第4章:太陽と向日葵《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
長年、連絡のとれていなかった千歳との再会。
それは俺が望み続けてきたものだ。
『大好きだよ、朔也ちゃん』
彼女と再び恋人になることができてから一週間が経っていた。
「もうそろそろこっちにつく時間のはずだ」
俺は駅前に千歳を迎えに来ていた。
あれから彼女は一度家に帰り、美浜町に引っ越してくることになったのだ。
もうすでに家には彼女の引っ越しの荷物が届いている。
「新車も用意したし、準備はオッケーだぜ」
千歳のために夏のボーナスを使い、車を購入した。
こんな田舎町だ、足の不自由な彼女には移動手段として必要だろう。
これから先もリハビリを続けていくと言う。
それを俺も支えていきたい、ふたりで乗り越えていくと約束したから。
「朔也ちゃん~」
彼女の明るい声が駅に響く。
「迎えに来たぞ、千歳」
「うんっ。ありがと。あっ、車だぁ。買ったの?」
「あったら便利だろ。さすがに千歳をバイクに乗せるわけにはいかないからな」
俺は彼女を車に乗せると俺は海沿いの道を走りだした。
「やっぱり、この町は良いね。海がいつも見えるから、すごくいい」
千歳も綺麗な海を気に入ったようだ。
助手席の窓から海を見ていると、車を止めて欲しいと言われる。
「どうした? 降りるか?」
「ううん。ここでいいよ。少しだけ、海を見てもいい?」
「あぁ、いいぞ。千歳って海が好きだよな」
「好きというよりも、好きになったって言葉の方が正しいかも。元々、海に縁はなかったし。こんなにも広くて綺麗なんだって知って、好きになったの」
車の窓から海を眺めている千歳。
その瞳に映る海はどんな風に見えているのだろうか。
「これからここが私が住む町なんだね」
「……そうだな」
千歳が俺の隣にいてくれる。
この日常を大切にしていきたい。
すれ違っていた時間が、俺達の関係を絆をより深めてくれた気がする。
「そうだ、神奈ちゃん達が引っ越しのお祝いをしてくれるんだって。今日はお店に来て欲しいって言ってたよ。朔也ちゃんも聞いてる?」
「聞いてる。それにしても、神奈と千沙子も仲が良くなってるんだな」
「うん。この町で最初のお友達だから。ふたりともいい人達だし」
俺と千歳の再会に一役かってくれた2人。
俺にとっても大事な子達が、千歳と親しくなってくれるのは嬉しい。
「この町で暮らしてよかったのか? 東京に戻るって選択肢もあったわけだが」
「いいよ、こっちでもお仕事はできるから。翻訳家のお仕事はパソコンがあれば、どこでもできる。それに、朔也ちゃんは東京に戻るよりこの町で暮らしたいんでしょ?」
「……俺としてはこの町でずっと暮らしていきたい」
「うん。私も、一緒に……ずっと暮らしていたいと思うよ」
そう言って、千歳は嬉しそうに俺に左手を見せる。
その左手のくすり指には、俺が贈った指輪がはめられていた。
……それは俺達が再会を果たしたあの日、海から帰ろうとする間際。
出かける際に、慌てて持ってきたあるモノを千歳にプレゼントした。
「千歳……これをお前に渡したいんだ」
「なぁに? プレゼント?」
「2年前に渡せなかったものだ。渡せずにいたけど、受け取ってくれるか?」
それは俺がずっと渡せずにいた指輪だった。
千歳が俺の前からいなくなった2年前、あの時に渡そうと思っていたもの。
俺は指輪の箱を取り出すと、千歳は驚いた顔を見せる。
「これって……?」
「言ったろ。俺は2年前からお前と一緒に生きていく覚悟があったって」
「指輪、だよね? ホントに……?」
戸惑う表情を浮かべながらその指輪を受け取る。
俺がそれに込めた想い。
2年前と変わってなんていない。
「千歳……俺と、結婚してくれないか?」
言えずにいた、ずっと言いたかった言葉。
青空の下で告白をする俺に千歳は涙を浮かべながら言うのだ。
「……私、バカだなぁ」
「千歳」
「ぐすっ。朔也ちゃんがこんなに思ってくれていたなんて知らなかった。私ひとりで苦しんで、周りが見えてなかった。私の傍には……ちゃんと私を想い続けてくれてる人がいたのに」
遠回りしたけども、俺の想いは千歳にちゃんと伝わったようだ。
千歳がそっと俺の前に左手を差し出した。
「ねぇ、指につけてくれる?」
「もちろん。そのために用意していたんだから」
俺は箱から指輪を取り出すと、彼女の細い指にはめた。
銀色に輝く指輪を見ながら、千歳は向日葵のような笑顔を俺に向ける。
「朔也ちゃん……月並みな言葉だけども、私を幸せにしてね?」
「そのために頑張るさ」
恋人から婚約者へ。
変わる関係、繋がる思い。
そして、俺達は……遠回りしたけども、同じ道を再び歩み始めたんだ。
車を止めた車内から眺めるどこまでも広がる蒼い海。
千歳は指輪を撫でながら俺に言った。
「朔也ちゃんが一緒に生きてくれるって言ってくれたじゃない。あれ、本当に嬉しかったの。私は朔也ちゃんと共に生きていけるんだって。生きてもいいんだって」
「……俺のこと、信頼してなかった?」
「信頼していたはずなのに、心の底ではそうは思ってなかったのかな。私は足かせになりたくなくて。でもね、今は違うよ。言葉がちゃんと届いてるから。この胸にちゃんと届いてる」
千歳は自分の胸を手で押さえながら笑みをこぼす。
日ごろの行いがモノを言う、というのはこう言う事なんだろうな。
大学時代の俺は正直言って遊んでばかりのひどい奴で。
その言葉に重みもなかったんだろう。
だけど、この2年で少しは成長できたんだろうか。
「この2年間は俺達にとって必要な時間だったのかもしれないな」
「……うん。私も今はそう思うようにしてる」
過ぎ去った時間は思い出になる。
今は前を向いて新しい時間をどうするかを考える。
「そろそろ行くか。お店に直接行くけどいいよな?」
「うん。神奈ちゃん達にも報告しなきゃ。実はまだ結婚の話は言ってないの」
俺の大事な仲間達。
この町に戻ってから彼らがいてくれたおかげで、ずいぶんと救われてきた。
これからもこの町で暮らしていく仲間として、仲良くして行きたい。
俺は神奈に言われていたので一応、連絡をしてから店についた。
お店の前に車を止めて、千歳を車いすに乗せる。
「皆、集まってるはずなんだが……」
そして、俺達が店に入ろうとすると、そこで思いもよらない歓迎を受ける。
「――結婚おめでとう、鳴海」
そこにいたのは俺の中学時代の同級生達、20人程度が店に集まっていた。
たくさんの友人達がいることに俺は驚いた。
「おいおい、どういうことだ? なんで皆が?」
俺と千歳が結婚した事は神奈達はまだ知らないはず。
だが、たったひとり、親友の斎藤には教えてたので俺は奴の方を見る。
「……まさか、仕組んだな、斎藤?」
俺は照れくささを感じながら斎藤に尋ねる。
「ははっ。驚いたか? その顔を見たかった。お前を驚かせようと思ってな。こういうのは皆で祝ってやらないと」
「まったく、びっくりだぜ」
「ははっ。同級生の奴らに声をかけたら、皆もお祝をしたいって言うから相坂に頼んでこの場をセッティングしてもらったんだ。そちらの子が噂の鳴海が思い続けた女の子か。噂どおりに可愛らしい子だな」
「ったく、斎藤にやられた。でも、感謝はしてるよ。せっかくの機会だ……皆、紹介するよ。この子は一色千歳、俺の一番大事な女の子で……結婚する事になった」
俺は皆に千歳の事を紹介する。
彼女は照れくさそうに、
「えっと、あの……一色千歳です。朔也ちゃんとは大学時代の同級生だったんです。それで、あの……この町に引っ越してきました」
最初は戸惑っていた千歳も明るい雰囲気に笑顔を見せていた。
「鳴海君が結婚するって話を聞いてどんな相手かと思ったら、ずいぶんと可愛らしい子ね。さすが美人好み、狙いは外さない人だわ」
「さすが、というべきか。鳴海らしくて、美人に縁があって羨ましい」
集まっていた皆にからかわれながらも祝福される。
「びっくりしたよー、神奈ちゃん。私の引っ越しパーティーをしてくれるって思ってたのに」
「いいじゃない。千歳さんの事、皆に紹介したかったの。ここにいる皆は同い年だし、きっといい友達にもなれると思うよ」
これからこの町に住む千歳に対して、神奈なりに気を使ってくれているようだ。
こう言う優しい所は昔から変わってない。
俺の隣では千沙子が花束を俺に渡す。
「結婚おめでとう。残念だけど、しょうがないよね。朔也クンのこと、千歳さんに取られちゃったなぁ。でも、私は貴方に出会って変われたこと、感謝してるから。これからも友達としてよろしく」
「千沙子……」
「ふふっ。でも、本命じゃなくてもいいって言ったらどうする?」
色っぽい千沙子の誘惑に思わずドキッとしてしまう。
「こら、そこ。いきなり浮気しそうな男と誘惑してる女がいるわよ」
神奈の言葉に千歳がこちらに頬を膨らませて不満そうな顔を見せる。
「朔也ちゃんっ!」
「な、何もしてないから。変な心配はしなくていいって」
「嘘だぁ。今、ちょっと、ときめき感じてる顔をしてたもん。朔也ちゃんは油断するとすぐに他の女の子に目が行っちゃうんだから……今度こそ、浮気しちゃダメだからね? ね?」
「は、はい。しないように気をつけます」
俺が千歳に叱られる姿に、集まっている皆が大笑いをする。
「さぁて、鳴海が奥さんに浮気しない宣言をした所で、皆で2人を祝おうか」
斎藤が乾杯の合図をしてくれる。
「「――鳴海、千歳さん。結婚おめでとう。乾杯!」」
たくさんの仲間達に囲まれながら、皆が祝ってくれる事を嬉しく感じていた。
これからも続くこの町での暮らし。
千歳と共に歩んでいく、俺の“新しい日常”が始まっていく――。