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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第10部:箱入り娘の反抗期 〈星野家三姉妹編・星野由愛END〉
207/232

第3章:初めての恋《断章2》

【SIDE:鳴海朔也】


『――私、恋をしてみたいんです。朔也さん、その相手になってもらえませんか?』

 

 由愛ちゃんからのまさかの告白。

 俺達は一度、岸に戻って砂浜に座っていた。

 落ち着いて話をしたかったからだ。

 あのままだと動揺して溺れでもしたら大変なことになる。

 

「あのさ、由愛ちゃん。さっきの話なんだけどさ」

「はい。お付き合いの話ですよね。私が恋人だと迷惑でしょうか?」

「……迷惑とかじゃなくて、なんて言えばいいんだろ」

 

 何だろう、この天然っぷりは……。

 千歳以上に天然っぷりに俺は戸惑いを隠せないでいた。

 

「私だって、誰でもいいってわけではありません。朔也さんはとても頼りになる人です。貴方は私にとって、特別なんです」

「俺が特別?」

「朔也さんは心を許すことのできる人です。甘えてしまってばかりで申し訳ないと思いますけども、私が恋をしたいと思える人なんです」

 

 何かをしたいと聞かれても何も答えられなかった。

 そんな由愛ちゃんが初めて何かをしたいと思ったのが恋愛だった。

 ……彼女は本当の恋をまだ知らない。

 

「恋愛関係になったら、俺はまた違う一面を見せるかもしれない」

「朔也さんの事をもっと知りたい、そう思います」

「恋愛って言うのは由愛ちゃんの期待するような甘い関係じゃないかもよ?」

「例え、そうでも朔也さんが相手なら後悔しません」

 

 後悔しない、か。

 俺は由愛ちゃんが信じてるような理想的な男ではない。

 学生時代はその辺に旅行に来ているナンパ男達と大して変わらない生活を続けてた。

 この町に戻ってきてからは多少はマシになった自覚はある。

 それでも過去は消えない、俺自身がずっと背負い続けていくものだから。

 

「俺は恋愛を遊びでする気はもうないんだ。だから、するなら本当にキミに恋をする。けれどね、俺自身は由愛ちゃんにふさわしいかどうか分からない」

「朔也さんは昔のお話を全然してくれませんよね。私、聞いてみたいです。お話をしてくれませんか? 朔也さんの事をもっと知りたいんです」

「幻滅するかもよ?」

「しませんよ。貴方の人生ですもの」

「……分かった。まずは着替えよう。話はそれからにしようか」

 

 辺りはもう夕暮れ近く、俺達は泳ぎをやめて、水着から服に着替えることにした。

 

 

 

 

 静かに夜を迎える町。

 夕焼け空の下を歩きながら俺はバー『浪漫』に入った。

 まだお店は開店したばかり、お客がまばらな時間帯だ。

 

「いらっしゃい、鳴海さん。また見知らぬ美人をお連れで。鳴海さんがこの店を訪れる時っていつも違う女性を連れてない?」

 

 沢渡さんに追及されて俺は軽く視線をそらしながら、

 

「……否定できないな」

「うわぁ、悪い男の子だ。あんまりフラフラしてるとダメだよ。鳴海さんがモテるのは仕方ないとしても、中途半端にいろんな子に手を出すといつかやられちゃうかも」

「それは怖いので気をつけます」

 

 沢渡さんに注意されながら俺は席に座る。

 最後に「また君島さんには内緒にしておく事が増えた」と呟かれた。

 それを聞いていた由愛ちゃんは、

 

「いろんな女の人と来てるんですか。朔也さんはモテるんですね」

「いや、由愛ちゃん。誤解のないように言っておくと相手は神奈とか雫さんとかだから」

「あっ、そうなんですか。雫姉さんとも来た事があるんですか?」

「……雫さんとは何度かお酒を飲んでるよ」

 

 彼女とこの店に来たのは1回しかない。

 あとは大抵、神奈のお店でしか会わないからな。

 いつもは他に誰と来てるのかって追求されるのもアレなので誤魔化しておく。

 やはり、真正面からこう言う話をすると後ろめたさもあるのだ。

 

「こういうお店に来た事がある?」

「バーはお友達と一緒に何度か。ここじゃなくて、駅前の方ですけど」

「あぁ、シェリーとかブルー・アンブレラとかだろ? あの辺は俺もたまに行くよ。最近だと、『カノン』ってお店がおすすめだよ」

 

 美浜町にはお酒を提供するお店は結構多い。

 特に温泉街の方とかは夜遅くまで営業している店も多いのだ。

 この観光シーズンは特に売上げも大きい。

 

「由愛ちゃんはお酒を飲めるようになった?」

「……ほんの少し。あまり強い方ではないみたいなので少量です」

 

 苦笑いする彼女。

 初めてお酒を飲んだ20歳の誕生日はちょっとしたハプニングもあったのだ。

 

「沢渡さん、注文していい?」

「はいはい。今日は何にする? お勧めはボンゴレ・ビアンゴよ」

「あれ? カルボじゃないんだ?」

「それを気に入ってくれるのは嬉しいんだけど、たまには違うのも食べて欲しいな、とお勧めしてみました」

 

 沢渡さんの作るパスタ系はこの店の軽食としても人気が高い。

 お酒にもよく合うのだ。

 

「それじゃ、お勧めのそれを2つ。あと、マスター、この子に甘めのカクテルをお任せで作ってくれる? 俺はきつくなりすぎない奴で」

 

 マスターに注文すると了解の合図を見せる。

 渋い男の顔をしているが、バーテンダーの腕前は確かだ。

 こちらの体調や気分に合わせて、いろんなカクテルを作ってくれる。

 しばらくすると、ボンゴレ・ビアンコの入ったお皿がテーブルに並べられる。

 あさりのパスタを食べながら、それぞれのカクテルのグラスをひっつけ合う。

 

「……乾杯」

「はい、乾杯です」

 

 お酒を飲みながら食事をまずは楽しむ。

 ボンゴレビアンコはあさりの風味もよく、さっぱりとしていて美味しい。

 

「美味しいパスタです。アサリの味がよく出てます」

「中々いけるじゃないか。東京で食べて以来だな。由愛ちゃんは料理が上手だけど、パスタとかも作ったりする?」

「えぇ、作りますよ。最近だとジェノベーゼとか挑戦してみました」

「ジェノベーゼってあの緑色のパスタ?」

「はい。バジルを使ったソースのパスタです。私、料理をするのが好きですから本とかネットで調べたりしていろんな挑戦をしてるんですよ。それに、親戚が自宅で家庭菜園をしてるので、いろいろと野菜をもらったりするんです」

 

 洋風料理が上手な由愛ちゃんの料理は何度かごちそうになっている。

 ハンバーグとか特に好みで、この前はお店で出てくるような本格的なものだった。

 

「んっ。お酒、あまりきつくなくていいですね」

「そっか。ゆっくりと飲むと良いよ」

「お料理を楽しみながらお酒を飲むのも楽しいです」

 

 にっこりと笑顔の彼女に俺は頷きながら、

 

「そろそろ、話そうか。俺の昔の話だけど、聞いてくれるかな」

 

 俺は自らの過去を話すことにした。

 この町に来るまでの、俺の過去はあまり人に話せるものではない。

 女癖が悪い上に、相手の事を思いやる事もなく付き合ってきた。

 そして、俺にとってはどうしても避けては通れないのが千歳の話だ。

 愛していた、けれども、愛しきる事が出来なかった女の子。

 それぞれ別の道を歩み出した今でも、時折彼女の事は思いだす。

 例え、気持ちの意味で振り切っていても……あの過去だけは俺の心の中に残ってる。

 マスターにもう一杯、カクテルのお代わりを淹れてもらう。

 お酒を飲みながら俺は由愛ちゃんに向き合う。

 軽蔑されても、引かれてしまってもしょうがない、俺はそう言う人間だから。

 

「千歳は俺となんて付き合うべきじゃなかったのかもしれない。今はそう思ったりもするかな。……これがこの町に来るまでの昔話だ。由愛ちゃんの知らない、鳴海朔也って言う最低野郎の本性って言ってもいい」

「そんな寂しい事を言わないでください。朔也さん」

 

 そっと由愛ちゃんが俺の手を握り締める。

 

「自分を卑下するような事はないですよ。今の話を聞いて、千歳さんという人をとても愛していたのが良く分かりました。愛していても、傷つけてしまうことがあるんですね」

「……由愛ちゃん」

「私は恋を知りません。だけども、きっと、千歳さんは朔也さんを好きになって後悔なんてしていないと思うんです」

 

 真っすぐに俺だけを見つめる瞳。

 それはまるで千歳からの言葉のように、俺にデジャブを感じさせる。

 

「本気で愛しあったのならば、その人を本気で好きになった事を後悔することはないと思います。結末は幸せにはなれなくても、恋をした事は無駄じゃないはずです。思い出として自分の人生に刻まれていく。だから、後悔なんてしてないと思います」

 

 由愛ちゃんの言葉がどこか千歳から言われてるように感じた。

 アイツなら同じ事を言ってくれたかもしれない。

 

「……すみません、勝手な想像で物を言ってしまって」

「いや、千歳なら同じ事を言ったと思う。アイツはそう言う奴だから」

「朔也さん……恋愛って思っていた以上に難しいみたいです」

「そうだね。楽しい事ばかりじゃない。けれども、人生には必要なものだ」

 

 毎日を楽しく生きていくために。

 人に恋をするのは必要なものだと俺は思う。

 

「……朔也さん、お話を聞かせてくれてありがとうございます。あと、無理に話させてしまってすみません。話を聞いてそれでも、私は朔也さんがいいです」

「こんな俺が相手でも?」

「はい。他でもない朔也さんと恋をしてみたい。恋を知れば、私は変われるかもしれないです。私は変わりたいと思っています。それに……」

 

 彼女は小さな声で俺に恥ずかしがりながら、

 

「……朔也さんの事が、本気で好きになれそうな気がするんです」

 

 自分の手を胸に当てて彼女は囁く。

 

「もう既に私は朔也さんが好きなのかもしれません。今、心臓がすごく高鳴ってます」

 

 顔を赤らめながら微笑する彼女に俺は「分かった」と頷いた。

 俺の気持ちは既に決まっている。

 優しい微笑みを向けてくれる純粋な女の子が好きなのだ。

 こうして、思わぬ形ながら由愛ちゃんとの交際が始まった――。

  

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