第2章:貴方に会いたくて《断章3》
【SIDE:鳴海朔也】
青天の霹靂とも言える事態発生。
ずっと会いたいと思っていた千歳がこの町に来ている。
その情報を聞いて、俺は無我夢中で駆けていた。
ここから駅前のカフェはすぐの距離だ。
走れば5分くらいでたどり着ける。
暑い夏の日光を浴びながら、俺は必死になって走る。
「千歳……!」
俺は彼女に会いたい。
会って話をしたい事はいくらでもある。
由愛ちゃんが働いているカフェに入った。
「いらっしゃいませ。あっ、朔也さん。こんにちは」
「こんにちは、由愛ちゃん。はぁはぁ……」
息を整えながら俺は店内を見渡すがそこには雫さんしかお客がいなかった。
「千歳は……もういないのか」
「鳴海。息を荒げてこちらを見るな、変態か」
「違います。あ、あの、今ここに車いすの女性がいませんでした?」
俺は雫さんに尋ねると彼女はいつものクールな物言いで、
「千歳さんのこと? さっきまでいたよ。海が見たいってまた出て行ってしまったけども……。彼女から少しだけ話を聞いた。お前の元恋人なんだって?」
「えぇ。そうです。ずっと探していた相手なんです」
どうやら、入れ違いになってしまったらしい。
せっかくのチャンスだと言うのに。
だが、この町にきているのは間違いないらしい。
……俺に会いに来てくれたのか、千歳?
海の方へと行こうとするが、雫さんに呼び止められる。
「待て、鳴海。お前……彼女に会ってどうするつもり?」
「話がしたいんです。今の俺達は話すらできていないから。千歳は俺の前からいなくなってしまったままなんです」
「ていっ。少しは落ち着け」
「……痛いんですけど」
俺は叩かれたおでこを押さえて答える。
いきなり何をするんだ、この人は……。
雫さんは由愛ちゃんに「水でも良いから出してあげて」と言った。
「……いいから、そこに座れ」
「俺は今すぐ、探しに行きたいんです」
「まずは落ち着け。私は二度同じ事を言わないわよ、鳴海?」
その言葉は告げる彼女はいつもの怖いお姉さんの顔じゃない。
真面目な表情をするので俺は頷いて椅子に座る。
「どうぞ、朔也さん。暑い中を走ってきたんですか?」
おてふきと水を由愛ちゃんは持ってきてくれる。
「ありがとう」
水を飲んでおてふきで汗をぬぐう。
一呼吸してから、俺は雫さんに向き合ったか。
「少しは落ち着いた?」
「すみません」
「お前がそれだけ動揺したり、慌てたりするのは珍しい。千歳さんはそれだけ大事な女の子っていうことなのかしら?」
「えぇ、とても大事な子です。昔も今も変わらずに……」
千歳の話を聞いたばかりで軽いパニックになっていた。
こんな状況では会ってもどうなるか分からない。
雫さんの判断は正しくて、俺は自分を落ち着かせるように努力した。
「ここで彼女と話をしたわよ。健気な女の子、お前にはもったいないくらい」
「ですね。俺もそう思います。見たままの本当に純粋な女の子で、当時の遊びまくってだらしなかった俺には、縁のないような子でした。でも、俺は彼女に惹かれた。そして自分自身を変えるきっかけを与えてくれたんです」
千歳と出会わなければ俺は人を愛せずにいたままだったかもしれない。
「千歳さんは鳴海に会いに来た。だから、今さら慌てて探しに行かなくても、向こうからお前に会いに来ると思うわ。ただ、彼女はまだその事に悩んでいるから、お前からは無理に会いに行かない方が良いと思う」
そのために俺を止めたのか。
お互いに会いたいと思っても、実際に会うと勇気はいる。
俺にも今は時間が必要なんだろう
「……雫さんは優しい人だったんですね。俺はただ、彼女に会いたい気持ちが空回りしてました。落ち着いて考えさせてくれて助かりました。千歳がここに来てくれた、まずはそれを喜ぶべきなんですね」
彼女にとってはどれだけ悩んだ事だったのだろうか。
それを考えれば無理に会うのは避けた方が良い。
この2年間、俺と会うのを避け続けてきた千歳がここまで来てくれた事をまずは喜ぼう。
「2年待ったんですから、あと少し待つくらい平気ですよ」
「……本気で好きなのね?」
「自分にとって人生で一番愛した女の子ですから」
そう、はっきりと言うと雫さんは呆れた顔で言うのだ。
「鳴海ってその台詞を誰にでも言ってない? 結婚詐欺とか得意そう」
「ひどい言い草です」
「ホント、真面目なセリフが似合わないのね」
「さらに追い打ちっすか!?」
相変わらず、雫さんの中で俺の男としての信頼度は低かった。
ちょっと悲しい……。
結局、俺はそれから千歳を探すのをやめて学校に戻った。
雫さんの言う通り、千歳が俺に会いに来てくれたとしたら、いろいろと考えているだろうし、向こうのタイミングで会うべきだ。
千歳が悩んだ結果、俺にあわずに帰る可能性もある。
それだけは避けて欲しいけどな。
「千歳……俺に会いに来てくれた。俺はお前を今でも……」
彼女に会いたい。
俺の前からいなくなった事を責めるつもりはない。
本当に辛い思いをしたのは分かっているから。
「俺……まだ千歳の事が好きなんだな」
改めて自分の気持ちに向き合う。
あれから何年も経つのに、自分の思いが消えていなかった事に気付く。
もう千歳は振り切れたと思っていたのにな。
消える事のない、忘れることのできない想い。
「どんな気持ちで俺に会いに来てくれたんだろうか」
千歳を想いながら、学校に戻った。
外の暑さと打って変わり、中はクーラーでひんやりとしていた。
もうすでに役割分担も終えたのか、皆は雑談モードだ。
「おかえりなさい、センセー。どうだった、千歳さんに会えた?」
「……千歳には会えずじまいだったが、雫さんにあったぞ」
「うげっ。お姉ちゃんに?」
「実の姉にその反応はどうよ、茉莉。雫さん、意外と良い人なのな」
茉莉は「ありえないから、騙されちゃダメー」と拒否反応をしめす。
この姉妹、本当に相性が悪いのね。
「先生、何かあったの? さっきみたいな慌て方はしてないけど」
千津に指摘されて俺は苦笑いを浮かべる。
「そうだな。落ち着いて良く考えてみなくちゃいけない問題なんだよ」
「ふーん?」
俺にも彼女と会うための心構えをする時間が必要なのだ、と思わされた。
今すぐにでも会いたい気持ちを我慢する事も大切だ。
「それより、合宿の準備は終わったか?」
「終わったよー」
「って、おいおい、さり気に食事担当に俺の名前を書くな。茉莉、これはお前の字だろ。俺も料理はできんぞ。頑張れ、女の子。誰も候補がいないのか?」
「この面子で期待なんてされても困るの」
なぜか『食事担当:鳴海センセー』と黒板に書かれていたので女性陣に対して俺は文句を言っておく。
彼女達に説教しながら夏合宿への準備をすすめたのだった。