第5章:星に願いを《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
夕方になり、皆も私服に着替え終わり、食事の用意をしていた。
相変わらず、予想通りの展開がここに広がる。
材料をそろえても、満足に料理ができない。
「女の子が何人もいるのに料理ができないという毎度のパターン化してるこの状況。正直、俺はもうレトルトオンリーでもいいと思い始めてます」
「せ、先生。今日は何だか言葉にトゲがありますよ」
「むしろ、もうスーパーで買ってきたお弁当でもいいよね?」
「先生が本気で料理関係を諦めた!?」
だって、お前たちが学習能力なさすぎなんだもの。
「要、俺も料理はできないから強く責めはしないさ。ここは天文部、料理ができないからって嘆くのも変だし、無理に料理なんてしなくてもいいさ、あはは」
「朔也先生が私達を見捨ててる!? ヤバい、本気の顔をしてる」
要も千津もこの件に関しては使えない。
何度も同じ事も繰り返されたら、見捨てたくもなるわ。
茉莉が元気よく手を上げながら、
「センセー。私はぬか漬けがつけられます。漬物もOKだよ」
「その辺の海でとれるナマコでも漬けておけ」
「めっちゃひどいっ!? ぬめぬめするナマコ嫌い~っ」
海まで来てなぜにぬか漬けなのだ。
叫んでいる彼女は放置して、俺はため息をつきながら、
「というわけで、これも毎度のことながら、外部からの協力を要請します」
「……また朔也先生の人脈? 次はどんな女の人なの?」
「人を女ったらしみたいに言うんじゃない。まぁ、毎回違うけどさ」
初回は神奈で、2回目は村瀬先生と北沢先生。
いつもながら他の人にお世話になるのは抵抗がないわけでもない。
「星野家の御令嬢に頼もうと思う」
その言葉に皆は一斉に茉莉を見つめた。
「ふぇ? なんで私を見るの? 由愛お姉ちゃんでしょ」
「あぁ、茉莉ちゃんのお姉さんですか。お付き合いされてるんですよね」
「さすが先生、恋人を利用するなんて……」
「……いや、違う。星野家の長女であり美浜町の魔女、雫さんにお前らを鍛えてもらう」
その場にいた誰もが口をあけてあ然とした表情を見せた。
「「――な、なんでっ!?」」
……ここにいるメンバー、全員が雫さんの事を知ってるのかよ。
そして、どういう人なのかをよくご存じの様子だ。
「お、お兄ちゃん。それは噂に聞く、怖いお姉さんでは?」
「朔也先生、本気なの? ……その名前は私でも悪評高い女の人だと知っているのに」
「あの……僕としても雫さんはどうかと思います」
「ぐすっ。鳴海センセー、雫お姉ちゃんだけはや~め~て~。お願いだから~」
最後は茉莉が半泣きで俺にすがりついてきた。
……そこまで言われるとは、本当に茉莉は雫さんが苦手なのだな。
「でもなぁ、お前ら厳しくないと成長しないじゃん」
「私達、お料理を頑張るからもっと優しい人にしてください」
「雫さんはああ見えていい人なんだけどな。誤解されやすいだけさ」
「鳴海センセーがお姉ちゃんに懐柔されてる!? いつのまに。考え直して~」
由愛ちゃんの事やらいろいろとあって、俺も考えを変えたのだ。
厳しく怖い人だけども、面倒見のいい優しい一面もある(機嫌のいい時に限る)。
だが、これだけ反対意見が出るのは、よほど雫さんは町で畏怖される存在なのだろう。
子供たちですら脅える存在、美浜町の魔女、恐るべし――。
「反省しているようなので、今日は雫さんに協力要請はやめておこう」
ホッと安堵する全員がもうちょっと料理を頑張ると誓ってくれた所で、
「――朔也さんっ」
ちょうどいいタイミングで俺の天使、由愛ちゃんの声が浜辺に響く。
こちらに手を振りながら、彼女がやってきてくれた。
「実は既にもう電話で由愛ちゃんに応援を頼んでおいた」
「由愛お姉ちゃん~っ」
ガバッと茉莉が由愛ちゃんに抱きついた。
「ど、どうしたんですか、茉莉ちゃん?」
「……うぅ、来てくれてありがとう。お姉ちゃん、大好き」
「良く分かりませんけども、私も茉莉ちゃんが好きですよ」
「えへへ……雫お姉様の方でなくて本当によかった。夏の思い出が血に染まる」
「染まるか。それは言い過ぎだ」
由愛ちゃんはにっこりと笑いながら妹の頭を撫でる。
「久しぶりですねぇ、こういう風に抱き付かれるのも……」
「お姉ちゃんがいない間、私は辛い毎日です
仲の良い姉妹だ、その優しい関係に雫さんも入れてあげて下さい。
「由愛ちゃん、話はさっき電話で言った通り。まったく料理のできないダメな彼女たちの面倒を見てあげて欲しいんだ」
「分かりました。私は星野由愛と言います。皆さん、お料理を一緒にしましょう」
笑顔の可愛らしい女の子。
由愛ちゃんスマイルに誰もが癒される。
「素敵な人じゃない。朔也先生は可愛い系女子が好み、と」
「うるさいよ。千津、お前もさっさと手伝いなさい」
「鳴海先生。僕はどうしたら?」
「八尋は男として俺とひと仕事だ。……天体観測用の器具一式を取りに行くぞ」
俺は八尋と共に家に置いてある器具を運ぶことにした。
夕暮れでも暑さの残る中で、2往復してようやく終了する。
その頃には料理もできあがっていたので夕食を取ることにした。
皆が心を入れ替えて作ったスペシャルディナー。
今回も指導者がよかったのか、美味しそうにできている。
ただ、作っていた女子部員たちは皆疲れている顔をしていた。
「……カレーを作るのにどうしてこの子達は苦労してるんだろうか」
「せ、先生も自分で作ってみたら分かるって。意外と大変なんだからねっ」
「小学生でもできるのに」
「あー、もういいから早く食べて。私もお腹すいたし」
愚痴る千津に急かされて、俺はカレーを食べ始める。
出来上がったカレーは思いのほか、美味しくて大満足の出来だった。
夕食後はしばらく皆で花火を楽しんだ後、ついに天文部の夏合宿本番が始まる。
「望遠鏡のセット、完了しました。先生、あとはどうしましょう?」
「要に撮影用の星座の位置を教えてもらってくれ。撮影担当だからしっかりな」
「はい。分かりました。要さん、星座のことなんですけども」
夜になると慌ただしくなり始める。
電灯がわりの巨大なライトをつけて砂浜を明るくする。
今日は新月、月が出ていないので辺りも普段よりも薄暗いのだ。
だが、この手の暗さは撮影や観測にはもってこいである。
海辺だから多少の雲が出てもすぐに流されてしまうしな。
「鳴海センセー、アイス買ってきたよ」
「おー……って、何でアイスなんだよ!?」
「だって、暑いんだもん。すぐ近くのコンビニで買ってきたの。はい、どうぞ」
俺にアイスを手渡す彼女。
……茉莉め、用意を終えて行方をくらましたと思ったらそんな所にいたのか。
この近くに新しくコンビニができた。
都会ではもはやコンビニなど今さら感がありすぎると思うが、田舎ではコンビニが出店するのは大変で、この美浜町にコンビニが3軒しかないのだ。
「アイス美味しいねぇ」
「でしょう、ももちー先輩。ほら、ちー先輩もどうぞ」
「ありがとー。これってコンビニ限定のアイスじゃない? 噂に聞いてたアイスだ」
「……お前ら、アイスを食べながらでいいので聞いてくれ」
冷たいアイスが美味しいので茉莉の行為を許す。
「天文部の夏合宿、本番になりました。これからの時間帯、流れ星が多く流れるから皆で観察しましょう……って、誰でもいいから俺の話を聞けよ!?」
誰も聞いてくれずに、アイスを食べて既に星の観察に入っていた。
「先生、話が長い。アイスが溶けちゃうじゃん」
「一言しか話してないっ。アイスで機材を汚さないように。俺の話は以上だ」
もういいや、と諦めて俺は生徒達の自由にさせる。
顧問の俺があれやこれやと命令するのが部活ではない。
ある程度の自主性で皆で星を眺めるのを楽しめればいい。
俺の隣では同じように皆を見つめる由愛ちゃんがいた。
せっかくなので、少しだけ星を眺めるのを付き合ってもらっているのだ。
「くすっ。朔也さん、先生らしいです」
「……そう? 由愛ちゃんにそう言ってもらえると何だか嬉しいよ」
「私も朔也さんに教えてもらいたかったですね。あと少しだけ遅かったので残念です」
俺は「そうだな」と答えながらも、
「でも、そうなると教師と生徒の関係になって、俺と由愛ちゃんは恋愛禁止だ」
「……それは困りますね。ふふっ」
由愛ちゃんはくすっと微笑しながら、
「私は朔也さんが好きですから好きだと言えないのは辛いです」
「……由愛ちゃん」
彼女の口から俺を好きだと言う言葉が聞けて正直、驚いた。
だって、彼女は恋を知りたいと俺と付き合い始めたからだ。
それに彼女自身も気づいたのか、嬉しそうに笑う。
「きっかけをくれたのは朔也さんです。私、今……朔也さんの事が好きなんです。ちゃんと恋をして、人を好きになる事ができたんです」
「……そっか。俺も好きだよ、由愛ちゃんのこと。好きだ」
「はいっ。これで両想いなんですよね、私達は……」
由愛ちゃんと出会い、恋をするまでになっていた。
今でも信じられない事もあるけども、彼女みたいな子を好きになるのは正直、楽しい。
恋愛をするのが楽しいなんて思えるのはかなり久しぶりだった。
「……はっ!? 由愛お姉ちゃんと鳴海センセーが抱き合って良い雰囲気に!? ダーメー、生徒の部活中に教師が恋人を連れていちゃつくのはダメなのっ」
「誤解を招く表現はやめてくれ」
どこからともなく茉莉が現れてふてくされる。
「だって、ラブラブな雰囲気が私の心に突き刺さる。えぐっ、お姉ちゃんに勝てない」
拗ねる茉莉はそのまま皆の所に戻ってしまった。
「……茉莉ちゃんの事を傷つけてしまいました?」
「気にしなくてもいいよ」
「そうなんですか? あっ、朔也さん、見て下さい」
由愛ちゃんに言われた通りに星を見上げた。
「流れ星です。綺麗ですねぇ」
海風香る浜辺、綺麗な星々が夜空に煌めいていた――。