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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第10部:箱入り娘の反抗期 〈星野家三姉妹編・星野由愛END〉
201/232

第1章:箱入り娘の家出《断章2》

【SIDE:星野由愛】


 私の人生で決断を要す時、いつも家族や周囲の皆さんが決断してくれていました。

 私は自分で何も決めた事がありません。

 そう、それはあの時ですらも。

 それは2年前の出来事、高校を卒業する間際の2月――。

 

「由愛さん、本当にすみません」

 

 屋敷を訪れた私の婚約者の千条春人(せんじょう はると)さん。

 千条家と星野家は古い付き合いがあり、彼は幼い頃から親同士が決めた婚約者で私にも優しくしてくれていました。

 けれども、その日、彼の口から語られたのは……。

 

「……婚約破棄ですか?」

「由愛さんとの結婚が近い、こんな時期に破棄するなどあってはならないことだと承知しています。でも、僕には本当に好きな人ができたんです」

 

 結婚間際の突然の婚約破棄。

 年上の彼は私に頭を下げながら謝罪を続けます。

 

「……他に好きな人ができたんですか? どのような人でしょう」

「大学の同級生です。僕は親の決めた相手ではなく、自分の本当に好きになった人と結婚したいんです」


 彼は真面目で、人を裏切るような人ではありませんでした。

 そんな彼がこんな話を切り出すなんて誰も想像すらしていなかったんです。


「由愛さんの事を嫌いになったわけではありませんが、僕は初めて本当の恋をしました。親同士が決めた事ではなく、自分の意思で決めた人と結婚したい」

 

 人を好きになる事すらも親任せで。

 私は自分で誰かを好きになった事もありません。

 

「千条、今さら何を言ってるのっ!ふざけないでっ」

 

 隣で話を聞いていた雫姉さんが春人さんの襟首を掴んで激しく詰め寄ります。

 

「……ほ、本当に、すみません」

「すまない? 私の妹じゃ不満だっていうつもり?」

「そう言う事じゃないんです。由愛さんだから悪いんじゃありません。他に好きな人ができてしまった、その自分の心に嘘をつけないんです。この気持ちを押さえて、由愛さんと結婚しても僕は……心の底から愛する事はできません」

「何が愛よ、ふざけるなぁっ!」

 

 姉さんが春人さんの頬を思いっきり手で叩きました。

 勢い余って、彼は畳の床に尻もちをつきます。

 

「……姉さん。暴力はやめてください」

「止めないでよ、由愛っ。貴方だって悔しくないの? こんな風に言われて。こいつはね、貴方との結婚の約束をしておきながら、他に好きな人ができたのよ」

「由愛さんを裏切った事は謝罪します。本当にすみません」

「謝ってすむことじゃないわよ。この子をどれだけ傷つけたら気がすむつもり? 星野家の面子を潰しただけじゃない、この子の未来もかかってることなのに。勝手すぎるじゃない、最低にもほどがあるわ」

 

 雫姉さんは彼を睨みつけて怒りました。

 彼の赤く腫れた頬を何度も彼女は叩きながら、

 

「くっ、この裏切りものがっ! ただで済むと思わないでよね? 千条、お前の家もどうなるか分かってるんでしょう? こんな真似をして、はい、すみませんで済むと思うな」

 

 私のために怒ってくれている姉さん。

 叩かれた頬を押さえながら、春人さんは言いました。

 

「す、すみません。星野家に多大な迷惑をかけたこと、謝ってすむ話ではない事も分かっています。それでも、僕は初めて自分から好きになった人と結婚したいんです」

「この子を愛していない、そう言いたいの?」

「……はい。由愛さん以上に、好きな人がいるんです」

 

 その言葉に私は彼の本気を知りました。

 春人さんは“人を好きになった”ということ。

 私達の間にはない、愛情と言う感情。

 愛情ではなく、家同士で決められた婚約関係とは違いました。

 

「……心の底から愛してるんですね、その方を」

 

 本物の恋愛をしている彼が羨ましく思いました。

 

「本当に好きな相手ができたのなら、仕方ないですよね。姉さん。これ以上、春人さんを苦しめてはいけませんよ。だって、彼は本気なんですから。私の事を愛するつもりがない、と言われてしまったんです」

 

 このまま、彼の婚約破棄を認めず、結婚しても私達はきっと幸せになれません。

 それにこうなってしまった以上、私には選択権なんて最初からありません。

 

「……由愛の気持ちはそれでいいの?」

「だって、どうしようもないじゃないですか。私には認める事しかできません」

「どうしようもない事だとしても、貴方にもプライドはあるでしょう」

「春人さんの心の問題です。それに、この婚約破棄はもう決まっているんです。あとは私の気持ちだけなんでしょう?」

 

 別室では私の両親や親戚たちと、春人さんのご両親が話し合いをしています。

 そこでは彼との婚約破棄は一悶着あっても、認められているはずでした。

 きっと、星野家は強引な手を使ってまで私達に結婚を迫る事はしません。

 何よりも私の事を大事に思ってくれる両親。

 相手の家に嫌がらせなどせず、この話をうまくおさめてしまう事でしょう。

 こんな話になってしまった時点で、私には何も決めることはないんです。

 大切な事はいつだって、私が決める事はありません。

 

「春人さんとの婚約破棄を認めます。姉さん、お母様達にそう伝えてもらえますか?」

「……由愛」

「お願いします」

 

 私がそう言うと姉さんはもう一回、彼の頬を叩いてから部屋を出て行きました。

 ふたりっきりになった部屋で私達は向き合いました。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 私が春人さんにそう告げると彼は首を横に振りながら、

 

「雫さんが怒るのも当たり前で、貴方に責められるのも当然だと思います。自分勝手な事をしてしまい、すみませんでした」

「春人さん、一つ聞いてもいいでしょうか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「人を好きになると言う気持ちはどういうものなんですか?私には、分かりません。貴方の事も、お父様が決めてくれてた結婚相手として慕ってきました。けれど、愛してはいませんでした。貴方も同じだったはずです。なのに……」

 

 彼が本当の愛を手に入れた、という事が私には不思議でした。

 春人さんもまた私と同じように、親の言う通りに生きてきた人だったんです。

 親に逆らってまで自分の意思を貫き通す、それは彼にとって初めての経験のはずです。

 

「僕が彼女を好きになったきっかけは些細なことでした。彼女の笑顔を好きになったんです。見ているだけで心が躍るような、素敵な微笑み。その笑顔を間近でずっと見ていたい、それが恋の始まりでした」

「……春人さん、その女性と結婚するつもりなんですか?」

「こう言う事になってしまいましたから、すぐにというわけにはいきませんが、いずれはそうしたいと思っています。愛しているんです」

「好きな人と結婚する。私はそれが一番だと思いますよ、春人さん」

 

 私は立ち上がって、ふすまを開けると、太陽の光が入ってくる。

 まだ肌寒い2月の冬の風が吹き込んでくる。

 恋を知らない私と、恋を知ってしまった春人さん。

 この別れはしょうがない事なのでしょう。

 

「正直に言いますね、私は春人さんが羨ましく思います」

「……え?」

「自分で好きになった人がいると言う事が羨ましいです。このまま結婚していても、私はずっと貴方を愛せなかったかもしれません。幸せにはなれなかったと思います。だから、貴方の選択はきっと正しい事です」

 

 彼にそう告げると、驚きと共に何とも言えない複雑な表情を見せました。

 婚約破棄の事がショックじゃなかったわけではないですけど。

 本気で好きになった人が私にいません。

 運命の相手を見つけてしまった、そんな彼を羨ましくなりました。

 

「由愛さん。貴方のような優しい女の子を傷つけるような真似をする事になって、自分を恥ずかしく思います。裏切ってしまい、本当にすみませんでした」

 

 最後に深く頭を下げた彼に私は言いました。

 

「……幸せに、なってくださいね」

 

 春人さんはその言葉を聞くと、静かに「はい」と頷きました。

 その後、私と春人さんの婚約関係は破棄されました。

 やはり、私が認めるまでもなく、両親がそう決めていたようです。

 

『今回の事は由愛を傷つけてしまう結末になってごめんなさい。今度は、ちゃんとした良い相手を見つけてあげるからね』

 

 またいずれ、私には両親が決めてくれた縁談があるでしょう。

 けれども、それは私が決めた事ではありません。

 私は、自分で何も決断をせずに生き続けているんです。

 


 

 

 ……昔の事を思い出していました。

 こんな過去を思い出すのは久しぶりです。

 朔也さんに「自分で決めた事がない」と話をしてしまったからでしょうか。

 何で、彼にあんな事を言ったのか自分でも分かりません。

 私が思っている以上に、彼に心を許して信頼しているからかもしれません。

 私にとっては兄のような人。

 それだけではなく、私を変えてくれるかもしれないと言う期待もありました。

 

「やっほ。由愛お姉ちゃん、しょこたんを見て。可愛さUPだよ」

 

 のんびりとしていると、茉莉ちゃんがショコラを抱いて私の部屋にやってきました。

 可愛らしい猫の尻尾にリボンがついています。

 

「じゃーん、しょこたんの尻尾に可愛いリボンをつけてみました」

「とても可愛いですね。ショコラも女の子ですから、きっと気に入りますよ」

「だよね? しょこたんも、もっと私に懐いて欲しいなぁ」

 

 私はショコラの頭を撫でると「にゃー」と気持ち良さそうな声をあげてくれます。

 

「……そう言えば、ショコラの時もそうでしたね」

 

 私がこの子を飼おうと思ったのも、ショコラ自身に決めさせました。

 

『その猫を飼うのか?』

『この子次第です。さぁ、猫さん。私と一緒に来ますか?』

 

 どうして、私は自分で決められないんでしょう。

 そんな時です、美帆さんのお店に出かけていた姉さんが帰ってきました。

 

「由愛……ちょっと良いかしら? 話したいことがあるのよ」

 

 私の部屋に入ってきた雫姉さんは、少しだけ怖い顔をしていたんです――。

 

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