第3章:愛しているから《断章2》
【SIDE:一色千歳】
私はまだ朔也ちゃんに会えずにいた。
会いに来た、と言っても彼に会うのは怖さもある。
会いたいのに会えない。
せっかくここまで朔也ちゃんに会いに来たのに。
「勇気のない自分が嫌になるなぁ」
やっぱり、彼に会うにはまだ心の状態は早かったのかもしれない。
雫さん達と話をした後に私は地元の子供たちと遊びながら海を満喫した。
皆、可愛らしい子供たちで楽しい時間を過ごす事ができたの。
夕方になり、私はホテルに着くと、ロビーで受付をする。
「それでは、こちらにお名前のご記入をお願いします」
「分かりました」
私は自分の名前を書くとフロント係の女性は驚いて見せる。
「一色千歳……?」
「はい? 私の名前がどうかしました?」
変わった名前でもないと思うし、そんな名前の有名人がいるわけじゃない。
彼女は私の知り合いでもなさそうだ。
疑問に思っていると、受付の女性は私に尋ねてきた。
「……貴方、鳴海朔也と言う人を知ってますか?」
朔也ちゃんの名前。
この町では本当によく彼の事を聞けて嬉しい。
「知ってますけど?」
「千歳さん。本当に貴方なんですね」
私を見つめる彼女はとても穏やかな表情をしていた。
また彼を知る人物に出会う事が出来たのだ。
君島千沙子さんと名乗った女性と2時間後、ロビーで待ち合わせをする。
『もうすぐ仕事が終わるんです。お話できませんか?』
彼女にそう言われて私は頷いた。
朔也ちゃんを良く知る人の話は聞きたいもん。
時間になってからロビーに行くと、お仕事を終えた彼女は私服姿でこちらに来た。
「お待たせしました」
微笑みが綺麗な人だと同性の私でも思ってしまう。
美人だからきっと男の人にもモテるに違いない。
「あの、千沙子さんは朔也ちゃんとどういう関係なんですか?」
「中学の時の同級生ですよ。そして、今でも朔也クンの事が好きで、大切な人です」
「それって恋人ってことですか?」
朔也ちゃんを想う人。
戸惑う私に彼女はくすっと微笑する。
「ごめんなさい、冗談です。彼とは別に恋人でも何でもなくて、ただの友達です。残念ながらずっと片思いなんですよ」
朔也ちゃんを好きだと言った彼女。
私はどう反応すればいいか分からなかった。
彼を好きな女の子がいるのは想像していたのに。
本当にいた事実に心が痛む自分がいる。
そう言えば、昔、彼からこの町に住んでいる時の話を聞いた事があった。
妹みたいな存在の女の子がいたって。
「以前に朔也ちゃんには、妹みたいな女の子がいるって、聞いた事があります。それが千沙子さんなんですか?」
「妹……? あぁ、それは私ではなくて。彼の事が好きな女の子はもう一人いるんですよ。その子は彼の幼馴染なんです。ふたりとも、彼にフラれてしまったんですけどね」
「幼馴染……?」
「もうすぐ来ると思います。ほら、噂をすれば……」
彼女の言う通り、童顔な可愛らしい女性がやってきた。
こちらに来るや千沙子さんに問う。
「千沙子。こんな時間に私を呼びだしてなんなの? 例のお仕事の話?」
「違うわ、そっちはまた今度。もっと大事な話よ。彼女が誰だか分かる?」
私の顔をマジマジと見る彼女は「え!?」とびっくりして見せた。
どうやら、彼女も私の事を知っているみたい。
「も、もしかして、千歳さん? どうしてこの町に?」
「驚いたでしょ。私も驚いたもの」
「……おふたりともどうして、私の事を?」
知らない人に自分を知られているのは不思議に思う。
朔也ちゃんが話をしたのかな?
なんて思っていると、彼女たちは私の疑問に答えてくれる。
「初めまして。私は朔也の幼馴染の神奈って言います。実は千歳さんの事は朔也から何度か聞かされていて……写真も見た事があるんです」
「……朔也ちゃんが妹みたいに思ってるって言っていた女の子は貴方ですか?」
「私でしょうね。ずっと彼にべったりだったし。妹扱いは今でもされてますから」
今、朔也ちゃんに一番近い2人から私は話を聞くことができる。
偶然とはいえ、それはすごい事だった。
千沙子さんが連れてきてくれたのは彼女の馴染みのジャズバー。
何でも彼女たちの同級生が働いてるお店らしい。
「ジャズバー……懐かしいなぁ」
朔也ちゃんと来たお店の事を思い出した。
初めて飲んだお酒の味は今でも彼の思い出と共に覚えている。
店員の女性が千沙子さんと楽しげに挨拶を交わす。
「こんばんは。千沙子さんと神奈さん、珍しい組み合わせだね」
「たまにはそう言う機会もあるわ。それに、今日は私達ふたりだけじゃないし」
「ホントだ。そちらの女性は? 初顔だけど、どなた?」
「なんと、朔也クンの想い人。忘れられない噂の女の子、登場って感じ?」
店員さんは「この3人が集合って、修羅場?」と何やら変な誤解をしていた。
車椅子を押してくれていた千沙子さんが尋ねる。
「千歳さんはお酒が飲める方?」
「あんまり慣れてないです。でも、飲めますよ」
「そう、それじゃ軽いものを。神奈さんは……焼酎ロック?」
「なんで、こんなお店で日本酒なのよ。私だってワインくらい飲めるってば」
文句を言う神奈さんは本業が居酒屋さん。
お店を経営してるなんてすごいなぁ。
奥のテーブル席でお酒を飲み始めて1時間。
同い年の女の子同士という事もあり、すぐに私達は打ち解ける事ができた。
朔也ちゃんが好き。
この3人に共通する気持ちがあり、話も盛り上がる。
「昔の朔也クンは人の中心にいつもいる素敵な男の子だったわ」
「都会に行ってからはずいぶんと意地悪度が増したけど」
「ホント、朔也ちゃんは意地悪ですよ。女の子に意地悪して反応を見るのが好きみたいです。ドSと言うか、悪戯好きというか」
「えー。千歳さんにまで意地悪してたんだ。アイツ、ひどいねー」
朔也ちゃんとの思い出や小さい頃の話を聞かせてもらったり。
逆に東京にいた頃の話を私がしたり。
和やかな雰囲気で時間が流れていく。
そして、ある程度、場が和んだ所で千沙子さんが私に言うんだ。
「……千歳さん。朔也クンに会いに来たんだよね?」
「そうです。彼に会いに来ました」
「それって、復縁したいってことなのかな?」
復縁、か。
一方的な別れを告げた私にその資格があるのかは今でも怪しい。
「復縁の話よりも今は、会ってお話がしたいんです。けども会う勇気がなくて……今もまだ悩み続けているんです」
私はワイングラスに入っている赤い液体を見つめて呟いた。
お酒が入っても、まだ勇気が持てない。
「その悩み、私達がお手伝いできないかな?」
「え?」
千沙子さんの提案は私にとって“最後の勇気”になる――。