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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第10部:箱入り娘の反抗期 〈星野家三姉妹編・星野由愛END〉
202/232

第1章:箱入り娘の家出《断章3》

【SIDE:星野由愛】


「由愛、ちょっといい? 貴方に話があるのよ」

「何でしょうか?」

 

 雫姉さんは私にそう言うと、座るように促しました。

 ショコラを茉莉ちゃんに預けて私は彼女に向き合います。

 

「……え、えっと、私はいない方が良い?」

 

 茉莉ちゃんが居心地の悪さを感じて姉さんに尋ねます。

 

「茉莉もそこにいなさい。貴方には直接関係ない事だけど、大切なことだから」

「は、はーい。うぅ、お姉ちゃんが怖いよ。いつもより怖い」

 

 部屋の隅に逃げるように彼女は後ずさりました。

 

「別に怒るとか、そんなつもりはないわ。由愛には聞きたい事があるだけ」

「……聞きたい事ですか?」

「さっき、美帆の店で偶然、鳴海に会ってね。アイツと少し話をしたのよ」

「え? 朔也センセーと? いいなぁ、お姉ちゃん。私もあいたかった。ひっ、ご、ごめんなさい。しょこたんと大人しくしてるからこっちを睨まないで!?  ふぇーん」

 

 姉さんにひと睨みされて、茉莉ちゃんはショコラを抱きしめながら怯えてます。

 ガタガタと震える様は何だか可哀想です。

 

「朔也さんとはお昼に会ってお世話になりました。さっきも話しましたよね?」

「えぇ。そこで、由愛が自立したいと考えているって話を聞いたの」

「……その事ですか。はい、今、悩んでいる事はあります」

「ホントなのね。また何でそんな事を」

「気づいてしまったからです」

 

 いい機会なので、姉さんの意見も聞いてみる事にしました。

 ひとりで悩んでいても、答えを出すのは難しいです。

 

「姉さん。私は今まで自分の人生で大事な事を決断をしていないんです。春人さんとの婚約破棄の時も、結局は両親が決めてくれました。就職の時も、姉さんが知り合いのカフェを紹介してくれました」

「……そうだったわね」

「この子を飼う時だって、朔也さんとショコラが決めてくれたようなものです。もちろん、決断の結果、私にとって嫌な事はひとつもないんです。けれど、私が決めたことではありません。私だって、何か自分で決めてみたいと思ったんです」

 

 私の話を聞いていた姉さんは小さくため息をつきます。

 

「……雫姉さん?」

「当たり前じゃない。だって、由愛は小さな頃から一度も自分で決断する事をしてこなかった。貴方はお父さん達の言う事を何でも聞いたし、我が侭だって言わない良い子だったもの。でも、そうね。今となって思えば甘やかしすぎたかもしれないわ」

「甘やかしすぎた、ですか」

 

 私は小さな頃から皆さんから愛されていました。

 それが決断できないことと、どんな関係があるのかは分かりません。

 

「前から思ってた事だからこの際だから、言っておくわ。由愛は自分の人生をどう考えているの? どう生きていきたいと思ってるの?」

「それは……」

 

 姉さんの問いに私は思わず言葉に詰まってしまいました。

 すぐに答えようとしても、何も言葉が思いつかなかったんです。

 私は人生をどう生きていくのか、そんな質問に答えられない自分がいました。

 姉さんは部屋の隅にいる茉莉ちゃんに視線を向けて、

 

「……茉莉、お前の夢は何?」

「え? 私? 私はもちろん、東京に行く事だよ?東京にいってね、モデルとかもやってみたいし、アイドルにもなりたい。やりたい事だらけだよ。他には鳴海センセーと……」

「もういいわ。由愛、茉莉ですらこんな幼稚ながらも夢があるのよ」

 

 茉莉ちゃんは「ひどい。幼稚って言われた、ぐすっ」と拗ねてしまいました。

 

「何で由愛は自分の夢を答えられないか、分かる?」

「……考えたことがないからです」

「そうよ。由愛は自分の生き方を考えてきていない。将来の事も親が決めた通りに従ってる。婚約者の事もそう。将来の事もそう。まるで、自分で何も考えていない。私はその事に気付いたのは由愛が高校の三者面談の時にある事を言ったって聞いた時からよ」

 

 静かに私の目を見つめて語りかけてくる姉さん。

 

「将来はどういう希望がありますか? って質問に先生にこう言ったらしいわね。私の将来はお父様達が決めてくれますって」

「あっ……」

 

 その言葉を言った覚えはある。

 そう言って、担任の先生を困らせてしまったのだから。

 その後、結婚話もあってさらに困惑させてしまったのを覚えている。

 

「親が決めた通りに生きてくれる。両親にとってはこれ以上ないほどに素直で良い子よね。だけど、箱入り娘に育てられた事は由愛にとって幸せなことなのかしら」

「私にとっては幸せですよ。今の生活に不満はありませんから」

「それがいけない。はっきり言うわ。両親の意思に従って生きる事が正しいの? あの人達が決めたことに従うだけが由愛の人生なの? 違うでしょ。だって、そうやって誰かに決めてもらえたら楽だけども、責任は自分でとらなきゃいけないのに」

 

 姉さんは私の肩をそっと触れる。

 

「……由愛は自分の人生をちゃんと生きてない。そう私は思う」

「生きてないって、どうしてそう言うんですか」

「何も決めず、誰かに決められてた通りに生きてきた。由愛はやりたい事もなければ、この先の未来さえ想像できない。だって、想像したことがないんだもの」

 

 彼女の言葉が怖いと思いました。

 私のこれまでの人生が無意味だと言われている気がして……。

 

「何も言い返せないでしょ。仕方ないわ。そうさせてきたのは私達、家族だもの。お父さん達も悪い、由愛が素直すぎるからこれまで自分で決めさせたことがなかった。由愛は料理でも何でもできる良い子だけども自分の事となると別」

 

 はっきりとした言葉で、彼女は私に言います。

 

「由愛は一人では生きていけない、か弱いヒナのようなもの。自分のやりたい事さえ、他人に決めてもらってるようでどうするの? ずっとそうしているつもりなの? それすらできないのに、自立したいだなんて」

「……お、お姉ちゃん、厳しくない? そんな言い方しないでもいいじゃん」

「茉莉。貴方は黙ってなさい。由愛に話をしているの」

 

 夢も希望も、当たり前のように皆が考えてきているものです。

 そんなことさえ、私は自分で決めた事も考えた事もなくて。

 けれど、私だって……。

 

「自立したいって思っちゃいけないんですか」

「今のままじゃ無理よね? それが分かってないから言っている。物事には順序があるわ。由愛の世界は狭すぎる。この町だけしか貴方は知らない」

「……私の世界」

「そう。世間知らずって言えばいいのかしら。貴方はこの町だけがすべて。他の街に行こうともせず、自分の世界を広げようともしなかった。まだ東京に行きたいって言う茉莉の方が偉いわ。自分の世界を自分で広げようとしているのだから」

 

 姉さんの言葉は正しくて、私は何も言い返せません。

 

「由愛の幸せって何なの? 昔の話になるけども、そう言う意味では同じ境遇でも、千条は違ったわね。由愛を裏切る最低な行為だったけども、好きな相手を見つけて自分の意思で幸せになろうとしていた。親の操り人形では終わらなかったわ」

「春人さん……」

 

 彼は今、結婚して子供もいて、幸せな家庭を築いていると人づてに聞きました。

 

「世界を広げなさい。自立したいと思うのならば、自分で考えて行動しなさい。自分で決めると言う事は自分の責任で物事を決めると言う事よ。他人に運命を委ね続けてきた由愛にそれができるの?」

「……できますよ」

 

 私は思わず姉さんにそう言い返してしまいました。

 

「姉さんの言い方じゃ私はまるで何もできない子供じゃないですか。私はそこまで子供じゃありません」

「……私から見れば子供と同じよ。口だけじゃ何とでも言えるけどね」

 

 見下した言い方をされてムッとしてしまいました。

 姉さんにそこまで言われてしまうと、私だってムキにはなります。

 

「ち、違いますっ!」

「何も違わないっ!」

 

 真正面から姉さんに向き合い、言いあいを続けると茉莉ちゃんが間に入ってきました。

 

「や、やめてよ、ふたりとも。お姉ちゃん達が喧嘩なんてどうして? やーめーて」

「うるさいなぁ、茉莉。アンタは邪魔。猫と一緒に引っ込んでなさい。由愛、本当の世界は貴方が思うほどに優しくもないし、大変なの。貴方は自分が今まで箱庭の中で守られ続けていたと言う自覚すらもないんだから。自立できない子供でしょ」

「……じ、自立くらい、できます」

「どうやって? 家でも出て、ひとりで暮らすとでも? それこそ無理でしょ。大体、由愛はね。他人に甘えてばかりの……」

 

 姉さんの言葉に私は「――します」と言い返しました。

 

「え?」

「だから、それならこの家から出て暮らしてみせます!」

「は? 由愛が? 無理だわ。それこそできるわけがない」

 

 鼻で笑われてしまうほどに無謀な言葉でした。

 私が悲しいのは姉さんにそこまで子供扱いされてしまっている所です。

 雫姉さんは私にとって憧れの相手でした。

 何でも自分で出来る上に、はっきりと物事も決められる彼女に憧れていました。

 姉さんにそこまで言われて、私はムキになり、もう一度宣言をしてしまいます。

 

「――私は、星野家を出ていきますっ」

 

 

 

 

 すぐに荷物をまとめて私はキャリーバッグをひとつを持って家を出ました。

 

「ゆ、由愛お姉ちゃんが家出!? どーしよ、そうだ、ママに連絡しなきゃ!?」

「放っておきなさい。どうせ、すぐに戻ってくるわよ。ねー、由愛?」

「か、帰りませんからっ。私だって自立できるところを見せます」

 

 雫姉さんにそう言って、玄関の扉を閉めて私は夜の道を歩き始めました。

 ひんやりとした夏の夜にしては冷たい空気。

 私にとって初めての家出です。

 

「でも、家を出て……これから、どうすればいいんでしょう」

 

 自分が何も考えずに勢いだけで出てきたせいで、すぐに行き詰ります。

 

「私……全然、ダメですね。子供と同じかもしれません」

 

 肩を落として夜道を歩きながら、自分の浅はかさに泣きそうになりました。

 

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