第6章:休日の過ごし方《断章2》
【SIDE:鳴海朔也】
日曜日、俺はひとりで商店街を散策していた。
地元商店街は観光地となりつつあるおかげで、シャッター通りのような暗い雰囲気はなく、賑やかとは言わないが活気にあふれている。
とはいえ、昔と店構えが変わった店も多くある。
「ここって昔は和菓子屋だったよな。今はお土産屋さんになってるのか」
地元の名産、お土産屋が何軒も増えている。
「こっちは観光案内所。あっちは……」
駅前周辺には観光関係のお店が多いようだ。
「海と温泉、ゴルフ場。観光地としてはありきたりだが、何もないよりはマシってね」
「その3点がセットになってるおかげで、過疎化が進んでもまだ何とか町としてやっていけるってわけだ。地元住民は文句を言いながらもあのホテルが出来たおかげの経済効果ってやつを身にしみて感じているんだぜ」
俺の背後から聞こえた声に振り向くと美人がいた。
訂正、斎藤がいた、美人と言うと何か変な感じなので俺は名前で呼ばないのだ。
「斎藤、偶然だな。今日も仕事か?」
「おうよ。本日も大漁、これから風呂にでも入りに行こうかなって思ってたんだよ」
「風呂? 銭湯にでも行くのか?」
この町の銭湯は温泉なので、気軽に入る事が出来る。
地元住民の憩いの場、この商店街の端の方にもあったよな。
「かもめ通り商店街にも温泉があったよな」
「あるけど、違うぞ。あそこじゃなくてホテルのお風呂だ。そういや、鳴海はまだあのホテルの温泉には入った事がなかったな」
「ロイヤルホテルの温泉。話では聞いているが、まだ行った事もない」
「この辺の銭湯も悪くはないが、あのホテルの温泉施設は最高だ。いわゆるスーパー銭湯並みに設備が充実しているのに、リーズナブルなお値段なのだよ」
斎藤はそう言ってタオルを片手に持っていた。
これから風呂に入りにいくところだったようだ。
「どうだ、鳴海も温泉に入りに行くか?」
「と言っても、俺は何の準備もないからな」
「タオルくらいならレンタルしているぞ?」
「それもそうか。家に帰るのも面倒だし、レンタルで済ますか」
俺もどういう温泉なのか興味があった。
というより、一度くらいあのホテルに行ってみたかったのだ。
「……ここって出来てから4年目だっけ?」
「そうだ。お前が町から出ていく寸前くらいに町長が変わってな。観光地としてこの町を再生させようとした、そのひとつがこのホテルの誘致だった。悪い意味でもい意味でもこの町を変えた象徴的な建物さ」
「ゴルフ場建設もその頃か。海を一望できる良い場所に建っているからな」
高台の上に建てられたホテルから眺める景色は綺麗だ。
蒼い海を遠くまで眺めることができる。
これだけいい眺めなら、ホテルとしては最高の立地条件だろう。
「ホテルはともかく、温泉は日帰りでも大丈夫なのか?」
「あぁ、地元住民もよく使っているよ。俺も週に1、2度は利用するかな」
ホテルのフロントで温泉のチケットを購入するらしい。
だが、俺はそこである人物と出くわすことになる。
受付にいた従業員の顔に見覚えがあった。
「……あら、朔也クンと斎藤クンじゃない?」
「き、君島?なぜここに?」
見覚えと言うより、友達のひとりだったわけなのだが。
君島千沙子、あの事件以来、全然顔を合わせていなかった。
あの一件が解決しても、どうにも気まずくてなぁ。
千沙子は俺に軽く微笑しながら説明してくれる。
「私がここで働いてっいるって言わなかった?」
「そういや、そうだったな」
俺はそんな事も軽く忘れてしまっていたようだ。
彼女はこの前の事を気にしていないのか、斎藤がいるからなのか、表に出すことなく平然としているように見える。
「それで今日は斎藤クンと一緒に温泉かしら?」
「そうだ、こいつもここに連れてきてやろうと思ったんだ」
「そうなの。勧誘ありがとう。朔也クン、このホテルは温泉が売りなの。自慢できる所よ、ゆっくりしていってね」
値段はお手頃、よくあるスーパー銭湯並みだ。
パンフレットを見る限り、それなりの種類の温泉の楽しみ方があるようだ。
「電気風呂とかなら知っているが、炭酸温泉って何だろうか?」
「その名の通り炭酸泉の低温のお風呂よ。ゆっくりと疲れがとれるわ」
俺はタオルも借りて、準備万端で温泉に向かおうとする。
「あっ、待って。朔也クン、少しいいかな?」
「君島? 悪い、斎藤。先に行っておいてくれ」
「おぅ。そうさせてもらう。ゆっくり話でもしてくれ」
斎藤が気を利かせて先に温泉の方へと行く。
残された俺と君島は一目もあるフロントロビーで小さな声で話し合う。
あの疑惑の一夜、その事について何かあるのだろうか?
「それで俺に何か用事か?あっ、この前の件は……」
「ううん。その事じゃないの。アレはアレでお互いのいい思い出ってことで」
「……俺にとってはいい思い出かどうか判断しづらいのだが」
本当に何もなかったのか、彼女の反応からはいまいち察しづらい。
千沙子って神奈ほど感情が表に出るようでないからな。
神奈のように思いっきり顔に出るタイプの方が珍しいのだ。
「それじゃないなら、何だ?」
「あのね、今日の夜って予定は空いているかな?」
「今日は別に何も予定はないけど」
「そう。それなら、一緒に飲みにでもいかない? お勧めの場所があるの。とても雰囲気の良い行きつけのバーなんだけど」
飲みに行く、と言う言葉に俺は「……」と黙り込んでしまう。
一度痛い目にあってるので、俺としては飲みすぎる事は控えようと誓ったのだ。
「心配しないで。今度は普通に一緒にお酒が飲みたいだけだから。ダメかな?」
くすっと微笑みながら彼女は純粋な意味で誘ってくれているようだ。
千沙子も俺にとっては友人の一人だ。
無下に誘いを断る気はない。
「ダメじゃないさ。千沙子がそう誘ってくれるなら断る理由はない」
せっかくの再会、友人関係は良好にしたいものである。
「よかった。それじゃ、夜の8時過ぎに駅前で待ち合わせでいい?」
「分かった。それにしても、千沙子はそういう服を着ると雰囲気がガラリと変わるな」
容姿的には大人の女性らしさがあるが、フロントの従業員が着る制服姿はとてもよく雰囲気に似合ってるような気がする。
「そうかな。朔也クンがそう言ってくれるなら、その言葉を信じるわ」
彼女はそう言って「またね」と俺と別れて仕事に戻る。
「さぁて、俺も温泉に入るか」
俺も温泉施設へと足を向けて歩きだした。
温泉は思っていた以上に広く、様々なお湯があり、ずいぶんと楽しめた。
斎藤や千沙子が勧めるだけあって、この値段なら問題なくワリにあう。
まだ慣れていない教師生活の疲労も回復したような気がする。
「ふぅ、良いお湯だった。ああいう温泉も意外と楽しめるものだな」
「そうだろ。地元の銭湯って言うのも悪くはないんだけどな。アレを体験してしまうとどうしても、金を出して入るならあっちに入ってしまう。設備的にも満足できるからな」
「斎藤はこれからどうするんだ?」
「今日は夜にデートの予定があるんだ。鳴海も君島と何かあるんだろう?」
さすがにあの雰囲気では誤魔化せそうにもない。
「君島も俺にとっては友人の一人なんでね」
「そう言う事にしておくか。相坂には黙っておいてやるよ」
彼はそう言って「あまり“遊び”すぎるなよ」と俺の肩を叩いて帰って行く。
ひとりで商店街に残った俺は自販機でジュースでも買おうとする。
温泉に入って喉が渇いたからな。
「……へぇ、いいバイクだな。この町で見かけるのは珍しい」
俺がジュースを買って、飲んでいると目に入ったのは大型バイクだった。
その横には黒のライダースーツを着た美女の姿が……。
あれ、どこかで見たような人……って、あの人は?
「……もしかして、村瀬先生?」
「鳴海先生? どうしたの、こんなところで」
バイクの横で同じようにジュースで喉をうるおす女性は村瀬先生だった。
バイク乗りなんて意外すぎる。
むしろギャップがあってびっくりした。
「それはこちらのセリフですよ。村瀬先生こそ、その姿は一体?」
「前に言ったでしょ、これが私の趣味なの」
ライダースーツが似合いすぎる。
大人の色気ですね。
「女の人で大型バイクなんて珍しいですよね。これって“隼”って言うバイクでしょう? 大学時代の友人が乗ってましたよ。値段がものすごく高いバイクだって聞いてます」
「そうよ。買うのに苦労したわ。それだけの価値があるカッコいいバイクよ」
ちなみに俺の友人はそのバイクで単身、北海道旅行に行って、何もない道路で転んで事故ってしまい修理代が100万を超えたとか……。
まだほとんど新車同然だったのにな。
背中に漂う哀愁が可哀相だったの覚えている。
本当に値段が高いバイクだが、スピードも出るし、それを乗りこなせる彼女はすごい。
「この子、最高速が半端なく早いのよ。公道じゃ普通に捕まるから全力は出せないけども。よく一人旅に出かけたりするの。今日も隣の県まで走ってきた帰りなのよ」
「先生のイメージが変わりました。こういう一面もあったんだって」
「少しは悪いイメージ挽回してもらえたかしら?」
頷いてあげるとホッとした様子を彼女は見せる。
酔っ払い事件の失態など、今の彼女を見ていると印象を払拭できる。
大型バイクの隼も実際にこうしてみると本当にカッコいい。
「バイクもそうですけど、村瀬先生のライダースーツ姿もよく似合いますよ」
彼女はスタイルがいいせいか、身体のラインがものすごく際立って見える。
「……エッチ。今、視線がいやらしかったわ」
「誤解です。俺はそんな不純な視線で見てませんから」
ホントだ、見惚れてしまったのは認めるけど。
「今度、機会があれば後ろに乗せてあげるわ。それじゃ、また明日、学校でね」
唸るエンジン音、大型バイク独特の音をたてる。
隼に乗って颯爽と走り抜けていく彼女の後姿を目で追いながら俺は思う。
「女性ライダーって本当にいいよな……」
村瀬先生の意外な一面に俺は驚いていたのだった。