も行っておく? ド派手な方が楽しいでしょ? 実は試してみたい新作があってね」

「だ、ダメです。調子に乗らないでくださいっ! ……まだ花火は怖いんですから」

「ちぇっ。つまんないの」

 

 小型の打ち上げ花火を取り出した姉さんを慌てて止めます。

 平気でトラウマの傷に塩を塗ろうとするお姉さんが怖いです。

 

「……良い夜ですね。涼しい風の吹く、気持ちの良い夜です。星も綺麗ですし」

「流星群だっけ。たまにはこういうものいいじゃない」

 

 夜空を見上げれば、満天の星空がそこには広がっている。

 姉妹仲良く、しばらく花火をして楽しい夜を過ごしました――。

 

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