第3章:愛しているから《断章3》
【SIDE:一色千歳】
千沙子さんと神奈さん。
ふたりは朔也ちゃんにとって、最も近い場所にいる女の子達。
私と同じように彼に想いを抱いている。
「貴方の悩み、私達も手伝って解決できないかな?」
「それは、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ。私も神奈さんも、朔也クンにはふられてるの。その理由は今も思い続けている人がいるから。忘れられない人がいるから……って」
その言葉に私は胸が締め付けられるほどに痛くなる。
そんなに強くまだ彼が私を想ってくれているとは思ってもいなくて。
「千沙子。何を企んでいるつもり?」
「神奈さんだって気になるでしょう。いつまでも朔也クンがあのままじゃ可哀想。私達は彼に幸せになって欲しい。そのためにこういう形で協力してもいいじゃない」
「……それはそうだけど」
おふたりが協力的なのは嬉しいけども、その心中は複雑だろう。
私に協力してくれるのはなぜ?
「千歳さん。私達の気持ちはさ、本当に朔也クンが好きだからこそ、幸せになって欲しいってことなんだよ。強く想ってる人がいるのなら、その人と結ばれてもらいたい」
それはかつて、私が朔也ちゃんの前から逃げた時と同じ気持ち。
私ではなくてもいいから、彼には幸せになってもらいたい。
そんな気持ちを彼女達も抱いてくれていた。
「もちろん悔しさはあるけども、それ以上に今の彼は幸せになるべきだと思う」
「アイツがこの町に戻ってきた時、すっごく落ち込んで影を持っていた。最初は理由なんて全然分からなかったけども、千歳さんとの別れを引きずったままこの町に戻ってきたんだって、後で知ったの」
「……それでお二人は私の事を知っていたんですね」
どうして、見知らぬ彼女たちが私の事を知っていたのか。
その理由は朔也ちゃんが私の事を話したから。
私のこと、どんな風に話をしたんだろうね。
「朔也はまだふっきれていない。今でも心の奥底で千歳さんの事を想ってる。きっと、今でも千歳さんの事が好きだよ。千歳さんはどうなの? まだアイツの事、好き?」
「……好きです」
この数年、どんなに忘れようとしても、忘れられなかったもの。
朔也ちゃんと過ごした時間と思い出、彼への想い。
「それなら、彼を幸せにしてあげてよ。それは私達にはできないことだもん」
神奈さんがとても寂しそうに呟いた。
想いが届かないこと。
それがどれだけ辛い事か私は良く知っている。
「……この町に来るまで、私は朔也ちゃんには恋人がいるんだろうって思ってました。彼はもう新しい恋をしているんだろうって」
その予感は当たっていて。
彼の周囲にはこんなにも素敵な女の子達がいた。
だけど。
「もしかしたら、そういう“未来”もあったかもしれない。朔也クンが貴方の想いを乗り越えて、新しい恋をしようって気になればだけども」
「でも、それはあくまでも可能性であって、現実じゃないんだよね」
「……都合の良い現実は起きなかった」
「アイツは私達を選ばなかったわけだし。ずっと、千歳さんを想い続けてる。私達は彼を最後まで振り向かせる事はできなかったもの」
彼女達は私と同じような強い気持ちを朔也ちゃんに抱いている。
「千歳さんが良い人でよかった」
「え?」
「だって、そうでしょう。こんなにいい人だったらさ、自分の気持ちを諦めれるじゃない。自分の想いを託せるじゃない」
「神奈さん……」
私は良い人なんかじゃない。
自分勝手にいなくなって。
朔也ちゃんを深く傷つけて。
結果的にお二人の恋も邪魔をして。
全然良い人じゃないのに。
神奈さんがそっと私にハンカチを差し出す。
「涙、ふいて? 泣かなくてもいいのに」
「……すみません」
自然と零れ落ちた涙を私はハンカチでぬぐう。
「あー、神奈さんが千歳さんを泣かした。いじめ、絶対ダメ」
「失礼な。人聞きの悪い事を言うな。千沙子」
「ふふっ。私も神奈さんと同じ。朔也クンは私にとって恩人なんだ。彼と出会わなければ私はずっと陰気で暗い女の子のままだった。彼が私を変えてくれた、この今の楽しい人生を与えてくれた。すごく素敵な人なんだ」
千沙子さんが私の頭を優しく撫でる。
「……だから、私からもお願い。彼を幸せにしてあげて」
「千沙子さん」
「私達の分も、幸せになって欲しいの」
ふたりとも本当にいい人たちで、私は恵まれていた。
こんなにも素敵な人達が朔也ちゃんの周囲にはいたんだから。
私は涙をぬぐいながら、微笑みを浮かべる。
「――私、朔也ちゃんに会います」
最後の勇気をもらえた私はそう決意をした。
もう逃げない。
大事な思いから逃げたりしたくない。
「さぁて、それじゃ作戦会議をしましょうか。朔也クンも千歳さんの存在に気付いているみたいだし」
「千沙子はこう言うの好きだよね」
「いいじゃない。せっかくなんだから、雰囲気の良い再会のシチュにしてあげたいんだもの。どういう風に再会させようかな。ねぇ、千歳さん」
「そうですね。海が綺麗な町ですから、海を舞台にしたいです」
女の子3人の笑い声が楽しくバーに響く。
私は彼女達に出会えて本当によかった。
翌朝、私はホテルのベッドの上で目が覚める。
「……んー」
目が覚めたのは朝の6時半過ぎ。
「ふわぁ……」
昨夜は千沙子さん達とお酒を飲んで盛り上がって楽しかった。
今日は朔也ちゃんに会う、と私は覚悟を決めていた。
最後の一歩を踏み出す勇気を彼女達は与えてくれたの。
目覚めの良い朝だ。
私はベッドから起き上がると、着替えを始める。
まだ自力で歩けはしないけども。
自分の足で何とかふらつきながらも立つ事はできる。
それがこの2年間、リハビリを続けてきた成果とも言える。
順調にリハビリを続けていけば、数年後には歩けるようになるらしい。
「……前を向いていかないと」
私はもう自分の気持ちには悩まない。
着替えを終えて、車いすに乗り、窓辺に移動をする。
「うわぁ……海が赤くて綺麗……」
思わず、感嘆の声をあげる。
窓から見えるのは海の景色。
朝焼けが海を煌めき照らす光景に見惚れる。
あまりにも美しく幻想的な朝日の輝き。
「……本当に海が綺麗で、良い人達がいる素敵な町だね。朔也ちゃん」
私はここに来てよかったと思う。
素敵な人々との出会い、私を心の底から満たしてくれる蒼い海。
私にとって希望の朝がやってきた。
朔也ちゃんと直接会う事で私達の関係がどう変わるかは分からない。
だけども、いくつもの不安と期待を胸に私は行動する。
「もう逃げないよ。自分からも、朔也ちゃんからも……逃げたりしない」
朔也ちゃんに会いたい。
昨日までの躊躇していた気持ちが一転、今の私は強い気持ちで溢れている。
「想いを託されたんだから。勇気を出して頑張らないとね」
携帯電話を取り出す。
そこには『朔也ちゃん』と名前が登録された彼の電話番号がある。
携帯電話を見つめながら、私は新しい一日の始まりを迎えた。