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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第10部:箱入り娘の反抗期 〈星野家三姉妹編・星野由愛END〉
203/232

第2章:決断を要す《断章1》

【SIDE:星野由愛】


 真っ暗な明かりのない夜道。

 長い坂道をひとりで降りていくのは心寂しくなります。

 

「9時半すぎ、ですね」

 

 腕時計で時間を確認しました。

 こんな時間に夜道を歩くなんて、今までしたことがありません。

 山にある私の家からは美浜町の町並みがよく見えます。

 

「変な人に会わなければいいんですけど」

 

 以前にナンパしてきた観光客の人はすごく怖かったです。

 通りがかった朔也さんに助けてもらわなければどうなっていたか。

 あんな人が今もまた現れたら、と思うと。

 

「……ぐすっ、家に帰りたいです」

 

 家から出て3分、私の心はすでに折れそうになっていました。

 姉さんと喧嘩なんて子供の頃にもしたことがありませんでした。

 初めての経験です。

 言い返しても、言い返しきれない、姉さんに反抗するのは難しすぎます。

 いつも頑張って反抗してる茉莉ちゃんがすごいと思いました。

 

「とりあえず、駅の方に行きましょう。動けば何とかなるものです、きっと」

 

 こんな山中にいる方が危ない気もします。

 この辺りはイノシシとか、野生動物に出くわすこともあるんです。

 もっと山奥の方にはクマもいますし、時々、こちらの方におりてくることも……。

 

「……怖くなってきました」

 

 普段は意識しないのに、不安になると何もかもが怖くなります。

 不安になることだらけです。

 足早に坂道を下りていくと、ようやく、海沿いの道路が見えてきました。

 その辺りで私は声をかけられたんです。

 

「……あれ? 由愛ちゃん? どうしたの、こんな時間に?」

「さ、朔也さん?」

 

 朔也さんの顔を見てホッとしました。

 不安な時に親しい人に会うと安心できます。

 

「朔也さんこそ、どうしたんです?」

「俺は少しお酒に酔ったから海の風に当たって散歩してただけだよ。由愛ちゃんは旅行バッグなんて持ってこれから旅行にでも行くの? もう電車はないと思うけど」

「旅行じゃありません。家出です」

「……は?」

 

 あ然とした表情を浮かべる朔也さん。

 事情を話せば彼なら……だ、ダメです、ここで彼に頼ろうとしたら私の負けです。

 朔也さんなら私の相談にも快くのってくれるでしょう。

 けれど、それじゃいつもの私のままで変わらないんです。

 私はいつも人に頼り、甘えてばかりいました。

 そんな自分が嫌になったからこそ、姉さんと言い争い喧嘩してしまったんです。

 雫姉さんの言葉はほとんど正しくて、私は自分が悲しくなるほどダメに思えました。

 “決断をする”。

 そんな事さえできない私を変えたいんです。

 

「えっと、家出ってあの家出?」

「……そうです。私は独り立ちするんです」

「独立問題? 意味が分からないんだけど?」

「私は大丈夫ですから。朔也さんは気をつけて家に帰ってください。酔ってるんでしたら、足元に気をつけて下さいね」

 

 朔也さんは「酔いなんて今、さめたよ」と驚いた顔をしました。

 私は駅の方へと歩こうとすると彼も付いてきます。

 

「ま、待ってくれ、由愛ちゃん。一人でどこにいくつもりだ?」

「とりあえずは駅前に。今からでも泊まれるホテルはあるかもしれません」

「そりゃ、ビジネスホテルくらいならあるけどさ。なんで? 家出の理由は?」

「……雫姉さんと喧嘩しました」

 

 つい勢いで、何も考えずに家を出てしまい困っています。

 けれども、そんな事を彼に言うわけにはいきません。

 

「こんな時間に女の子を一人歩きなんてさせられない」

「いいんです。ここで朔也さんに甘えたら、私の負けなんです」

「……負け? 今日の由愛ちゃんはどうしたんだ?」

 

 不思議そうな顔をする彼を置いて私は歩きだします。

 本音を言えば、私だって怖いです。

 ホントは今すぐにでも朔也さんに甘えて頼りたいです。

 でも、私にだってプライドくらいあります。

 姉さんにあれだけ言われて、すぐに人に頼るわけにはいきません。

 

「由愛ちゃん? おーい?」

 

 無言で暗い夜道を歩いていると、前から観光客風の男の人達が来ました。

 お酒を飲んでいるのか、すごく雰囲気が悪そうです。

 

「おー、めっちゃ可愛い、美少女発見! いいねぇ、可愛いねぇ」

「お嬢ちゃん。ひとりなら俺達と一緒に飲まない?」

「今から2軒めの店に行こうと思ってるだけどさぁ。どこかいいとこ、ない?」

 

 数人の男達に声をかけられて、びくっとしてしまい、足がすくみます。

 別に何かされるわけでもないのに、怖いと思いました。

 そうです、私は元々、あまり男性が得意ではないんです。

 知らない人に声をかけられるのはもっと苦手なんです。


 さ、朔也さん――!


 思わず、後ろを振り返ると、まだ朔也さんがついてきてくれていました。

 彼はそっと私の肩に手をかけて男の人達に言いました。

 

「おいおい、お兄さんたち、俺の恋人をからかわないでくれ。この子、怖がらせたら許さないよ。お酒を飲みたいなら、この先に深夜までやってる居酒屋があるからさ。そこのお店のお姉さんは美人だから、そちらにどうぞ」

「マジで? そりゃ、いいねぇ」

「行こうぜ、行こうぜ。兄ちゃん、情報サンキューな」

 

 笑いながら男の人達が立ち去って行くのを眺めていました。

 いなくなり静けさが戻り、私は安堵のため息をつきます。

 

「ふぅ。朔也さん、ありがとうございました」

「この季節は観光客が多いから、ああいう類の男がいっぱいいるよ。今回はただのお兄さん達だったけど、危ない奴もたまにいる。それでも、一人で行くの?」

「ひ、一人で行きま……す……」

 

 私の心はすっかりと揺らいでいました。

 もう怖い想いはしたくありません。

 身体を軽く震わせていると、朔也さんにそっと抱きしめられてしまいます。

 

「あっ……朔也さん……」

 

「何があったのか知らないけど、それは明日にはできないのかな? 今日はやめない? 家に帰りたくないなら、今日は俺の家に泊まればいいし。もちろん、俺が何かやましい事をするわけもない。雫さんに何されるか分からないからね」

「朔也さん……でも……」

「由愛ちゃん。俺が心配なんだ。ここで由愛ちゃんを一人で行かせて、何かあったらすごく心配だよ。俺を心配させないで欲しいんだ。ダメかな?」

 

 そんな風に言われてしまったら、私は頷くしかありません。

 

「はい、分かりました」

 

 朔也さんはずるいです。

 優しすぎるからつい甘えたくなります。

 やはり、私にとって彼はお兄さんのような頼りにしてしまう存在なんです。

 

 

 

 

 彼の家に到着すると、たった30分だけ外に出てただけなのにすごく疲れました。

 私には家出は向いてないどころか、無謀すぎる挑戦でした。

 飛べないペンギンがスカイダイビングするくらいに無謀なものです。

 朔也さんがいなければきっと、私はすぐにでも家に逃げ帰っていたかもしれません。

 そして、姉さんに大いに笑われてしまったに違いありません。

 自分で何もできないダメな私。

 ホントに嫌になります。

 朔也さんの家にはいくつか部屋があり、そのひとつを案内してくれました。

 

「それじゃ、由愛ちゃんはこの部屋を使ってくれ。普段は誰も使ってない部屋だから」

「……はい。お世話になります」

「一応、確認だけどさ。雫さんに連絡した方が良い?」

「いえ、いいです。私、家出中ですから」

 

 すぐに朔也さんを頼ったなんて知れたら、また姉さんに笑われてしまいます。

 

『ほら、私の言った通りじゃない。由愛にすぐ自立なんて無理なのよ』

 

 ……笑い声までリアルに想像できました。

 そう言われたくはないので、私は姉さんには秘密にしておいて欲しいです。

 

「……姉妹喧嘩っていうか、由愛ちゃんと雫さんが喧嘩することってあるの?」

「人生で初めての喧嘩なんです。姉さんには内緒でお願いします」

「んー、了解。それじゃ、とりあえずはお風呂でも入ってよ。お話はその後でいいからさ。シャワーでも浴びたら頭もすっきりとすると思うからさ」

 

 朔也さんに言われるがままに私はお風呂場に行きました。

 温かいシャワーを浴びながら私は自分の決意のなさに呆れてしまいました。

 

「私は何をしてるんでしょう」

 

 姉さんに言い負かされて、子供のように家出の真似ごとをして。

 結果として家出から30分も持たずに、朔也さんに頼ってしまって。

 

「ダメな私は何をしてもダメなのかもしれません」

 

 完全に自信を喪失してしまい、私は涙がこぼれてきました。

 姉さんからあんな風に言われてしまったのが悔しいのかもしれません。

 

「私だって、意地くらいはあるんです」

 

 シャワーのお湯が涙を洗い流していきます。

 

「子供扱いされても仕方ないのかも……い、いえ、そこまで自信をなくすと私の行動が無意味になってしまいます。姉さんに見せつけなくてはいけないんです。私でも、自立できるということを……頑張れば、なんとかなるはずです」

 

 気持ちを何とか立ち直させようとします。

 

「……朔也さん。私が困ってる時にいつも現れてくれますよね」

 

 今日、彼が“偶然”、あの場所にいてくれてよかったです。

 いつだって、私が困っていれば助けてくれるから、頼りにしてしまいます。

 

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