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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第9部:もう一度キミに 〈千歳編・一色千歳END〉
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第3章:愛しているから《断章1》

【SIDE:鳴海朔也】


 俺は千歳への愛情を再びよみがえらせていた。

 彼女に会えたら、何て言おうか。

 そんな事を考えながら、俺は馴染みの神奈の店へ行く。

 すでに店内には先客として斎藤がビールを飲んでいた。

 

「うぃっす、鳴海」

「あれ? 斎藤、今日はここにきてたのか」

「明日は漁もないからゆっくりと酒が飲める。お前も休みだろ、付き合えよ」

「もちろん」

 

 俺もテーブル席に座ると、美帆さんが対応してくれる。

 

「こんばんは、朔也君。いつものでいい?」

「うん。美帆さんのお任せでよろしく。いつもので通るお店は楽でいいよ」

「いつも、ごひいきにしてくれてありがとう」

 

 俺もすっかりと常連客のひとりだ。

 家から近くて、料理も美味しく、お値段もお手頃で、店員さんが美人揃い。

 こんなにいい居酒屋は他にありません。

 その店内を見渡すと、神奈の姿はない。

 

「今日は神奈はオフの日?」

「ううん。さっきまでいたけど、用事があるって出かけたわ」

「そうなんだ。まぁ、いいや。とりあえず、乾杯」

 

 斎藤とビールジョッキを当てて乾杯する。

 

「お疲れさん。夏はビールが美味しい季節だな」

「その意見には同意だ。仕事終わりのビールは美味しい」

「教師は夏でもお仕事か。学生の頃は先生も休みだとばかり思っていたよ」

「勘違いされる人が多くて困ってる。夏休み中は授業はなくても地味に忙しいんだ。授業がない分、気分は楽だけどもな」

 

 先生は楽でいいよね、とか……実際はめっちゃ大変だ。

 科目を教えるだけではなく、生徒指導やら、その他もろもろ大変なんです。

 教師という仕事が好きでやらないとできないと実感している。

 俺は冷たいビールを飲みながら斎藤と雑談をかわす。

 

「そういや、今日は何かあったのか?」

「ん?」

「スーツ姿で駅前を全力疾走するお前をみかけたのだが」

「うっ、アレを見られたか」


 知り合いに見られてるとなると、改めて恥ずかしいものだ。

 それだけ真剣だったんだけどな。

 

「あんな慌て方はお前にしては珍しい。声をかけそびれたくらいだ。どうした?」

「ちょっとした事件だよ、事件。俺にとってはここ最近で一番の事件だ」

 

 会いたいと思っても会えずにいた相手が、まさか向こうから会いに来てくれた。

 ……本当に個人的には大事件である。

 

「お待たせ。今日はフライ系でまとめてみたわよ、朔也君」

「どうも。おー、美味そうなアジフライだ。旬だね」

「ここ最近はちょっと天候が悪くて不漁続きだけどな。サイズは良いのが釣れている。美帆さん、俺もアジフライ追加して。見てたら食べたくなったよ」

「ふふっ、分かったわ」

 

 本業の漁師もこの店の魚料理には大満足だそうだ。

 美帆さんも神奈も本当に料理が上手だからな。

 

「うむ、うまい。アジフライはビールとよく合うな」

「……で、事件って何だ?」

「斎藤には話した事があるだろう。俺の昔の恋人の話。ほら、飛行機事故で怪我をした子とずっと会えずじまいだったって」

「あぁ。指輪を渡せなかった婚約者の話だろ。覚えているよ」

 

 千歳とは結婚するつもりだった。

 それでも、彼女は俺の前から姿を消して、今も会えないままでいる。

 

「どうやら、千歳は今、この町に来ているらしい。車いすの少女。いろんな所からの目撃情報があってな。まさかと思って確認したが……どうやら、本当らしい」

「車いすの少女……もしかして、色白の可愛い子じゃないか?」

「お前も知ってるのかよ!?」

 

 言葉は悪いが、車いす姿の少女は目立つからな。

 そして、人目を引く清楚な美少女だとしたら人の記憶にも残る。

 

「鳴海が走り去って行ったあとに、その子が海辺の方で子供達と戯れてたぞ。楽しそうに笑いながら、そのまま海の方へ行ってしまった。観光客の子だと思って見ていたが、あの子がお前の元カノだったとは……」

「お、思いっきり、すれ違いかよ。ちくしょー」


 神様、運命の悪戯をし過ぎじゃないっすか。 

 がっくりと俺はうなだれてしまう。


「やべぇ、俺ってタイミングが悪すぎるんじゃないか」

「すれ違う運命だったとか」

「やめてくれ!? リアルにそれがあると本気でへこむ」


 ビールのお代わりを頼みながら頭を抱える俺だった。

 これ以上のすれ違いはごめんだぜ。

 

「そう凹むな。確かに噂に違わぬ美少女だったな。なるほど、あの子が鳴海の運命の相手だったわけか。天然そうなのんびりとした雰囲気の子だった」

「まさに天然、純情路線の美少女ですよ。その上、良い所のお嬢様でもある」

「そんなご令嬢が鳴海みたいな奴に引っ掛かるとは……」

「斎藤まで言うな。そう言うセリフは大学時代にあらゆる所から言われ続けて、言われ慣れた。そして、その自覚もある」

 

 あの当時、千歳狙いの野郎達や彼女の女友達から相当な批判を受けたのだ。

 高嶺の花を手に入れるのは本当に大変だって思ったものさ。

 

「追加のアジフライとビールのお代わり、お待ちどうさま」

「どうも」

 

 美帆さんから料理と酒を受け取る。

 あげたてのアジフライをつまみながら斎藤は俺に言うのだ。

 

「鳴海はその子を追いかけて走っていたわけだ。結局、あえずじまいか?」

「そうだな。でも、俺に会いに来たと言っていたらしい。それなら、俺は待つ事にしたんだ。俺から無闇に探そうとしても会えないだろうし」


 人間っていうのは会いたいときには会えない。

 空回りをしてしまうものである。

 ビールを飲みながら俺は神様へ愚痴をこぼす。


「どうやら、神様には見放されているようでな。すれ違いばかりだ。焦れば焦るほどに嫌な展開になりそうだし」

「そっか。でも、どうしても会いたいならホテルをマークしていればいいのに」

 

 斎藤の一言に俺は「その手があった」と気付いた。

 冷静に考えてみればそれが一番の手だったのに。

 

「そうだよ、旅行客って事は普通に考えたらホテルを利用するよな」

「……そこに気付いていないってのはよほど、お前はテンパってるらしい」

「ぐはっ。斎藤の言う通りで返す言葉もないよ。千沙子に電話してみよう」

 

 千沙子に電話をすると、電話の向こうではジャズの音楽が聞こえる。

 どうやら、いつものように沢渡さんのバーにいるようだ。

 

『はーい。こんばんは、朔也クン。どうかしたのかな?』

「いきなりだが、今日はロイヤルホテルの方に一色千歳っていう、車いすに乗った女の子が泊ったりしていないかな?」

 

 俺の言葉に彼女は少し沈黙をしてから、申し訳なさそうに言う。

 

『ごめんなさい。宿泊客の情報は迂闊にしゃべれないんだよね』

「それもそうか。そうだよな。悪い、変な事を聞いた」

『ううん。こちらこそ力になれなくて、ごめんなさい』

 

 だが、千沙子は電話を切る間際に『向日葵みたいな子には会ったよ』と言ってくれた。

 ヒマワリ、その言葉が似合う少女を俺は良く知ってる。

 遠まわしの言い方だが、やはり千歳はホテルに宿泊しているらしい。

 

「千沙子から情報を入手した。やっぱり、ホテルに泊まってるってさ。ふぅ、何だか、待つだけの立場はもどかしい」

「そういうな。相手も悩んでるんだろう。今はどう迎えてやるかを考えればいいさ。今回は向こうから会いに来てる。時間もあるんだ」

「そうだな……」


 斎藤に励まされながら俺はビールをあおった。

 夏の夜のビールの味は美味しくて。

 俺はいつもより酔いながら酒を飲み続けた。

 

 

 

 

 ……。

 その頃の千沙子は携帯電話を切って笑っていた。

 微笑みの理由、それは……。

 

「朔也クン、言い忘れたんだけどね。その向日葵みたいな女の子は……」

 

 千沙子がゆっくりと目の前の相手に視線を向ける。

 

「今、私の目の前にいるんだけどなぁ。ねぇ、千歳さん?」

「はい、何か言いましたか。千沙子さん?」

「ううん。何でもない。さぁ、乾杯の続をしましょう。ふふっ」

 

 そこには、和やかな雰囲気で皆とお酒を飲む“千歳”がいたのだった。

 

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