第3章:初めての恋《断章1》
【SIDE:鳴海朔也】
由愛ちゃんと海に来た俺に待っていたのは……。
「お待たせしました、朔也さん」
眩しいばかりの真夏の空と、溢れんばかりの魅惑の胸。
セパレートタイプの水着を着た由愛ちゃん。
……俺の想像をはるかに超える身体の持ち主でした。
脱いだらすごい、というのを改めて思い知る。
抜群のスタイルのよさに俺は驚かされる。
「どうしました?」
「い、いや。気にしないでくれ」
「あまりスタイルには自信がないのでこちらを見ないでくださいね」
恥ずかしそうに言うが、どこが自信がないのか教えてくれ。
十分におっぱい、デカいよ……。
それだけ立派ならばどこに出しても問題はない。
白い肌に水色の水着がよく似合う。
露骨な視線を向けてると、どこで雫さんが見てるか分からないので自重しよう。
「由愛ちゃんは泳ぎが苦手なんだっけ?」
「はい。得意ではありません」
「それじゃ、とりあえずは足のつく程度の浅瀬で遊ぼうか」
俺達は海へと移動すると冷たい水の感触をまずは楽しむ。
「こんな風に海に遊びに来るのって、高校の時以来です」
「高校の時は海に来たのか?」
「はい。お友達と一緒に来ました。今は皆、町を出てしまってるので、元気にしていればいいんですけど。お友達の多くが卒業と同時に町を去って行きましたから」
「……それは寂しいな」
田舎町特有の寂しい現実である。
進学や就職するにしても、町から出ていく事が多い。
こればかりはホントに現状としてどうにもならないからな。
「あっ、朔也さん。手を貸してもらえませんか?」
「いいよ。どうぞ、掴まってくださいお嬢さん」
「ふふっ。頼りにさせてもらいます」
俺の差し出した手を掴んだ彼女はゆっくりと海へと入る。
「冷たいですね。でも、この暑さだととても気持ちよく感じます」
「暑い時は海に限る。俺は海が好きだからさ。よく泳いだりするんだ」
「スキューバダイビングもされるんですよね?」
「まぁね。毎年、夏の間に数回は潜ってる」
この海水浴場から少し離れた所にダイビングスポットがあるのだ。
遠方からも人がくるほどで、かなり楽しめるのである。
「いいですねぇ。羨ましいです。私もスキューバをしてみたいです」
「やってみる?」
「いえ、気持ちだけです。今の私のレベルでは泳げるどころでもありませんから。いつか、叶ったらいいな程度の夢ですよ」
「……そう言う事がやってみたいってことじゃないのかな」
由愛ちゃんは自分のやりたい事が見つけられないと言っていた。
「そうなんでしょうか?」
「何でもいいって言ったじゃないか。ホントに些細なことでもいいんだよ。ちょっとした目標ができれば人って変わっていく」
そういう単純な事でいいと思うんだ。
人生って、何気ない事の積み重ねでできてるわけだし。
難しく考えてしまうからややこしくなる。
そんな俺に由愛ちゃんは真っすぐな視線を向けながら、
「朔也さんってやっぱり、先生なんだって思います」
「え? 説教くさい?」
「そういうわけではないですよ。ふふっ」
思わず由愛ちゃんに笑われてしまった。
「……きっと、朔也さんは良い先生なんですね」
「どうかな。まだまだ慣れていなきゃいけないことだらけだよ」
教師になってからまだ2年。
経験値は十分でもなく、日々、経験値あげの毎日だ。
辛い事、楽しい事、いろんな経験を経て俺は一人前の教師になろうとしている。
「朔也さんみたいに真っすぐな夢を私も見つけてみたいです」
彼女は俺に軽く水をかけてくる。
それを返しながら俺は彼女に言った。
「見つけられるよ。由愛ちゃんにならきっと」
「はいっ」
しばらくはそうやって水と戯れながら時間を過ごしていた。
ある程度楽しんだ後は由愛ちゃんを連れて少しだけ沖へと出る。
「浮輪なしでこんな遠くまで来たのは初めてです」
「怖い?」
「ちょっとだけ。でも、朔也さんがいるから安心できます」
俺の腕につかまる彼女。
時折、波に揺られて、彼女の胸が腕に当たる感触が心地よい。
……いや、ちゃんと彼女をサポートしてますよ?
誰にでもない言い訳をしながら俺は泳ぎを止める。
「この辺にしておこうか。あんまり沖に行くと溺れた時が危ないし」
「ですね。この辺でも私は精一杯ですけども。ふぅ」
「大丈夫? 厳しかったら、もっと掴まってくれてもいいから」
その方が俺も嬉しいし。
などと下心を持ちながら彼女と一緒に泳ぐ。
目の前を似たようなシチュでカップルが遊んでいた。
うむ、カップルだと密着度が違うな。
腰に手なんて回して、いちゃつきっぷりを見せつけてくれるぜ。
今の俺がそれを由愛ちゃんにしたら雫さんに海の底へと沈められるに違いない。
「ふふっ。あのふたり、楽しそうですね」
「恋人同士だと、そりゃ楽しいだろうさ。でも、俺も今はすごく楽しいよ」
「……私もです。恥ずかしさもあるんですけど、とても楽しいです」
由愛ちゃんはカップルを眺めながら、
「恋をするって楽しい事ですか?」
「どうだろ。楽しい事ばかりじゃないかな。人と人が付き合う、心や身体を許し合うってことだからさ。一言で幸せだと言いきれるものではないこともあるよ」
恋には時々、それに伴う痛みもある。
想いが強ければ強いほどに。
忘れられない痛みを心に刻み込むこともあるんだ。
幸せと不幸せは表裏一体だから。
「……朔也さんはこれまでの人生でたくさんの女の子と付き合ってきたんですよね?」
「ストレートに言われると『はい』と言い辛いんだが。女好きみたいで、すみません」
「くすっ。でも、朔也さんを好きになる女の子の気持ちはちょっとだけ分かります。優しいんですよ。とても安心できるし、頼りにしてしまうんです」
「由愛ちゃんみたいに可愛い子に褒められると照れくさいな」
そんな俺に彼女は思いもよらない事を言う。
「……私には人を好きになる気持ちが未だによく分かりません」
「恋をした事がないから?」
「はい。経験がありませんから。でも……」
「でも?」
「ねぇ、朔也さん。私、今、してみたいと思った事がひとつだけできたんです」
彼女は天使のような満面の笑みで言ったんだ。
「――私、恋をしてみたいんです。朔也さん、その相手になってもらえませんか?」