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蒼い海への誘い  作者: 南条仁
第9部:もう一度キミに 〈千歳編・一色千歳END〉
189/232

第2章:貴方に会いたくて《断章1》

【SIDE:一色千歳】


 美浜町に旅行中、朔也ちゃんを知っている人と出会えた。

 雫さんと由愛さんの姉妹は、先程の茉莉ちゃんがとても朔也ちゃんの事を気に入ってるらしくて時折、家にも招くのが縁で知り合いになったらしい。

 私は朔也ちゃんの話を聞きたくて彼女に聞いてみる。

 

「鳴海は特定の恋人はいないのに、不特定多数の女の子とそれなりの関係を作ってハーレム関係を楽しんでるわ」

「……あはは、朔也ちゃんらしいです」

「そこで、らしいと言えるのは元恋人として苦労した様子ね?」

「え、えぇ。まぁ……彼は女の子に人気ですから」

 

 雫さんの指摘には頷くしかなった。

 遠距離恋愛中に浮気もされたし、私がいるのに半同棲とか意味不明だし……。

 あの件は許してるんだけども、未だに嫌な記憶ではある。

 

「基本的には優しいんですよ。本当にずるいくらいに優しくて。だから、女の子はみんな惹かれちゃう。女好きな一面があるのは分かっているのに」

「……貴方も彼に弄ばれたの?」

「色々とあって別れる事になっても、未だに忘れられないんです。だから、一目でいいから顔でも見れば、私は前に進められるんじゃないかって」

 

 あんな別れ方をしたのは私の責任だ。

 辛い現実から目をそらしたかった。

 だから、手紙一枚の別れ方で私は嫌な現実から逃げたの。

 ウェイトレスの由愛さんは不思議そうな顔をしながら、

 

「一色さん。朔也さんに会いたいなら、普通に会いに行けばいいんじゃないですか?」

「由愛。そんなに簡単な問題じゃなさそうよ。千歳さんは、別れた今でもアイツの事が忘れられないのね」

 

 彼女はこちらの気持ちを理解してくれたらしい。

 一見怖そうだけども、すごく人の気持ちを理解できる優しい人なんだ。

 

「ホント、罪作りな奴だわ。わざわざ東京から会いに来たんだもの。あの鳴海の事が知りたいのなら、私達が知る事を教えてあげる」

「お願いします」

 

 それからしばらくの間、私は彼女から朔也ちゃんの現状を聞いていた。

 彼は今、高校の教師として、この町に暮らしている。

 生徒からの人気も高くて、保護者からも評判がいいらしい。

 現在、付き合ってる恋人はいないみたい……ちょっと安心した。

 でも、彼を好きな女の子はそれなりにいるらしい……予想通りだった。

 女好きな噂は町中に広まっているそうだ……少しは変わって欲しかった。

 

「姉さん、意外と朔也さんをちゃんと評価してるんですね」

「アイツを褒めるのはあんまり気が乗らないんだけど、他人に伝える限りは客観的な事実を話すべきでしょ。私の思ってるアイツの話をしてもいいならするけど」

「……朔也ちゃんは先生になる夢を叶えてくれていた。それが嬉しいです」

 

 教師になるという夢を抱いてた。

 その夢を壊しそうになったのは私だ。

 ちゃんと夢を叶えた事が私が気になり続けてきた事だった。

 

「ふたりが付き合ってる頃から彼は教師を?」

「えぇ、目指していました。昔からの夢だったそうです。私も翻訳家になりたいって夢を持っていて、ふたりで夢を叶えたいと思って頑張っていたんです」

「それじゃ、千歳さんは翻訳家なんだ?」

「はい。まだまだ新米ですけど、海外の本を翻訳したりしています」

 

 翻訳家としての仕事は順調だ。

 所属している会社からは海外からの翻訳の仕事が入ってくる。

 あまり世間的に馴染みのない仕事だけに由愛さんは不思議そうに尋ねた。

 

「あの、一色さん。翻訳家ってどういうお仕事をしてるんですか?」

「翻訳家にもいろいろとあるんです。文学翻訳、産業翻訳、映画翻訳とか。私は主に文学関係の方で、海外の作家の著書を翻訳する仕事です。英語などの原文の文章を邦訳するお仕事をしています」

「確か単純に英語を翻訳するだけじゃダメなのよね。それはもう作家としてのセンスが必要なお仕事だと聞いてるわ」

「そうですね。人によって表現とか違いますから、訳書も色々と違いますし」

 

 だからこそ、面白い仕事だとも思っている。

 私はアイスティーのおかわりを注文し、私は彼女達と話を続けていた。

 自然と2年前の事を話していた。

 不運な飛行機事故の結末、私は彼の前から逃げ出した。 

 後悔しながらも、また会いに来てしまったことを。

 

「……結局、私は朔也ちゃんの前から逃げたんです」


 嫌われるのが怖かった。

 それが本当の気持ち。

 

「事情は分ったけども、今になって鳴海に会いに来たのはなぜ?」

「心の整理ができたから、いえ、整理をしたかったからかもしれません」

 

 いつまでも、朔也ちゃんを想い続けている。

 彼にちゃんと会って話をしたいと思った。

 

「だから、朔也ちゃんに会いに来ました。一目で良いから彼に会いたい。家を出るまで私はそう思っていたんです。でも、こうしてこの町に来たのに、彼に会うのに緊張しているんです。会いたいのに、会えないでいます」

「鳴海は貴方を拒否する事はないと思うけども?」

「それでも怖いんですよ。自分勝手にいなくなったのは私ですから負い目もあります」

「傷つけた事に後悔がある、か。難しいわね」

 

 不安は消えない。

 蒼い海が素晴らしいこの町に来ても、最後の一歩が踏み出せない。

 彼の携帯電話の番号は知っている。

 それで、彼に連絡を取ればいいのに、それができないんだ。

 

「一色さんは朔也さんとの再会を待ち望んでいるんですよね?」

「……それは、そうです。朔也ちゃんには会いたいです」

 

 だって、私はまだ……朔也ちゃんの事が好きだから。


「覚悟が足りてない、って事なのかもしれません」


 ここまできても逃げたくなるほど私は心が弱い。

 

「あと一歩を踏み出す勇気が欲しいです」

「もう少しだけ時間が必要なのかもしれないわ。でも、人は何がきっかけになるか分からない。この町に来た事が貴方に変化を与えるかもしれない」

「私に変化を……?」

 

 だったらいいな。

 私は変わりたいと思ったらここまで来たんだもん。

 

「この町は海が綺麗ですよね。お勧めの場所とかあります?」

「駅前の通りを抜けて、少し行った所に人の少ない浜辺があるの。そこから見える景色が一番、綺麗だと思うわ」

「そうですか。私、この町の海が気にいったんです」

 

 蒼い海は見ていても飽きない。

 どこまでも広い海と空が融合する蒼の景色。

 いつまでも見ていたいと思う。

 

「雫さん、由愛さん。お話を聞いてくれてありがとうございました」

「……鳴海に会って話をできればいいわね」

「一色さん。頑張ってください」

「はい。頑張ってみます」

 

 私はお二人にお礼を言って会計を終えてお店を出た。

 とてもいい出会いだったと思う。

 

「朔也ちゃんの情報も手に入ったし、相談にものってもらえて、良い人達だったな」

 

 旅は人との新しい出会いを生むもの。

 私は帽子をかぶりながら車いすを動かし始める。

 

「……さぁて、また海でも見に行こうっと」

 

 海を目指して、私は夏の太陽の日差しを浴びながら歩き始めた。

  

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