第5章:星に願いを《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
夏の夜空に瞬く星々。
無数の流れ星が天を駆ける。
輝く光が消え去るまでの一瞬の出来事。
あっという間に流れていく星を皆で眺めていた。
由愛ちゃんが感嘆の声をあげる。
「こんなにも流れ星が見られるなんて」
「流星群だからな。今日は条件がいいから良く見られると思うよ」
「私、この町でこんなに綺麗な星を見たのは初めてかもしれません」
由愛ちゃんは「まだまだ私はこの町の魅力を知らないんですね」と笑う。
確かにこんな綺麗に星が見えるのは田舎町だからこそだ。
都会じゃ絶対にこれだけ綺麗な星は見られないのだから。
薄暗い夜空、流れ星はいくつも流れては消えてを繰り返す。
幻想的な光景に魅了される。
「……そろそろ、撮影の方を開始しようか」
部活動として天体を観測する茉莉達。
いつまでも流れ星に感動しているわけにもいかない。
行動開始とばかりに皆が動き出す。
星の撮影用の撮影機材をいじりながら、八尋と茉莉が準備に入る。
「もっちー先輩。記録ってこれでOK?」
「はい。いいですよ。次はこっちの方に……八尋君、写真の方をお願いできますか?」
「分かりました。任せてください」
「ちょっと、桃花。その荷物をどけて。先輩、ライトつけてもいい?」
今回の天体観測は星の動きを記録して、写真を撮ることがメインだ。
慌ただしくなってきた所で、遠目に皆を見ていた由愛ちゃんが、
「天文部、素敵な部活ですね」
「楽しい部活だとは思うよ。こんな経験、今だけしかできないだろうし」
「はい。茉莉ちゃんも楽しそうですし。皆で一体感があるというのか、とても充実している部活だと見ていて思いました」
意外に感じるけども、茉莉は部活に関しては結構、真面目に頑張っている。
自分から積極的に動くし、明るい性格が雰囲気を和ませている。
「俺はこの部活の顧問をするまで、星なんて興味もなかったんだ。でも、顧問をする事で今は興味を持ってる。何かに興味を抱くきっかけって大切なものだと思ったよ」
「……きっかけですか?」
「あぁ。俺なんて高校時代は部活のひとつもやってなかった。今はそれがちょっとした後悔でね。俺も皆みたいに部活を楽しんでおけばよかったって思ってる」
アルバイトや恋人と遊んでばかりの青春が無駄だったとは言わないけども。
部活というのは青春だ。
学生時代にしか体験できない経験。
それはきっと大人になったら、忘れられない思い出として残るんだろう。
俺はもったいない事をした、と後悔してみたり。
「……私も、部活は何もしていませんでした。何かに興味を抱く事もありませんでしかたら。そういう好奇心みたいなものが私には欠けていたんでしょうね」
寂しそうにそう呟く。
由愛ちゃんは俺に「でも、今は」と前置きしてから、
「朔也さんと出会ってからはいろんなきっかけをもらえている気がします」
「そうかな?」
「……恋愛だけではありません。朔也さんのおかげで、私は自分で考えるように少しずつなりました」
良い意味で彼女にも変化が起きているようだった。
少しずつでも彼女は前に進んでいる。
自分を変えようとしているのだから、俺はそれを支えていきたい。
「鳴海センセー。うちのお姉ちゃんといちゃついてないで、顧問としてお仕事してよー。むぅ、私だってセンセーに甘えたいのを我慢してるのに~」
「はいはい、悪かったよ。で、俺は何をすればいいんだ?」
「もっちー先輩から伝言。撮影用機材の調子が悪いんだって」
「……デジカメか? あっ、バッテリー切れかも。あの電池、古かったからな。充電切れが良く起きるって言ってたし。予備の奴があるから取ってくるよ」
俺はすぐさま、荷物の中から、別のバッテリーを取りに行く。
新しいバッテリーでデジカメも復活して、撮影は順調に進んだ。
デジカメならば、星の撮影はポイントさえ押さえてしまえば、難しい事はない。
皆で記録を取りながら夏の星空の観測を続けていた。
しばらくして、俺は由愛ちゃんを家に送るために夜道に軽トラックを走らせていた。
部活の皆はまだ撮影中、合間を見て抜けさせてもらった。
「すみません。わざわざ、送ってもらうなんて」
「由愛ちゃんをひとりで帰らせるわけにもいかないじゃん」
こんな狭い町でも夜には何が起こるか分からない。
その上、今日は由愛ちゃんは実家の星野家に戻る事になっているのだ。
今日は俺も皆とテントでお泊りだし、家に一人も寂しいからだ。
「雫姉さんともたまにお話もしたいですから」
「そりゃ、お姉ちゃんも喜びますよ。ああ見えて寂しがりやな一面もありそうだし」
「朔也さんは姉さんの事を理解し始めているみたいで嬉しいです」
車は坂道を登りながら、星野家を目指す。
「姉さんは厳しい人ですけども、優しい人でもあります。私はそれを良く知っているんです。いつだって妹思いの優しい姉さんですよ。姉妹でよかったと思っています」
「……そんなものかね。俺は一人っ子だからさ。由愛ちゃんみたいな妹が欲しかった」
「朔也さんみたいな優しいお兄さんがいれば、きっと甘えてばかりなんでしょうね。ふふっ。多分、私は今よりも朔也さんに甘え続けてると思いますよ」
由愛ちゃんに甘えられるのは男としては嬉しい事だ。
「……他人に甘えると言う行為に私は慣れ過ぎていたんだと思うんです」
ふと、彼女は真面目な顔をして言った。
車内の暗がりでも、はっきりと分かる強いい意志みたいなものを感じる。
「私はいつも甘えてばかりいました。両親や雫姉さんに、この町の人々に、朔也さんにも……。甘えてばかりで、私は自分で考えて動くこともせずにいたんです」
「甘えたがりなのは可愛い女の子だけの特権だな。野郎が同じ事をしても世間じゃ認めてくれないものだ。可愛い子は甘えさせよ。これは世界の共通認識だし」
俺は微笑しながらそう呟いた。
「他人に甘えずに生きていられる人間は強いと思うし、カッコいいとも思う。でも、大抵の人間はそんな事はできないよ。世の中の大半は他人に甘えて、支えられて生きている。どんな人でも、甘えて生きる方がが楽だから」
俺は彼女の方を見つめながら、
「人に甘えるのは悪いことじゃないと思う。一番悪いのは甘えている事に気づいていないことだ。周りが見えてない」
「気づいてない?」
「そう。『自分は誰にも甘えてない』『どうして他人に甘えて生きてるの?』、なんて言う奴に限って、自分が他人や社会に甘えてるのを無自覚な人間が多い。それは寂しいし、恥ずかしいよ。だけど、キミはもう気づいている。他人に甘えて生きてきたことを、ちゃんと気付いてる」
「……はい」
彼女は自分の手をきゅっと小さく握りしめる。
「由愛ちゃんは甘えてもいいんだよ。他人に甘えるのが上手な人間は、他人から甘えられるのを優しく許せる人だから。他人を優しく受け入れられる今のキミのままで俺はいて欲しい」
自分や他人、社会に対して、甘えたり甘えられてたりして、人はこの世界を生きていくものだから。
甘えを自覚すること。
それをどう自分で受け止めて生きていくのかが大事なんだと思う。
そんな話をしていると、すぐに星野家に到着。
車から降りた由愛ちゃんは俺に言ったんだ。
「朔也さん。私、朔也さんに甘えたいです。これからもずっと……。だから、貴方も私に甘えてください。私は朔也さんと“一緒”にこの世界を生きたいんです」
「俺もだよ、由愛ちゃん」
その夜に見せた彼女の笑顔はこれまでで一番可愛く思えたんだ――。