第4章:太陽と向日葵《断章2》
【SIDE:一色千歳】
千沙子さんに教えてもらったのは朔也ちゃん達が“隠れ浜”と呼んでいる場所。
足場の悪い岩場のある浜辺だけど釣りをするのには最適な場所らしい。
『朔也クンのお気に入りの場所なんだよ』
そう千沙子さんが言っていた彼の好きなこの場所で私は待ち続けていた。
「朔也ちゃんは来てくれるかな」
この二年半もの間、私は彼を裏切り、傷つけてきた。
彼の前から姿を消して、現実から逃げてしまった。
彼を苦しめてしまった事をまずは謝りたいと思う。
朔也ちゃんに会いたいという気持ちが消えなかった。
この2年もの歳月は私の中から彼を消してはくれなかった。
「……朔也ちゃん」
会いたくて、会えなくて。
長い間、私自身も辛い思いをしてきたけども。
「貴方に会いにここまで来たよ」
そして、再会の時がくる。
――今、私の目の前に数年ぶりに朔也ちゃんがいる。
「ち、千歳? 千歳なのか?」
私の姿を見つけると彼は驚いた表情を見せた。
「そうだよ、私だよ。久し振りだね」
「……あぁ、本当に」
何度も頭の中では想定していたのに。
いざ彼に会うと言葉が出てこない。
嬉しさ。
その一言に尽きる、想いが溢れて止められない。
再会しただけで心が満たされていく。
「あ、あのね、朔也ちゃん……まずは、ごめんなさい」
「ホントだ。勝手にいなくなりやがって、どれだけ心配したと思ってる?」
「本当にごめんなさい」
私がした事は彼にとっては大きな裏切りだもの。
許してくれるかどうかは実際に会っても不安。
けれども、彼はそんな私の不安なんて吹き飛ばすように。
「謝らなくてもいい。ただ、お前がそういう行動をとった理由は分かってるから。俺も配慮が足りてなかった。お前に伝えるべきことがあったのに」
「……朔也ちゃんの傍にいるとあの時は辛かったの」
「悪かったな。お前の心の痛みに気付いてやれていなかった」
「……ホントにごめんね」
私がそう呟くと彼は私をいきなり抱きしめてくる。
少し痛いくらいに強く、強く――。
「朔也ちゃん、ちょっと痛いよ」
「うるさい。今は素直に抱きしめられておけ。俺の気持ちを弄んだ罪だ」
「えー。それ、私が悪女っぽい」
「そうだ。悪女だな、千歳は……。俺の心をこの2年もしばりつけて放っておいたんだから。おかげで、俺の周りに美人揃いなのに新しい恋のひとつも進展しなかった」
微笑しながら彼は私に囁きかける。
昔の彼と何も変わらないその笑顔。
私の大好きな“太陽”のような温もりを与えてくれる。
「そんなの嘘だよ。美人さんばかり傍にいたのに?」
「嘘じゃないっての」
「信じろと言う方が無理。留学した時、一年で3人も浮気してたのに」
「古傷をえぐるな。それはそれで忘れてくれ」
朔也ちゃんに抱きしめられると昔の記憶が鮮明に蘇る。
「……2年程度じゃ消えるわけがない。この想いは消えなかった」
「ホントに? 私じゃないとダメだった?」
「あぁ、千歳がいないと俺の人生はつまらない」
彼の想いと私の想い。
離れていても、繋がり続けていた。
私を抱きしめてくれる彼が愛おしい。
「――お前が今でも好きだ、千歳」
はっきりとした声で彼は私に言ったんだ。
まだ好きだって、言ってくれたんだ。
「ありがとう、朔也ちゃん」
私を愛し続けてくれて。
私を想い続けてくれて。
本当にありがとう。
私は自分の頬を流れ伝うモノに気付く。
「泣くなよ、千歳」
「……嬉しいのに、涙が出るんだね」
嬉し涙が溢れていく。
自分でも無意識に零れて落ちていく涙。
会いたくて、でも、会えなくて。
ずっと苦しみ、悩み続けてきた数年間。
「大好きだよ、朔也ちゃん」
私達は再びめぐりあい、想いを通じ合わせることができたんだ。
しばらくの間、蒼い海を朔也ちゃんと一緒に眺め続ける。
私が甘えるように寄り添うとその肩を彼は抱きしめてくれる。
「一つだけ約束してくれ、千歳。もう俺の前からいなくならないでほしい。辛いのはもうたくさんだ」
「……うん。約束する」
太陽の照らされてきらきらと輝く海。
間近で見てもとても綺麗。
「いい海だね。私、こんなに蒼い海を見たのは初めてかも」
「透明度もある良い海だよ。夏になると泳ぐのは最高だ」
「私は泳げないからなぁ」
「いつか、その足が治ったら一緒に泳ごうぜ。それを目標にしてさ」
いつかが来るのかな。
リハビリを続けていれば、いつかは足は治るらしいけども。
私一人では乗り越えれないかもしれないと思っていた。
「……私と一緒に?」
「そう、一緒に。俺の事をもっと信用してくれよ。俺は千歳を障害があるからって見捨てたりしない」
「朔也ちゃん」
「どんなに辛くても、一緒に乗り越えていきたい。それが2年前の俺がお前に言えなかった事なんだ。千歳と一緒に生きていきたいから」
この数年で彼は少し変わったように感じる。
言葉に重みがあるっていうか、すごく頼れる感じになった。
それはきっと教師という責任感のある仕事をしてるからかな?
「朔也ちゃんは昔よりも頼れる風になった気がする」
「いろんな意味で大人になったからかな」
「もう浮気したりしない?」
「……もうしませんよ。そこも信じてください」
そんな風に笑いあいながらも、昔とちょっと違うなと思ったり。
昔の朔也ちゃんと違うのはその笑顔。
私に向けてくれる太陽は……。
以前よりももっと優しく温かなものだった。
「覚えてる? 私は向日葵で、いつも太陽の朔也ちゃんの方ばかり見てるって」
「覚えてる。天然な千歳らしい言葉だからな」
「……これからも私の太陽でいてくれる?」
「もちろん。それを望んでくれるのならいつまでも。俺の向日葵でいてくれ」
朔也ちゃんが私の頬を撫でる。
そして、そのまま彼は私の唇にキスをする。
真夏の太陽が照らす海が広がる中で。
「これからも私だけの太陽でいてね」
私はもう過ちを繰り返さない。
朔也ちゃんを信じて、彼の傍にい続ける。
私達の歩む道は険しいかもしれないけども、彼と一緒ならきっと大丈夫。
私の身体を抱きしめる愛しい人の温もりを感じながら私はそう思ったんだ。